水属性の魔法使い
「港に、島の人たちがいっぱい集まっています」
「ああ、けっこういるな」
「みんな、嬉しそうです」
「嬉しくないやつは出てこないだろ?」
「またアベルはそうやって斜に構える! もう少し素直になれないんですかね。島の人たちにとって、スージェー王国は希望なのです!」
なぜか熱く語る涼。
「ここがスージェー王国に組み込まれれば、僕の本がこの島にも広がります」
「そういえば、そんな本があったな……」
嬉しそうな涼、すっかり忘れていたアベル。
いろんな本の入った涼の鞄は、現金と共に中の見えない氷漬けにして、アンダルシアらの元に置いてある。
とっても重いし、アンダルシアらがいるので盗まれることはないはずだ。
水平線の彼方から、少しずつ近付いていたスージェー王国の船が、いよいよ入港しようとしていた。
「残念でしたね、アベル」
「何がだ?」
「もう少し早ければ、ここをナイトレイ王国の飛び地にして、世界征服の足掛かりにできたのにって思ったでしょう?」
「思うわけないだろうが」
筆頭公爵の言葉を、言下に否定する国王陛下。
他民族や他国の領土に対して、支配を拡張したり権力を行使する政策を帝国主義という……。
「あれ?」
「どうした?」
涼が首を傾げて声を上げ、アベルが聞きとがめる。
「いえ、あのスージェー王国の船……もしかして、ローンダーク号じゃありません?」
「そうか? 似たような船はいっぱいあったろう?」
涼の言葉に、アベルは首を傾げる。
もちろん涼も、確信はないため特に言葉は続けなかったが……。
船が入港し、一人の男が船から降りてきた。
マントを翻し、まさに威風堂々。
身長180センチほど。
三十代半ば、黒というより茶色に近い髪、褐色の肌、その褐色の中だと薄いブルーの瞳は驚くほど目立つ。
整った顔貌であるが、その右頬には薄い刀傷がある……。
「あれは……」
「どうみてもカブイ・ソマル護国卿だな」
涼もアベルも見間違えたりしない。
「正式に国家に組み込む勅許状を持ってくるんだからな。カブイ・ソマルほどふさわしい人物はいないか」
アベルは頷く。
「以前は、ダーウェイとかにも来ていたでしょう? その後は自治都市クベバサに女王陛下が来てましたけど。スージェー王国の政府中枢は、フットワークが軽いですね」
「ふっとわく? よく分からんが、外交は相手国を訪れるのが基本だろう? それでこそ、相手に『信頼しているぞ』という姿を示すことができるんだから」
「いや、それはそうですけど……移動中とか、襲撃されたりしたら怖いじゃないですか」
「十分な護衛に守られてるんだろ」
涼の懸念はその通りであるし、アベルの考えもその通り。
お互いにそれは理解しあっている。
そして二人とも思い出していた。
カブイ・ソマルがどういう人物であったか。
「イリアジャ姫に会うために、自らコマキュタ藩王国に乗り込んできました」
「そうだったな、たった一隻でな」
涼もアベルも、カブイ・ソマルが大胆な男であることは知っているのだ。
「大胆な人はカッコいいし人気も出ますが、アベルはほどほどにしてください」
「ん? 何でだ?」
「アベルは、大胆を通り越して猪突猛進しそうですので」
「……リョウに言われるのは納得いかないんだよな」
「僕は、安全安心がモットーの後衛職、魔法使いですよ。突っ込み重視剣士と一緒にしてほしくないですね」
「魔法使いの定義を今一度見直すべきだよな。魔法を使うだけでなく、剣を振り回して突っ込んでいくやつは、別の種類の存在だと思うんだ」
涼が胸を張って主張し、アベルが反論する。
二人が窓際でそんな会話をしていると、カブイ・ソマルと目が合った。
思わず涼が手を振る。
だからだろう、カブイ・ソマルは大きく目を見開いた。
涼とアベルだと認識したに違いない。
「俺たちがこんなところにいることに驚いた顔だったな」
