ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~
学校への入学を数日後に控えたある日。
自分は町の外れにある小高い丘へ来ていた。
モロットの町全体が見渡せる、お気に入りの場所だ。風が気持ち良い。遠くでは商人の馬車が街道を進み、畑では農民達が働いている。いつもと変わらない平和な景色。
けれど自分にとっては、少しだけ特別な日だった。
「もう六歳か……」
思わず呟く。前世の記憶を持って生まれ、この世界で五年以上が経過した。長かったような。短かったような。不思議な気分だった。
気付けば全てが当たり前になっている。この世界での家族。友人。生活。前世の記憶は今でも残っている。だが今の自分は間違いなくレイだった。
★
ふと町の方を見る。
まず思い浮かぶのは父さんのことだ。レオン。超越級冒険者で、世界でも有数の実力者。普段は豪快で大雑把に見える。だが剣を握れば別人になる。
自分が知る限り、一番強い男だった。
訓練を始めてから改めて分かった。父さんは化け物だ。あの背中に追いつくには、あと何十年かかるか分からない。
「まあ……」
苦笑する。
「追いつけるかも分からないけど」
それでも目標が高い方が頑張れる気がした。
そして母さん。ソフィア。世界最高峰の回復魔法師。父さんとは違う意味で恐ろしい。怒らせると本当に怖い。だが家族思いで優しい。怪我をすれば治してくれる。悩めば相談に乗ってくれる。前世を含めても、こんな母親はそうそういないだろう。
それからフローラ。自分の妹。まだ幼いが、将来とんでもない美少女になることは誰の目にも明らかだ。最近では歩き始め、言葉も少しずつ覚えている。
「にぃ」
そう呼ばれる度に少し嬉しくなる。複雑だが、嬉しい。
★
幼馴染達のことも思い浮かんだ。
ブラット。職種は【グラディエーター】。真っ直ぐで努力家。いつも全力で、頭より先に身体が動くタイプだ。だが戦闘になると恐ろしく強い。自分にとって最大のライバルでもある。今はまだ勝ったり負けたりだが、将来は間違いなく第一線で活躍する戦士になるだろう。
エレナ。職種は【レンジャー】。猫獣人の少女。明るく優しい。そして何より勘がおかしい。いつも「なんとなくにゃ」で済ませるが、その『なんとなく』で色々と的中させてしまう。最近では深く考えないことにした。考えるだけ無駄だからだ。
シーラさん。ブラットの母親で、モロット食堂の看板女将。豪快で面倒見が良い。未だに会う度に養子にならないかと言われる。正直困る。でも嫌ではない。
ガインさん。ブラットの父親で鍛冶職人。無口で怖い。でも優しい。典型的な職人だった。いつか武器を作ってもらいたいが、まだまだダメだと言われている。
エリーさん。エレナの母親。いつも穏やかで優しい。だが時々、父さんや母さんと同じ空気を感じる。強者の空気。ただのハンターではない気がしていた。まあ本人に聞くつもりはない。聞いてはいけない気もするからだ。
★
そして――自分自身のことを考える。
職種は【魔導剣士】。固有スキルは【ジョブホッパー】。さらに【鑑定の魔眼】。未だに謎だらけだ。
だが一つだけ分かることがある。
普通ではない。それだけは間違いなかった。
そしてこの力は、隠し続ける必要がある。少なくとも今は。
「学校かぁ……」
空を見上げる。どんな生徒がいるのだろう。自分より強い奴。変な奴。天才。貴族。色々いるはずだ。この世界では職種を持った子供達が集まる。きっと普通の学校ではない。
正直、少し楽しみだった。
★
その時だった。
風が吹く。ひらり。一枚の黒い羽根が空を舞う。
『何とか第1ターニングポイントを過ぎたわね』
「ん?」
思わず視線を向ける。だが次の瞬間には風に流されて消えていた。
「気のせいか」
首を傾げる。
そして気付かなかった。遥か上空。雲の向こう側。まるで誰かが見守るように、こちらを見つめていたことを。
★
こうして、レイの幼児時代は終わりを迎える。
モロットでの日々。家族との時間。幼馴染達との思い出。その全てを胸に抱いて、少年は次の舞台へ進む。
まだ誰も知らない。
ジョブホッパーを持つ少年が、やがて世界を大きく揺るがす存在になることを。
これは後に語られる英雄譚の、ほんの始まりに過ぎなかった。