徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
近所のかたに誘われて、さつまいも堀りに行っていた和樹さんとこどもたちが帰ってきた。
「おかあさんただいまー!」
「ただいまー! おいもたくさんだよー!」
「おかえ……ストップ! あなたたち芋堀りしてきたなら土ついてるでしょ。先に着替えと手洗いうがいよ!」
「はぁい」
「はーい!」
パタパタと洗面所に向かうこどもたちの後ろに、ダンボールを抱えた和樹さんが立っている。
「ゆかりさん、僕、車内を掃除してくるので、すみませんがこれ……」
「あ、はい。うわっ! 本当にずっしり! たくさん掘ったんですねぇ」
「ええ。美味しいもの、たくさん食べましょうね。ゆかりさんが一品目を作る間に車をキレイにしてきます」
「そうですね。あんまり愛車さんとデートが長引くと、和樹さんのぶんのおいも、なくなっちゃうかもしれませんから、洗車にかまけすぎないでくださいね。ふふふっ」
「おやおや、取っておいてくれないんですか?」
「だってそう言わないと、なかなかおうちに戻ってこないんですもの」
ゆかりがちょっとだけ拗ねてみせると、そこには嬉しさを隠しきれない和樹がいる。
「ははは、手厳しいな。なるべく早く済ませますから、ね?」
和樹は、ゆかりのおでこにリップ音を立ててキスをひとつ落とすと、にっこり笑う。
「じゃ、いってきますね」
「はい。いってらっしゃい」
和樹の笑顔と甘い視線を隠すように、玄関のドアがバタリと閉まった。
ダンボールを抱えて台所へ。じゃがいもなどが置いてある場所にダンボールを並べてフタをぱかりと開けると、鮮やかな色がたくさん詰まっていた。
「うふふ、どれも立派なさつまいもだわ。えーと、とりあえず、いも天はこれ、スイートポテトはこれ……でいいかしら」
太さや長さでさつまいもを見繕い、それを流しへ運ぶと、土を丁寧におとしていく。
「よし、スイートポテト用のを切ってから、おやつ用のいも天を切ろう」
まずはスイートポテト用。よく洗ったさつまいもの皮をむき、1cm厚さの半月切り、またはいちょう切りにしていく。耐熱ボウルでひたひたの水につけて、ふわっとラップしたボウルを入れて、タイマーを8分にセットして、レンチン開始。
続いて天ぷら用に3cm長さの分厚い輪切りにしていく。これはおやつ用の時だけの特別仕様。ゆかりもふだんは……というか、天つゆで食べる天ぷらなら一般的な厚みで作る。
分厚いさつまいもに衣をつけ、温度低めの揚げ油でじゅわじゅわと音をさせながら、じっくりと火を通して甘さを引き出していく。
「おかあさん、きれいになってきたよ」
「きがえて手あらいうがいしてきた」
「ふたりともいい子ね。今、いも天あげてるから、もう少し待ってね」
「やったー! てんぷら! はちみつとメープルシロップいるよね!」
「わたし、おさらとフォークだす」
「ええ、お願い」
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
子供たちが音の正体に目を向ける。
「ん? レンジ? あっ、もしかしてこれ、スイートポテト?」
「正解!」
「ぼく、つぶす!」
「わたしも!」
元気に挙手で立候補する子供たち。
「じゃあ、お願いしようかしら。先に火が通ってるか確認してね」
「うん!」
ラップを半分ほどめくって、慎重に竹串を刺す真弓。
「だいじょうぶみたい」
「そう。じゃあ、余った水は捨てちゃいます。ふたりとも火傷しないように気を付けてね」
「はい」
アチチと言いながらラップを外して、ざるをかぶせて、濡れ布巾ごしにボウルを持ち上げて流しに水を捨てていく。
「うんうん、ふたりとも上手上手!」
「そう?」
「へへっ」
それからこどもたちはテーブルに移動し、マッシャーで潰すのとボウルを押さえるのを交代しながらさつまいもを潰してくれた。
その間に、じっくり火を通したさつまいもをカラッと仕上げるべく、油の温度を上げる。泡の音が、パチパチと高い音に変わる。
「おかあさん、できたよ!」
「こっちも、いも天できたよー。交換だね」
いも天を載せた大皿をテーブルの真ん中にどんと置き、かわりに子供たちがマッシュしてくれたボウルを引き取る。
