水属性の魔法使い
涼とアベルが到着した時、遺跡の入口前には全員が座っていた。
礼装老人は椅子に腰かけて、他の者たちは地面に……。
ちなみに三号君だけは立ったままだが、礼装老人の前に立たされお説教をされている生徒、といった感じだ。
もっとも表情が変わらず俯いてもいないため、反抗的な生徒にも見える。
実際は、礼装老人が眺めているだけなのだが。
「来たようだな」
「お待たせしました」
礼装老人の言葉が聞こえたので、馬から降りながら涼が答える。
礼装老人と三号君の方に近付いていきながら問いかける。
「その子……突撃探検家三号君を仕舞ってもいいでしょうか」
「しまう? 突撃探検家三号君? 変わった名じゃな」
礼装老人が呟く。
涼は三号君を錬金術的に消した。
それでようやく一息つく。
礼装老人に壊される恐れはなくなった。
そんなことをされたら悲しいので……。
「さて白ローブの……お主を何と呼べばよい?」
「僕の名前は涼です」
「そうか、リョウ。人は、他の者の住処に勝手に入って行っても罰せられないのか?」
「……罰せられます」
大上段から正論を叩きつけ、いきなり会話の主導権を礼装老人が持っていく。
強い立場の者だからこそできる、初手からの強手。
そこには探り合いも駆け引きもない。
「我々は、こちらが、あなたのお住まいだとは知らなかったのです」
「先に入ってきた者たちから、一人帰したであろう? その者が、伝言を伝えたはずじゃ」
「その一人は、記憶を消されていて……伝言? ありましたか?」
「来るな、と伝えさせたはずじゃ」
「ああ……」
涼とアベルが異口同音に頷く。
代官は何か恐ろしいものにあったからだと言っていたが、確かに戻ってきた一人は、治療中に何度も「来るな!」と叫んでいたらしい……。
伝言ゲームの難しさである。
「確かにその一人は、治療中にうわごとのように言っていたそうです。来るな、来るなと」
「そうであろう?」
「あまりにも必死に繰り返し、叫んでいたので、何か恐ろしい体験をして、その記憶が何度も蘇っているのだろうと判断されました」
「なんじゃと?」
「行き違いがあったのです」
涼は正直に答える。
この場面、嘘をつくのだけは絶対にダメ。
それほどの相手だ。
「お主……リョウと言ったか。我が何者か分かっておるように見えるが」
「西の竜王あるいは白の竜王? 風の竜王?」
「ふむ、まあ、その辺の認識で間違いないわい」
礼装老人……竜王は頷く。
アベルは驚いているが、もちろん口を挟んだりはしていない。
そこにいる他の者たちの耳にも二人の会話は届いたはずなのだが、反応がない。
理解を超えているようだ。
この状況でそんなはずはないのに、冗談の類だと頭が判断しているのかもしれない。
涼も法則性には気付いている。
南であるロンドの森にいる紅い竜王。
東である東方諸国にいる青い竜王……なぜか男女ペア人間外観。
中央とも言うべき場所にいた金の竜王……現在転生中。
そして、今回。
五行において、東の青、南の紅、中央の金とくれば、西は白。
同じく、東の青は水、南の紅は火、西の白は風。
だから白の竜王、あるいは風の竜王かなと思ったのだ。
できれば名前もと思ったのだが、先に口を開いたのは白の竜王であった。
「紅、青、それに金まで……。三体の竜王に印をつけられておるとは……奴ら、お主を『それ』と認めたのかのぉ」
「……はい?」
涼は首を傾げる。全く意味が分からないから。
同時に、名前を聞き損ねた。
「それらの竜王に会ったのであろう?」
「はい。ルウィン様は、私の家のご近所さんです。ヌールス様には、黄金の街でお会いしました。ラウとファンは、彼らの幽霊船で戦いました」
「……今、何と申した?」
「ルウィン様は……」
「そこではない」
「ヌールス様は……」
「その次じゃ」
「ラウとファンは、彼らの幽霊船で戦いました」
「戦った? なるほど」
竜王は一つ頷いた後、言葉を続けた。
「幽霊船ということは、奴の……奴らのスケルトンは見たのじゃな」
「はい。ですので、この遺跡の中で四本腕のスケルトンを見た時に、その時のことを少し思い出しました」
「そこから、我の正体に結びついたか」
「その時は、確信はありませんでした。あくまで、その可能性が頭にあったというだけです」
「ほぉ」
「確信したのは、あなたの動きと、三号君たち全員を一瞬で入口に運んだその力でした」
あんなこと、ヴァンパイアや魔人でもできない……多分。
悪魔ならできるかもしれないが……わざわざ運んだりせず、殺してしまう気もする。
もちろん偏見である。
少し考えた後、礼装老人は、よく分からない問いを発した。
「お主……自らの肩に人の命が懸かった時、どうする」
「人の命? どうする? すいません、意味が分かりません」
「お主が我と戦えば、ここにいる他の者たちの命を保証しよう」
「戦わずに僕が逃げれば?」
「もちろん、全員殺す」
表情も変えずに老人は断言する。
「けっこう強い人たちもいますけど、あなたにとっては……」
「うむ、関係ないな。抵抗できずに終わるじゃろう」
「なら、僕の答えは決まっています。僕は、戦います」
涼は一歩前に出て答える。
迷わない。
逡巡しない。
「他の者のために、自らの命を懸けるか」
「自分の行動でどうにかなるのなら、考えるまでもありません」
「そうか。じゃが、我も手は抜かぬぞ? お主も全力でかかってくることじゃ」
「分かりました」
涼は大きく頷いた。
「リョウ?」
「大丈夫です、アベル、僕は行きます」
「しかし、あまりにも理不尽だろう。ここにいる者たちの命を人質にとって、リョウに戦いを強いるなど……」
「あの方はドラゴン、その中でも頂点たる竜王の一人です。僕たち人とは、異なる理に生きています。それが人から見れば理不尽に見えたとしても、仕方ありません。指摘したところで無意味です。強い方の理が通るのが世の常。アベルだって知ってるでしょう」
涼はむしろ微笑む。
人は人の理を中心に考える。
当然だ。
なら、ドラゴンはドラゴンの理を中心に考えるだろう。
それもまた、当然だ。
「僕の何かを試したいようです。わざわざ全力で、と言いましたからね」
涼はそう言うと村雨を手に持ち、氷の刃を生成して礼装老人の方を向いた。
「水の妖精王の剣か。それは、我も初めて見るな」
「あなたのことは……竜王様と呼べばいいですか?」
「名前か? あやつらも竜王じゃからのぉ、さて……ああ、ブランでよい。確か、以前は人にそう呼ばれておった」
ブランはそう言うと、空中から取り出した両刃の直剣を手に持った。
「かかってくるがよい」
「行きます!」
涼が飛び込み、戦いが始まった。