水属性の魔法使い
二人が南側城壁上に着いた時には、ゾルン皇太子はもちろん、指揮官と思われる者たちも並び、城壁の外を見ていた。
確かに、数百人ほどいるように見えるのだが、見覚えのあるシルエットが……。
「争おうとしているのは、人ではありませんでした」
「見覚えあるよな、あれ」
「ええ。魔人ガーウィンと眷属たちですね」
「ここ、暗黒大陸だぞ? 何でこんな所にいるんだ?」
「僕らが多島海地域に飛ばされたみたいに、彼らはこの暗黒大陸に飛ばされたのかもしれません」
アベルの問いに、涼が推論で答える。
二人が多島海地域に飛ばされる原因となったのは、ガーウィンの魔力だか魔法だかの暴走だ。
そもそもガーウィンら魔人は、重力を操ることができると思われる。
重力とは空間の歪みである、とはアインシュタインの言葉。
そうであるなら、重力と空間が密接な関係にあるのは間違いない。
それゆえに、魔人の魔力や魔法が暴走すれば、空間が歪んで遠距離に飛ばされる……なんとなく、分からないではない。
「自分の魔法で飛ばされた、憐れな魔人です」
「……つまり、今起きている状況に、ナイトレイ王国も関係してしまっていると?」
「そう言われると反論できないのですが……」
アベルの言葉に、顔をしかめて答える涼。
「でも、ガーウィンがこのバーダエール首長国を攻めなければ問題は起きませんでしたし、王国と争わなければ魔力や魔法の暴走も起きなかったわけですから……やっぱり責任は全て、ガーウィンにあると思うのです」
「……だよな」
しかし、対象は二人を放っておかなかった。
二人が城壁上に現れたのを見つけたのだろう。
四百メートルほど離れているはずなのだが……。
「出てきたな、リョウ、アベル! 俺様はお前たちに用がある!」
ガーウィンがどなる。
人には不可能な大音声で、はっきりと城壁上にも届いた。
「人違いです!」
思わず言い返した涼。
それほど大きな声ではなかったのだが、ガーウィンは耳がいいらしい。
「人違いじゃねーよ!」
「ごまかせませんでした」
「当然だろ」
涼の報告に、小さく首を振るアベル。
しかし、涼とガーウィンのやりとりを聞いて、城壁上にいた人たちは驚いたようだ。
その中でも特に驚いた表情のゾルンが声をかける。
「失礼ですが、ロンド公爵閣下は、あの侵略者とお知り合いですか?」
「ああ、え~っと……」
涼はどう答えればいいか迷い、アベルを見る。
「ゾルン殿下、あれは、我がナイトレイ王国でも暴れまわったことのある、魔人ガーウィンです」
「魔人!」
アベルが答え、ゾルンが驚く。
「魔人って……」
「伝説にある?」
「一体で大陸の半分を焦土と化した?」
「賢人ンドンの説得で破壊をやめ、大陸の奥に去っていった?」
「でもそれ、名前はガーウィンとかじゃないよな?」
「どちらにしても、人が勝てる相手じゃない……」
城壁上にいる人たちが、そんな会話を交わしている。
暗黒大陸にも、魔人の伝説があるようだ。
「陛下は先ほど、『王国でも暴れまわった』とおっしゃいました。あの魔人は、中央諸国にいたことがあるのですか?」
「ええ、殿下。一年前、我が王国は総力を挙げて、あの魔人ガーウィンを討伐しようとしました。最終的に、ガーウィンが放った魔法が暴走し、私とロンド公爵は多島海地域……分かりやすく言いますと、東方諸国に飛ばされました」
「なんと……」
「同時に、魔人とその眷属たちも消えたという報告を受けています。彼らは、この暗黒大陸に飛ばされてきたのでしょう」
アベルが説明した。
それを聞いて、城壁上の人たちが何も言わなくなった。
存在だけ知っている東方諸国に飛ばされただの、暗黒大陸に飛ばされてきただの……頭の整理が追い付かないのかもしれない。
城壁上はそんな状態になっているが、攻め寄せてきた者にとっては関係ない。
「ここには、そっちの国の首長がいる」
ガーウィンがそう言うと、バーダエール首長国首長バットゥーゾンが最前列に引き出されてきた。
「首長様!」
それを見て、城壁上の視線が集中する。
確かに、捕らわれたという情報の入っていた首長だ。
「父上……」
ゾルンが呟く。
引き出されたバットゥーゾン首長は、縄で縛られているわけでも、拷問を受けた様子などもない。
「捕虜として、丁重に扱っているぞ」
ガーウィンが告げる。
「殿下」
「父の返還を条件に城門を開けろと言われても、受け入れることはできない」
「はい……」
そんな会話が、ゾルンと側近の間で交わされる。
そう、攻略対象の要人を捕虜として扱い前面に押し出してくる場合、多くは交渉道具として使うためだ。
その中でも、現状で最もありそうなのは、開城、あるいは降伏の勧告。
しかし、皇太子としてゾルンの考えは明快。
父であり首長であるバットゥーゾンの命よりも、街を守る……。
多くの民が街にいる以上、ある意味当然ではある……だが、その決断を下すのは簡単ではない。
恐らく要求をのませるために、目の前で拷問してみせるだろう。