「アベルの行くところトラブルあり……そんな格言が、頭の中に浮かんだに違いありません」
「適当な格言を作るな」
涼とアベルは、さらにカブイ・ソマルの後ろについて歩いている人物にも目をやった。
「ゴリック艦長……ですよね」
「ということは、リョウが言った通りあの船はローンダーク号か」
「ふふふ、言った通りだったでしょう?」
ちょっと自慢気な涼が、小さく何度も頷く。
「ローンダーク号も俺たちとは因縁深い船だよな」
「いろいろお世話になりました」
二人は、東方諸国での旅を思い出すのであった。
「ルル島を、スージェー王国北部自治州として認める」
島の中央広場で、護国卿カブイ・ソマルが勅許状を読み上げ、島民から選出された自治代表者アミンガに手渡した。
これで正式に、ルル島はスージェー王国の一部となった。
その瞬間、広場中から声が上がる。
「ウォー!」
「やったー!」
などであったが、最終的には一つの言葉に集約されていく。
「女王陛下、万歳!」
スージェー王国の新女王は素晴らしいらしい……ルル島を訪れる人たちからも、島民は何度もそう聞かされてきた。
島民が、スージェー王国を仕事で訪れることもあったが、その度にスージェー王国の発展ぶりに目を見張ったものだ。
願わくば、我々も……。
そこにきて、ボル本島の消滅である。
ルル島民一万人は、岐路に立たされた。
突然、自分たちの今後をどうするか、自分たちで決める立場に立たされたのだ。
もちろんルル島には、ボル本島から移住してきた者たちもいたし、ボル海軍の駐留部隊もいた。
その多くは、もちろんボル島の消滅を嘆いたが、ルル島の事を気に入ったがゆえに移り住み、駐留部隊にも志願していたため、今更ボルの復興の声を上げた者はいなかった。
いくつかの紆余曲折を経ながらも、最終的にスージェー王国への編入を願うことになり……。
今日、それが成った。
その後は、島を挙げての宴会であった。
中央広場を中心に、食べ物、飲み物が無料で放出。
普通の島民らも、自分の家で作った物を提供している。
「護国卿閣下、ご足労いただき、本当にありがとうございました」
「いや、アミンガ代表、王国としても新たな仲間が増えるのは嬉しいことです。女王陛下も、殊の外お喜びでした」
ルル島のアミンガ代表とカブイ・ソマルが挨拶を交わす。
激化する大陸南部の情勢など話した後、カブイ・ソマルは気になっていたことを尋ねた。
「あちらの石造りの建物は、何の建物でしょうか?」
「あれはスージェー王国北部海軍司令部の建物となっております。どうかなさいましたか?」
「いえ、あの建物の三階の角の部屋、窓から知り合いが見ていたものですから……」
「ほぉ?」
カブイ・ソマルとアミンガがそんなことを話しているところに、メベリ司令官がやってきたのは偶然であった。
「ああ、メベリ司令官、ちょうどいいところに」
「はい?」
アミンガ代表にメベリ司令官が捕まったのは必然であった。
「今、護国卿閣下が、北部海軍司令部の三階角の部屋に知り合いがいたとおっしゃったのですが、あそこは?」
「三階角は士官室です。ですが今は……」
メベリ司令官は、アミンガ代表とカブイ・ソマルを見て、少しだけ言い淀んだ。
だが、何も言わないわけにはいかない。
「昨日報告しました、漂流中の冒険者を名乗る二人が入っています」
「ああ……不審者の可能性があると司令官が言っていた……」
メベリ司令官の言葉に、アミンガ代表は頷く。
予防措置として北部海軍で預かると報告されたことを、代表も覚えていた。
二人の会話を聞いて、カブイ・ソマルが苦笑いしている。
「護国卿閣下?」
訝し気にアミンガが問う。
「いや、失礼。私の知り合いならありそうだなと。今から、お会いすることはできませんか?」
こうして、カブイ・ソマルは北部海軍の士官室に案内された。
そして三日後、涼とアベルの姿は、ローンダーク号の甲板上にあった……。