水属性の魔法使い
突撃探検家三号君が遺跡の入口に着いた時、そこは混乱していた。
混乱しているのが、涼とアベルにも見て取れた。
「三号君、音は拾えないんだな」
「ええ、そうなんです。そこは大きな問題点なんですよね。魔力というか魔力線というか、あれって音を伝えてくれません。ですので、氷の線とかでなんとかならないかと考えはしたんですが、ちょっと思いつかなくて」
アベルの確認に、顔をしかめて悔しそうに答える涼。
「でもでも、音は空気中を伝播します。それは事実なので……その性質を、空気中を漂う水蒸気、水分子を使って何とかならないですかね……増幅器のような感じで、減衰した音を増幅……それを繰り返しながら、僕の元まで辿り着くようにすれば、なんとかならないですかね……」
涼が思考の淵に沈んでいく。
「おい、リョウ」
それを止めるアベル。
今は、そういう場ではないと思ってだ。
「ああ、すいません。音は聞こえませんけど、どう見ても混乱していますよね」
「しているな」
涼は『おらおらリフト』で、アベルはそれと同期した氷の画面で見ている。
二人ともスキーズブラズニルの甲板からだ。
突撃探検家三号君は、遠隔操作で遺跡の入口に。
ちなみに氷の画面は大きいので、アベル以外の者にも見える。
ザックとスコッティーがアベルの後ろから見ているのは内緒である。
「代官さんの説明では、最初にアルファクラスの冒険者二パーティーが入っていって、その後ろから戦士軍団がついていくという計画でしたよね」
「そうだったな。戦士軍団って、その代官と会った帰りに誰何してきたよな。戦士軍団第一隊だったか。あれっぽいのは、五十人くらいいるよな?」
「いますね。他に、代官のメディ・アラジさんと、行政官っぽい人たちも何人か。でも……」
「腕の立つ冒険者っぽいのはいないな」
「やっぱりアベルにもそう見えます?」
アベルも涼も冒険者だ。
だいたい見ただけで、冒険者っぽい人間というのは分かる。
しかし、今この遺跡の入口にはいない。
「つまり真っ先に遺跡に入っていった冒険者たちに何かあった」
「戦士軍団がついて入る前に、ですね」
「戦士軍団を投入できない状況ということだろう」
「次の手をどうするか迷っている、その混乱」
アベルと涼は、ある程度妥当な推論を述べ合う。
「となると、突撃探検家三号君の出番じゃないですか!」
「……そうか?」
「彼ならやってくれるはずです」
「……何をやってくれるのか分からんが」
アベルが胡乱気な目で涼を見る。
だが、『おらおらリフト』を被っている涼は、アベルのそんな視線は分からない。
そしてついに、突撃探検家三号君が動いた。
何やらガタイのいい壮年男性と話し合っているメディ・アラジ代官の前に行く。
二人が驚いて三号君を見た。
<<ナイトレイ王国のロンド公爵リョウ・ミハラの、アイスゴーレムです>>
三号君が掲げた氷の板に文字が浮かぶ。
それを読んで、さらに驚く二人。
<<先に遺跡に入ったアルファクラスの冒険者に、何かあったんですね?>>
浮かんだ文字を読んで、メディ・アラジと壮年男性が頷く。
そして、二人して何か説明を始めた。
もちろん、涼やアベルには聞き取れない。
<<音は聞こえません、すいません。とりあえず、このゴーレムを遺跡の中に入れます>>
それを読んだ二人が、再び驚く。
一瞬黙った後、再び何か言っているが涼にもアベルにも分からない。
「ここに来てもらったらどうだ?」
「え? ここってスキーズブラズニルにですか?」
「ああ」
アベルはそう言うと、視線を動かす。
その先にいたのはパウリーナ船長だ。
船長も状況は理解しているのだろう。何も言わず、何も問い返さずに頷いた。
できる人は、こういう場面でも『できる』のだ。
「じゃあ……」
<<港にあるスキーズブラズニル号に僕らはいますが、そこからなら遺跡の中の状況が見れます。来ていただいても構いませんよ>>
それを読んだメディ・アラジ代官と壮年男性は、それぞれ部下たちに何か指示を出した後、馬に乗って駆けだしていった。
おそらく、このスキーズブラズニルに向かったのだろう。
「これで許可は下りた、と考えていいですよね」
「まあ、いいだろう。だが、慎重にな」
「もちろんです」
涼は頷く。
涼にとって突撃探検家三号君は分身のようなものだ。
雑に扱ったりはしない。
だが……。
「何があるか分からないところに突撃し、探検するのが三号君のお仕事です」
だから、突撃探検家三号君という名なのだ。
名は体を表す。
「突撃探検家三号君、発進!」
こうして三号君は、遺跡に向かって駆けだしていった。
遺跡の中では何が起きていたのか?
