ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~
露店で買ってきたクズ魔石を机の上へ並べ、自分は次々とアクセサリーを作っていた。
細いワイヤーを編み込み、小さな魔石を固定し、形を整える。単純作業のはずなのに不思議と楽しい。
前世でも生産職は好きだった。武器を作る。道具を作る。素材を集める。そういう地味な作業に夢中になるタイプだったのだ。だから今も自然と集中していた。
そして――。
【魔力操作が魔導操作に進化しました】
【転職が可能になりました】
「……え?」
突然表示された文字に、自分の手が止まった。数秒。思考が完全に停止する。
「転職?」
思わず声に出してしまう。そして慌ててステータスを開いた。
確かに。そこには見慣れない表示が増えていた。
職種・魔導剣士3.1 ➡転職可能
「本当に出てる……」
心臓がドクンと鳴った。
ジョブホッパー。転生してからずっと気になっていた固有スキル。職種が変わるらしい。だが詳細は一切不明。ずっと手探りだった。
そして今。ようやく最初の答えが見られる。
思わず顔がにやけた。
「来た……!」
六年間待った。ようやくこの瞬間が来たのだ。
★
しかしその前に。頭の中へ大量の知識が流れ込んできた。
「うわっ!?」
思わず椅子から落ちそうになる。魔導操作。進化したスキルの情報だった。しばらく頭を整理してから、自分はそっとスキルを発動する。
すると。世界が変わった。
「……!」
今まで見えなかったものが見える。空気の中。部屋の中。窓の外。世界中に漂う無数の光。赤。青。緑。黄。紫。様々な色をした粒子が漂っていた。
「これが……魔素?」
思わず呟く。
今までも魔力感知は使えた。だが感じられるのは自分と同じ雷属性ばかりだった。しかし今は違う。火。水。風。土。あらゆる属性の存在を感じる。
試しに赤い粒子へ意識を向ける。だが動かない。
「んー……」
もう一度挑戦。やはり動かない。
「まだ無理か」
少し残念だった。けれど確信もある。あと少し。あと少し成長すれば扱える。そんな感覚があった。触れはするが、掴めない。そんなもどかしい感覚だ。
そして同時に思う。
(これ絶対ヤバい能力だよね)
もし本当に全属性を扱えるようになったら。間違いなく目立つ。そして面倒事が寄ってくる。父さんや母さんを見ればよく分かる。強い人は平穏に生きられない。
「よし」
自分は即決した。
「隠そう」
平穏第一である。この決意だけは何があっても曲げない。
★
そして本題。転職画面を開く。目の前に三つの職種が表示された。
【黒魔導師】
【召喚師】
【魔導技師】
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。全部当たりだった。
黒魔導師。ロマンがある。絶対強い。攻撃特化の魔法職。前世のゲームでも魔法使いは夢があった。
召喚師。これも憧れる。ドラゴンとか召喚したい。使い魔と共に戦う姿は、何十冊の小説で夢見た光景だ。
そして魔導技師。こちらは完全に生産職だ。武器。魔導具。道具作り。前世で好きだったクラフト系職業そのもの。
「迷うなぁ……」
本気で悩んだ。三十分くらい悩めそうだった。
だが。最終的に答えは決まっていた。
「魔導技師」
やっぱり自分は物作りが好きなのだ。強さだけなら黒魔導師。ロマンなら召喚師。でも一番ワクワクするのは魔導技師だった。プリンを作った時の達成感。神木の小太刀を削り上げた時の手応え。あの感覚が忘れられない。
「決定」
その瞬間。光が溢れた。
【魔導工房を取得しました】
【魔導具作成を取得しました】
「おおっ!」
新スキル獲得。だが。次の瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……
「ん?」
妙な音がした。振り向く。そして固まる。
「……」
部屋の真ん中。そこに巨大な鉄扉が出現していた。
「は?」
意味が分からない。
寮の部屋である。ベッドがある。机がある。椅子がある。そして鉄扉がある。どう考えても異物だった。
「なにこれ怖い」
恐る恐る近づく。触る。本物だ。幻ではない。
「いやいやいや」
寮の管理人さんに見つかったらどう説明するのか。頭を抱えながら扉を開く。
すると――。
「うおおおおおっ!?」
思わず叫んだ。
★
中は別世界だった。
広い。とにかく広い。
巨大な作業台。精密そうな工具。見たこともない加工機械。魔法陣の刻まれた設備。そして広い資材置き場。
「工房だ……」
思わず呟く。
しかもかなり本格的な工房だ。ゲームで言うなら最上級クラフト施設。秘密基地。男のロマン。その全てが詰まっていた。
(ヤバい……)
テンションが上がる。
(超嬉しい)
まだ何もしていないのに楽しい。工房を見ているだけで楽しい。完全に少年心を破壊する施設だった。
外からは見えない。扉を開いた先にだけ存在する空間。これがスキル由来の空間なら、他人には認識できないはずだ。
(管理人さんには見えてないかもしれない)
それなら一安心だ。でも念のため確認しておこう。後でこっそり実験する必要がある。
★
そして早速。魔導具作成を試してみる。
材料は大量にある。クズ魔石。安物の指輪。ネックレス。ワイヤー。金具。どんどん加工していく。
作業台が手に吸い付くように馴染む。工具が自然と動く。まるで昔からここを使っていたかのような感覚だった。
そして完成した物を鑑定する。
【身代わりのネックレス】 一回だけ致命傷を防ぐ。
【重力カウンターの指輪】 重力魔法を軽減する。
【雷属性擬態の指輪】 属性情報を偽装する。
「……」
沈黙。
そして。
「強すぎない?」
自分でも引いた。
身代わりのネックレス。一回だけ致命傷を防ぐ。つまり一命を救う護符だ。騎士でも喉から手が出るほど欲しがるものだろう。
重力カウンターの指輪。重力魔法を軽減する。そういう魔法が存在するなら、対策装備は需要が高い。
雷属性擬態の指輪。属性情報を偽装する。鑑定に引っ掛からないようにする装備。これは自分でも使いたい。
「失敗作って何だっけ……」
本人は本気で困惑していた。クズ魔石で作った試作品がこれか。本番素材を使ったら何が出来るのか、想像もつかない。
(素材の極みよ、少しは加減してくれ)
心の中で懇願した。返事は無かった。
★
そして数日後。チェスガンの露店街では奇妙な噂が流れ始める。
「聞いたか?」
「ああ」
「正体不明の魔導具職人が現れたらしい」
「しかも子供だとか」
「嘘だろ?」
「本当らしいぞ」
噂は少しずつ広がっていく。品質が高すぎる。なのに値段が安い。露店に並ぶ瞬間には人だかりができ、気付けば売り切れている。販売者の顔は誰も覚えていない。
印象阻害のブレスレットを自分でつけているからだ。
だが当の本人は。
「ふんふふーん♪」
今日も工房で鼻歌を歌いながらアクセサリーを量産していた。
自分がチェスガンの一部商人達を震撼させ始めていることなど、まだ知る由もなかった。