「やったー! いただきますー!」
「いただきます」
ウキウキとメープルシロップをたらし、ぱくりと大きな口でさつまいもを迎え、リスのようにほっぺたいっぱいに膨らむほど頬張って食べる子供たち。唇の端についたメープルシロップに、思わずくすりと笑いが漏れる。
「ほいひー!」
「ひあわへ……」
ああもう、口いっぱいに食べながらしゃべるから……本来は叱らなきゃいけないんだけど、今のだけは目こほししてあげよう。そんなことを思いながら、ゆかりはくるりと作業台に向き直る。
ボウルにバター、砂糖、牛乳を加えてさくさくと混ぜ、八等分して成形する。フライパンに油を熱し、溶き卵にくぐらせたスイートポテトの両面を、弱火でじっくりと、こんがりと焼き目がつくまで焼く。
この時点でさつまいもの匂いに小麦粉の焼ける匂いにバターの匂い、換気扇を回すだけでは追いつかない、たくさんの美味しい匂いが充満している。
和樹さん、この匂いにつられてさっさと帰ってきなさい。
そんなことを思いながら、追加のバターと砂糖を入れ、フライパンをゆすって絡めていく。
これで簡易スイートポテトの完成。
ゆかり自身は大学芋とスイートポテトのあいのこみたいだなと思っているが、便宜上簡易スイートポテトと呼んでいるものができあがった。
ゆかりはちょっと考えてから、小さめの皿を4枚取り出し、2個ずつ乗せていく。
完成のタイミングを見計らったようにガチャガチャと玄関から音がする。
和樹が帰ってきたのだ。手抜きでごめんねと思いつつ、その場で「お帰りなさーい!」と声を張る。
和樹も「ただいま!」と大きめの声で応え、洗面所に向かう。
台所にひょこりと顔を出した和樹。
「ただいまゆかりさん。手伝うことありますか?」
「これ運んだらおやつ分でやることはおしまいです。あ、お茶いれますか? それともコーヒー?」
「お茶がいいです。運ぶのは僕がやりますから、お茶お願いします」
「はぁい」
ほわりと微笑んでのんびり応え、急須を用意するゆかりに、つられるように笑顔をこぼした和樹は、スイートポテトの皿を運んだ。
心もちぬるめに入れた煎茶を人数分運び、ゆかりも席につく。和樹と声を揃える。
「いただきます」
「はぁ……ゆかりさんの作るものは本当に美味しいです!」
和樹の表情は、メープルシロップのように溶けていた。
「うふふ。みんながとってきてくれたおイモさんだからですよぉ」
ゆかりの表情は、バターのように溶かされている。美味しすぎるに。
さつまいもの美味しさに饒舌になるゆかりは止まらない。
「晩ごはんはどんなさつまいも料理にしましょう。鶏肉と一緒にしょうゆ味で煮込みましょうか。カレーでもいいですよ。じゃがいものかわりにさつまいも入れます。あ、でもグリルで焼き芋は食後のデザートです! これは譲りませんよ!」
「くすくす。少し落ち着いてください。ね、お母さん。真弓、進。明日の給食の献立はなんだったかな」
献立表を確認すると、炒め物がカレー味のようなので、カレーは却下となった。
「では揚げ油もありますし、そのまま季節の野菜の天ぷらにしましょうか。さつまいもはかき揚げに使いましょう。さつまいもと、コーンと玉ねぎとハムでどうですか? それで、食べてる間にグリルでじっくり焼いて、焼き芋作りましょうね」
「素敵です! 聞いてるだけでも美味しいです!」
「ねぇおかあさん、あしたはりんごとさつまいものやつ、たべたいな」
「あっぼくも」
「そうね。じゃあ明日の夕食には、りんごと一緒に煮たの作りましょう。あ、和樹さん。今夜のうちにスイートポテト作って冷蔵庫に入れておきますから、会社に差し入れで持って行ってください」
「わかった。作ってくれるのは嬉しいけど……他のヤツに食べさせるのは正直癪だな。独り占めしたい」
そう言いながらゆかりの手を取り、甲をさすってくる。
「もう、何言ってるんですか」
「ん? もちろん、ゆかりさんへの愛を囁いてるんですよ?」
にっこり笑ってしゃあしゃあと言ってのける和樹。相変わらずである。
「本当に、何言ってるんですか?」
ジト目のゆかりに言われても、まったく堪えていない。
美味しいものを食べながら、美味しいものの話をして。あまい空気に包まれて。
そんな、何気なくも幸せな休日。