そのために、生かしているといっても過言ではない。
交渉道具として使うというのは、そういうことだ。
しかしゾルンはそれらを考慮した上で、側近に断言したのだ。
『受け入れることはできない』と。
そして、魔人ガーウィンが再び口を開く。
「この捕虜、このまま返してやっていい」
「何?」
ゾルンが訝しむ。
「俺の要求は一つ、リョウ、アベル、俺たちと戦え」
「……はい?」
ガーウィンの言葉に、素っ頓狂な声を出す涼。
アベルは無言だが、顔をしかめている。
城壁上の他の人たちは……ぽかんとしてる。
まだ誰も、意味を理解できていないようだ。
「戦えば、無条件で返してやる。その上で、そっちが勝てば軍を退こう」
ガーウィンのそんな声が聞こえた。
城壁上がざわめく。
「アベル、あんなことを言っています」
「言っているな」
涼の言葉に肩をすくめるアベル。
「陛下、公爵閣下、あいつに……魔人に勝てるのですか?」
ゾルンが期待を込めた表情で問う。
「魔人は……少なくともあのガーウィンは、完全に消滅させても復活しました」
「え?」
「そんな相手に、どうやったら『勝ち』となるのでしょう……」
ゾルンが驚き、涼が首を傾げる。
アベルも隣で、顔をしかめた後、口を開く。
「眷属も……ガーウィンがその気になれば、何度でも復活するんだよな」
「元々、とっても不公平な戦いです」
小さく首を振る涼。
とはいえ、戦わないという選択肢が無さそうだということは、涼もアベルも理解している。
街を攻める、国を攻めるという、巨大な『人質』を取られているのだから。
「仕方ありません、交渉してみます」
「交渉?」
涼が呟き、アベルが首を傾げる。
「ガーウィン、あなたに言いたいことがあります!」
涼が腹から声を出す。
けっこう遠くまで届くのだ。
「リョウか、言ってみろ」
ガーウィンが促す。
「魔人は倒せません。切り刻んで消滅させても再生するじゃないですか。それは不公平です」
「そう言われてもな……」
涼が指弾し、ガーウィンは肩をすくめる。
「僕と戦いたいんじゃないですか? そうだったら、条件を揃えるべきです」
「おま……リョウ、分かってるのか? 俺はこのまま、その街を攻撃してもいいんだぞ? それをわざわざ止めて、戦ってやろうと言ってるんだ」
「別に、街を攻撃されても、僕は全く痛痒を感じませんが?」
もちろん嘘だ。
首長の帰りを待っている間に、涼は何度も街に出かけた。
そこで、多くの民と交わりを持った……今さら、街が攻撃されても何の感情も持たないとはならない。
だが、ここは交渉の場。
戦うことが避けられないのは分かっている。
そうであるなら、少しでも有利な勝利条件を引き出さねばならない。
交渉でそれが可能であるのなら、涼は嘘だってつく。
「僕と戦いたいんだったら、条件を揃えるべきです」
「……分かった。俺の首を斬り飛ばしたらそっちの勝ちでいい」
再び涼が言い、顔をしかめたガーウィンが条件を提示した。
「それだけでは不十分です。ガーウィン、あなたが負けたら、今後十年間、このバーダエール首長国に攻め込まないと約束してください」
「まあ……それも、いいだろう」
「二言はありませんね?」
「ない」
「分かりました。それなら受けましょう」
涼は大きく頷く。
条件が整った。
「リョウ、いいのか?」
「引き出せる条件は、あれが限界でしょう、仕方ありません。アベルの方こそ、大丈夫ですか?」
「俺の相手は眷属……多分オレンジュだろうからな。この剣でどうにかする」
そう言ってアベルは愛剣を叩く。
『魔人大戦』の際、一度はアベルもオレンジュを倒している。
「剣ですか。そうですね……」
涼はそう呟くと、村雨を鞘から抜いた。
そして呼び掛ける。
「村雨くん、前回のガーウィンとの戦闘の時みたいに、<氷結剣>を発動させてください」
涼がそう呼び掛けると、一瞬だけ、淡く村雨の柄が光った。
満足げな表情になって頷く涼。
対照的に、訝し気な表情のアベル。
「……何だ、今のは?」
「秘剣・氷結剣の発動をお願いしました」
「ヒケン? お願い?」
アベルには意味が分からない。
「村雨の特殊効果みたいなものです」
「剣にお願いすると、それができるのか?」
「ええ」
アベルの問いに、頷く涼。
アベルは何度も首を傾げている。
「僕の故郷では、あらゆるものに神が宿ると言われています。そうであるなら、相棒である村雨、それも師匠にいただいた剣に、魂が宿らないわけがありません」
「お、おう」
自信満々に言い切る涼、その圧力に気圧されて受け入れるアベル。
もちろんアベルとて、自らの愛剣のことは完全に信じている。
戦いの際、自分の命を預けるのだ。
剣士が、剣を信じなくて何を信じるというのか。
だから、自らの剣を信じる涼の気持ちは分からないではない。
分からないではないのだが……。
「世界にはいろいろ不思議なことがあるんだな」
アベルのそんな呟きは、涼には届かなかった。