ゴロゴロドッシャン。
坂を転がり落ちたママドゥ副隊長。
「いってぇな」
きちんと受け身を取れたので、大きなダメージは無い。
ママドゥが転がり落ちた先にいたのは……。
「確か戦士軍団の、ママドゥ副隊長だったよな」
「『大いなる雷』のハリムンさん?」
ハリムンは治療を受けていた。
前方では、戦闘が行われている。
「スケルトン?」
スケルトンは、世界中で見られる魔物だと言われている。
その中でも特に暗黒大陸では、よく見られる。
だからママドゥもスケルトンは見慣れているのだが……だからこそ、目の前で戦っているスケルトンたちの異常性にすぐに気付いた。
「剣と盾を持って……剣術?」
「ああ。奴ら、俺たちの攻撃を流しやがる」
ママドゥの呟きに、ハリムンが頷く。
本来スケルトンは、撲殺士にとってはやりやすい相手だ。
殴るなり蹴るなりして、頭蓋骨を砕けばそれで終了だから。
むしろ、骨の表面を刃が滑るために、剣士や槍士などの方がやりにくい魔物だろう。
つまり、手や足が届く距離、超近接戦で戦いやすい相手。
それだけ、撲殺士はスケルトンの情報を持っているのだが……。
「剣や盾で攻撃を流すスケルトンなんて、聞いたことがありません」
「ああ、俺たちも聞いたことない」
アルファクラスの冒険者である、ハリムンたち『大いなる雷』も、そんなスケルトンの話など聞いたことがないのだ。
驚くほど稀有な例。
しかもそんなスケルトンが三体もいる!
「三体もいるってことは、突然変異じゃないと」
「そうだな。まあ、スケルトンに突然変異ってのもよく分からんが」
ハリムンは苦笑しながら言う。
「手も足も出ないほど強い、というわけじゃあない。ただ、初めての敵だから戸惑っている、ってのが一番近いかもしれん。俺みたいに怪我しないように処理しないといかんしな」
「ハリムンの怪我は、私を守ってのものです! あなたのせいじゃありません」
そう言ったのは、ハリムンを治療していた『大いなる雷』の治癒師ノーミラトだ。
「治癒師を全力で守るのは当然だ」
笑いながら言うハリムン。
それはママドゥも同感であるため、大きく頷く。
そこで、ママドゥは思い出した。
自分がなぜここに来たのかを。
いや、なぜ落ちたのかを。
「少しずつ穴に降りようとしていた時に、目の前でロープが切れたんだった」
「そのロープか?」
ママドゥの腰に巻かれているロープを、ハリムンが指摘する。
「はい。エアスラッシュみたいな、見えない何かが切ったのが分かりました」
「罠か、魔物か。どちらにしろ、人をこの穴に落とすのが目的なのは違いない。俺たちが穴に落ちたのも、斥候が完璧に探査して『罠は無い』と報告した、それで進んだが……穴が開いた」
「アルファクラス冒険者の斥候が見抜けない罠?」
「ああ。とはいえ、大きな選択肢が一つ消えるな」
「選択肢?」
「俺らが落ちてきた坂を上って、入口に戻るという選択肢だ」
「そう……強制的に落とされるでしょうね」
ハリムンが顔をしかめ、ママドゥも顔をしかめる。
つまり、遺跡の奥に進むしかない。
「そんな罠までしかける……誰が、何のために」
ママドゥの呟きに答えるものはいない。
それは今回の遺跡探索における最大の目的であり、理由でもある。
とにかく今は、目の前に最初に解決すべき問題がある。
「まずはスケルトン三体からだ。とはいえ、実際どうするか。今は遠巻きにして防御に徹しているが、ずっとこのままというわけにも……」
ハリムンがそう呟いた時だった。
ジューン。
何かの回転音が、皆が転がり落ちてきた坂の方から聞こえた。
次の瞬間、傍らを蒼い閃光が奔る。
紫電一閃ならぬ蒼氷一殲。
蒼い閃光が次々とスケルトンにぶつかり、あっという間に三体のスケルトンは消滅した。
スケルトンを消滅させた蒼い閃光は一行の前に来て止まる。
それは、変わった帽子をかぶり、槍を構えマントを纏った氷のゴーレム。
脚にはホイールがあり、それを回転させての高速移動で、スケルトンに体当たりをしたらしい。
一瞬、唖然とした『大いなる雷』と『流水』の面々だが、氷のゴーレムが目の前に止まるとすぐに武器を構えなおした。
誰も何も言わない。
彼らは、新たな魔物かと認識しているのだ。
<<安心してください、敵ではありません>>
ゴーレムが手に持った氷の板に、そんな文字が浮かぶ。
『大いなる雷』も『流水』も、それによって攻撃を躊躇する。
「待て、攻撃するな」
明確に、ハリムンが止める。
「魔物じゃない。多分ゴーレムとかいうやつだろう」
「ゴーレム? 西方諸国で使われているという? ですがあれは、全長三メートルくらいあるとか。これは……」
「ああ、半分だな。しかも金属じゃない……氷か?」
『流水』リーダーヤスキンの言葉に、『大いなる雷』リーダーハリムンが頷き、同時に疑問を抱く。
氷で作られたゴーレム?
