水属性の魔法使い
「馬鹿な……正規軍の二割、二万の大軍を送ったのだぞ? なぜ……まさか、西部諸国のやつらが裏切ったか?」
「いえ、西部諸国連邦軍も壊滅。諸国連邦元首は行方不明とのことです」
ゾルン皇太子の問いに、首を振って答える報告者。
ゾルンの記憶では、西部諸国連邦も東部同様に二万人前後の軍を送り込んでいたはずだ。
つまり、合計四万の正規軍が、オアシス国家に壊滅させられたということになる。
「そんなこと、信じられるか……」
信じようが信じまいが、動かねばならない。
国の方針を決してきた父である首長はいないのだ。
それどころか、敵の手中にあるのだ!
「将軍らを集めよ。軍議を開く」
「はっ」
バーダエール首長国内では、軍の壊滅と首長が捕虜になった件は情報統制が敷かれ、民には知らされなかった。
そのため、同地に逗留しているナイトレイ王国一行も、知らされないままであった……。
砂漠の国ジュルバン国、その都タントガ。
タントガは、古くからある巨大なオアシスの名でもある。
そこにタントガという名前の街が造られ、人が定住してから数世紀が経つ。
ジュルバン国は、暗黒大陸北岸にある二大国、東部諸国や西部諸国連邦に比べれば弱小国家であるが、それでも国としての体裁は保っている。
いや、保っていた。
ある者たちが支配権を奪うまでは。
その者たちは、タントガの街の王宮に居座っている。
居座っているが、実は何もしていない。
彼らが来るまで国政に携わっていた者たちが、ほとんどそのまま街の政治を取り仕切っている。
彼らが来るまで街で商売をしていた者たちが、そのまま街で商売をしている。
ジュルバン国の王族は、全員戦死または追放された。
それ以外は、そのまま。
彼らが王族にとってかわった……まさにその言葉こそが、もっとも相応しい。
彼らは、王宮に居座り、その中庭で時々剣の訓練を行ったりしている。
行政の者たちに求められているのは、今まで通り国を回し続けること。
そして、彼らに三食準備すること。
極端に言えばそれだけ。
最後に、彼らの中心人物に従うこと。
その人物のことは、『ガーウィン様』とよぶことになっている。
王宮の中庭に、激しい剣戟の音が響き渡る。
二人の男性が剣を合わせている。
模擬戦なのだが……実戦と見まごうほどに激しい。
それを見守るのは四人。
椅子に座らされた六十歳ほどの男性。
その後ろに立つ妙齢の美女。
テーブルに果物や飲み物を運ぶ男性……お世話係。
そして、二十代半ばのたくましい体躯の男性……顔をしかめている。
激しい剣戟を繰り広げる二人の男性。
一人は、魔人ガーウィン。
もう一人は、その眷属オレンジュ。
オレンジュの剣が飛ばされた。
「くっ……もっと訓練しねえと。こんなんじゃ、アベルに勝てねえ」
オレンジュの口から漏れる言葉。
「オレンジュ、いつも思うんだが、お前を倒したのってアベルじゃなくてエルフの方だったろ? なんで標的はアベルなんだ?」
ガーウィンが問う。
「何でと言われても……何でですかね」
「は?」
「あのエルフは、あんまりそういう気持ちは湧いてこないんですよ。絶対倒したい、みたいなの。なんか俺の中では、倒すべき相手はアベルなんですよ」
「意味が分からんな」
「ガーウィン様だって、『リョウ、絶対倒す!』っていつも言ってるじゃないですか」
「当たり前だ。今度は、いくつも罠を仕掛けて叩き潰してやろうと思っているんだからな」
オレンジュの言葉に、大笑いして答えるガーウィン。
だがガーウィンの言葉を気に入らなかったのだろう。
オレンジュは顔をしかめる。
「罠を仕掛けてって……それ、卑怯じゃないですか?」
「卑怯? 何だ、卑怯というのは?」
「やはり正面から、正々堂々倒すべき……」
「卑怯などというのは、負け犬の遠吠えにすぎん」
「えぇ……」
あまりのガーウィンの言葉に、引く眷属オレンジュ。
「あれほどの強者だ。どう戦っても楽しいだろう。だが、俺は負けるのは好かん。根本的に、負けるというのが受け入れられん。一度負けた以上、次はなんとしても勝つ。どんな手段を使っても勝つ。そこで許しを乞えば、生かしておいて再起の機会をくれてやってもいいぞ」
「なんという非道……」
思わずオレンジュの口から漏れる。
じろりとオレンジュを見てガーウィンは口を開く。
「オレンジュは、本当に俺の眷属なのか?」
「ガーウィン様こそ、本当に俺の主なのか……」
「反抗的だしな」
「眷属を大切にしないから」
「正面からの撃破にこだわるなど」
「悪辣な手段ばかりとるのはどうかと」
ガーウィンとオレンジュ……悪口を言い合いながらも、剣を合わせている。
それを離れた所から見るもう一人の眷属イゾールダ。
「どこからどうみても、主と眷属でしょう」
首を振りながら呟いた。
しばらくすると。
「待て、オレンジュ」
ガーウィンが、突然剣戟をやめた。
「ジュクから交信が入った」
ガーウィンはそう言うと、空を見上げる。
オレンジュは肩をすくめてテーブルに近付き、飲み物を飲み始めた。
「本当かジュク!」
ガーウィンの驚き、嬉しそうな声が響く。