「剣術を使うスケルトンも初めてだが、氷で作られたゴーレムも初めてだ」
「初めて尽くしですか。それでこそ冒険者冥利に尽きる、が……」
「厄介そうな遺跡探索……初めて尽くしは嫌だな」
「同感です」
ハリムンもヤスキンもパーティーリーダーだ。
自分だけでなく、パーティーメンバーにも責任を持つ。
当然、初めて尽くしは判断を困難にしてしまう。
そんな他のパーティーメンバーたちは、驚くというより訝しんでいるようだ。
なぜ氷のゴーレムが来たのかと。
それについては、氷のゴーレムが回答した。
<<メディ・アラジ代官から、皆さんの後ろからついていく許可を得ています。もう少し経てば、代官さんもこの映像を見ることになるでしょう>>
メディ・アラジ代官の名が出たからだろう。
一行は顔を見合わせる。
<<この氷のゴーレムは、ナイトレイ王国の涼が操作しています。どうぞよろしくお願いします>>
氷の板にそんな文字が浮かんだ後、三号君はお辞儀をした。
「とにかく、敵ではないということは分かった」
ハリムンが一つの結論を出す。
そして、もう一人のパーティーリーダーを見る。
『流水』のヤスキンも無言のまま頷き同意した。
この時のスキーズブラズニルの甲板では。
「ピンチに陥っていたところに出会いましたからね」
涼が得意そうな表情で……『おらおらリフト』を被っているから、口元しか見えないが……嬉しそうに自説を披露する。
「敵に襲われているところに、颯爽と登場して助けだす。これによって僕ら……三号君が味方であることを、きっと理解してもらえたはずなのです」
「そうか? 攻撃しようとしていなかったか?」
「そんなはずはありません。これこそが王道展開なのですから!」
「……そうか」
いつもなら『展開』について文句を言うアベルだが、今回はそこには触れない。
『大いなる雷』と『流水』の危機に到着し、攻めあぐねていたようなスケルトンを倒したのは事実だからだ。
しかし、一つ……いや、一人疑問がある。
「二つのパーティーメンバー以外の人物がいなかったか?」
「いましたね。着ているものからして、戦士軍団の人……あれ? どこかで見た覚えが」
「ああ、代官の所から戻る時だな」
「そう、アベルを誰何した人ですね」
「戦士軍団第一隊副隊長のママドゥと名乗ったか」
涼もアベルも覚えている。
「何で彼だけいるんでしょう? 足を滑らせて穴に落っこちちゃったんですかね」
「いや、それはないだろ。多分、先に落ちた両パーティーの確認に派遣されたが……」
「足を滑らせて落ちた?」
「地面にロープが転がっているのが見えたから、途中でロープが切れたんだろ」
「かわいそうに」
涼は顔をしかめる。
若い副隊長だから、隊長にいじめられたり圧を掛けられて行かされたのではないかと……ちょっとだけ思ったのは内緒である。
「さっきのスケルトン、剣と盾を持っていたよな。リョウのゴーレム……三号君は、一気に倒したが」
「ええ、ええ。槍を構えて突っ込んだのです。うちの子たちの、ほとんど唯一の戦い方ですけど、けっこう効果的なのはダーウェイで分かっていますからね。スケルトンに状況を把握させずに先手を取れたのが良かったです」
「だが、もしスケルトンが反応して反撃してきたらどうするつもりだったんだ?」
「反撃してきても、何も変わりませんよ?」
「え?」
「三号君は僕の氷で作られているんです。スケルトンのへなちょこ剣では、傷なんてつきません!」
自信満々に胸を張って主張する涼。
もちろんアベルも、涼の氷の固さは知っているため特に反論はしない。
ただ、ちょっと思っただけだ。
「体が硬いって、戦う相手からすれば、すげー理不尽だな」