「でかしたぞ! うむうむ、もちろん、大手柄だ! おう、そうだな、合流したら人の生き血を飲むか。ジュクは大好物であろう。よくやったぞ!」
傍から見れば、大きな独り言を言ってるように見えるガーウィン。
その様子を見ながら、オレンジュは傍らのイゾールダに話しかける。
「人の生き血を啜る……ジュクの方がヴァンパイアっぽくないか?」
「ジュクはそういう眷属なのだから仕方ないでしょう。あんただって、そんな図体のくせにお酒飲まないでしょ? 眷属それぞれよ」
「そんな図体のくせにって、おかしいだろ……」
「だって、どう見ても酒豪の外観じゃない」
「確かそういうのを、偏見って言うんだぞ」
オレンジュは小さく首を振って不満を述べる。
「偏見って言うの? 首長さん」
「さて、私にはよく分かりませんな」
イゾールダが、ただ一人座る六十代の男性に問いかける。
「首長さんは捕虜なのに非協力的よね」
「だいたい捕虜ってのは非協力的だろ。好きでもないのに捕まってんだから」
イゾールダの言葉に、肩をすくめるオレンジュ。
そう、その『首長』と呼ばれた男性こそ、バーダエール首長国首長バットゥーゾン。
縄をかけられたり鎖で縛られたりはしていない。
だがバットゥーゾンも理解している。
そんなことをする必要もないほど、目の前の眷属たち、そして魔人が圧倒的な力を持っているのだということは。
戦場で、嫌というほど見せられた。
この場には、魔人とその眷属以外もいる。
バットゥーゾンの横に立っている二十代半ばの男性は間違いなく人間だ。
バーザーという名の人間の彼でさえ、信じられないほど強い。
元々は、この国の裏社会を支配していたのだが、魔人ガーウィンに負けたために従っているのだという。
小間使いのように建物とテーブルを行ったり来たりしている人物……ボズンという名の男はよく知らない。
魔人とその眷属の言うことに、完全に従っている。
反逆しようなどとは欠片も思っていないのが見て取れる。
ジュクとの交信を終え、見るからに素晴らしい笑顔でテーブルに寄ってくるガーウィン。
「さすがはジュクとヴィム・ローだな」
そんなことを呟いている。
「あれ? そういえばヴィム・ローは?」
「ジュクに体を乗っ取られてるわ」
「……は?」
イゾールダの言葉に、素っ頓狂な声をあげるオレンジュ。
オレンジュ、イゾールダ、ジュク、そしてヴィム・ローは、魔人ガーウィンの最上級眷属だ。
『四将』という呼称通り、四体の眷属である。
しかしこの場には、オレンジュとイゾールダしかいない。
ジュクは、今ガーウィンに連絡してきた通り、どこかに潜入している。
しかし、ヴィム・ローは?
そのジュクに体を乗っ取られている?
「ナイトレイ王国の時も見たでしょう? ジュクが少年公爵の体を乗っ取っていたでしょう?」
「それは知ってるが……あれは人間だからだろう? いつもジュクはそういう役割だし……そうじゃなくて、ジュクって俺ら眷属の体も乗っ取れるのか?」
「当然でしょう? 元々私たち、ガーウィン様の眷属なんだから……。むしろ人間を乗っ取るより簡単なんじゃない?」
「えぇ……」
イゾールダの説明に、はっきりと嫌そうな顔になるオレンジュ。
乗っ取られたヴィム・ローはどう思っているのかと気になるが……。
「ヴィム・ローは喋らないから、話の聞きようがないか」
オレンジュは諦める。
そこへやってきた、彼らの主。
ここ最近見たことがないほどの上機嫌だ。
「ガーウィン様、ジュクは何と?」
「喜べ二人とも。リョウとアベルがいたそうだ」
「……はい?」
ガーウィンの言葉に、首を傾げて異口同音に疑問を口にするオレンジュとイゾールダ。
純粋に、言ってる意味が分からない。
「あのにっくきナイトレイ王国の、リョウとアベルがバーダエール首長国の都ホソイナに滞在しているそうだ」
「マジですか……」
ようやく理解したオレンジュ。
驚く。
喜ぶ。
歓喜する。
「おっしゃー!」
拳を突き上げるオレンジュ。
だが、すぐに懸念に行き着く。
先手を打たねば。
「ガーウィン様、アベルは俺の獲物ですから!」
「あん?」
「リョウはガーウィン様に譲りますけど、アベルは『俺の』獲物ですから!」
顔を突き出して主張するオレンジュ。
決して主たるガーウィンに対して従順とは言えない眷属オレンジュだが、ここまで頑固に自己主張することはない。
オレンジュの、アベルに対する執着は非常に強いのだ。
文字通り、千年に一度と言ってもいいほどに。
「……分かっている。アベルはお前に任せる」
「ありがとうございます!」
ガーウィンも、オレンジュの押しの強さを受け入れる。
実際、ガーウィンがこだわるのは涼の方だけであるし。
「だが負けることは許さん。俺がリョウを倒し、オレンジュがアベルを倒す。その二つが揃って初めて、リチャードが残したナイトレイ王国を圧倒したと言えるんだからな」
「もちろんです。負けなどいたしません」
オレンジュの顔に、獰猛な色が宿る。
正面から堂々とアベルに対する。
しかしだからといって、「善戦した」「全力を尽くした」……それで良しとするつもりなど全くない。
正面から戦い、堂々と倒す。
それがオレンジュの願いなのだから。