徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
「ふぅ……」
「美味しかったですか?」
「とても。ご馳走さまです」
「ふふっ、お粗末さまです」
公園に設置されている屋根付きのテーブルにて昼食を終えた私と和樹さん。けっこう大きなお弁当箱だったのに完食してくれた和樹さんに嬉しくなる。今日早起きして丹精込めて作ったので、なおさら嬉しかった。
(まったくと言っていいほど目立たないけど)膨れた様子のお腹をさする和樹さんに水筒に入れてきた温かいお茶を入れて渡す。
「和樹さん」
「はい?」
「ちょっと休憩したら運動しましょうか!」
「……はい?」
十数分後、私と和樹さんは片手にグローブを持ちボールを投げ合っていた。ちょっと斜めにいってしまった私の投げたボールをバシッとグローブで器用にキャッチする和樹さんが口を開く。
「あの……なぜグローブ?」
「昔、お兄ちゃんとお兄ちゃんのお友達がよく家の前でやってて……私が羨ましがってたらそのお友達がグローブをくれたんです」
今思い出してもカッコイイお兄ちゃんのお友達だった。兄の妹の私にもとても優しくしてくれて、当時はすごく憧れてもいた。
うっとりと過去を語る私に和樹さんはちょっとムッとし、ぶんっと強めに投げてくる。
「わわっちょっ……私じゃこんなの取れませんよぉ!」
「……好きだった?」
「へ?」
「好きだったの? ソイツのこと」
不機嫌そうに眉を顰める和樹さんに……あ、そうか。和樹さんは嫉妬してくれてるんだ。私はなんだか嬉しくなって笑いながら首を横に振った。
「違いますよぉ! ふふっ」
「じゃあなんで笑ってるの」
「たしかに憧れてはいましたけど好きってわけじゃ……」
「やっぱ好きなんじゃん」
ボールを交わしながらの会話に私はどうしようもない幸せを覚える。だって、和樹さんは一度私の前から姿を消した。仲良くできていると思っていた私にとって、和樹さんが突然消えてしまったことはまるで世界の終わりかのような……そんな鬱々とした気持ちで日々を過ごしていた。
けれど和樹さんはまた私の目の前に姿を現してくれた。その上お付き合いをお願いされて……夢なのかと思った。でも和樹さんが夢ではないと証明してくれた。
それがあって今、これがあるのだと再認識して──かけがえのないものに思えてきて。もう二度と失いなくないと思ってしまった。
「今日はね、和樹さんにあることを話すためにこのデートを企画しようと思ったんです」
「あること……?」
「はい。あのですね、和樹さんが企画するデートはレストランとか展望台とか、すごく素敵なデート場所でしょ?」
コントロールの定まらないボールがひょろひょろと和樹さんの方向へ、それを和樹さんが上手にキャッチする。和樹さんの表情が途端に悲しそうに、眉が下がった。
「……もしかして、嫌だった?」
「ううん! 全然嫌じゃないです! むしろとっても楽しくて面白いものばかり……だからこそ、私は本当の私を和樹さんに知ってもらいたくて」
グローブの指の部分をぎゅっと握る。
どうしよう急に怖くなってきた……これを言ったら和樹さんに嫌われるかも……いや、もしかして嫌われるだけじゃなくて、別れ……でも、でもでもでも……!
和樹さんに本当の私を受け止めてもらって、これから先もずっと一緒に和樹さんに寄り添っていきたい! だから……!
「だからね。いつもそんな素敵なデートスポットに連れて行ってくれるから……私も少しだけ無茶、というか背伸びして服とかアクセサリーを選んだりしてたんです。和樹さんの、隣に立てるような立派な女性になりたくて……」
和樹さんは黙っている。和樹さんの顔はよく見えない。どんなことを思っているのかも……けれど私は続ける。
「でも、私は平凡なんです。どんなに無茶したって、しょせんは平凡だからいつかボロが出るかもしれない。だからこそ、今のうちにちゃんと本当の私を、平凡な私のことを知ってもらいたかった」
だからこそのこのデート場所。
公園で、お弁当を食べて、適当に身体を動かして……そんな平凡なデート。普通のカップルがするようなどこまでも平凡なデートだ。
「レストランも展望台もプラネタリウムも……こことは比べ物にならないくらい素敵なデートでした。でも私は平凡だからこの公園の方が身体に合ってるといいますか……えっと、なんて言ったらいいんだろう」
こんな時に限って上手く言葉が見つからない。不甲斐ない私に自分で苛立ちを覚える。
「……つまり、ゆかりさんはゆかりさんなりのデートで、僕に君のことを知ってもらいたかった、というわけですか?」
「そっそう! そうです!」
和樹さんの出したベストアンサーに私は首が取れる勢いで縦に振った。
和樹さんはしばらく沈黙した後……突然プッと吹き出した。
「フフっアハハハッ」
「えっと……和樹さん…?」
「なるほど……それでデートの提案を……まったく、僕の不安を返してくれ」
笑い続ける和樹さんにどうしていいか分からない私だったけど、口元を抑えながらこちらに優しく微笑んだ和樹さんに見つめられる。目が細まり指の間から微笑む彼の口元がチラリと見えた。
「ゆかりさん。僕は今日もしかしたら貴女に振られるんじゃないかと気が気でなかったんですよ」
「ふらっ振られ……!? ええぇっそんなこと」
「ええ、分かってます。もうその不安は解消されました」
いきなりのことを口走った和樹さんに動揺するも、ホッと息を吐く。
「だって突然次のデート場所は自分に決めさせてほしいと言うものだから……僕の今までのデートスポット選びが悪かったんじゃないかと、とても焦りました」
「う……そ、それは……ごめんなさい……?」
「それにゆかりさんが選んだ公園、とても楽しかったですよ。新鮮でしたしなにより僕の今までのデートプランではとても経験できない楽しさがありましたから」
和樹さんのその言葉に心底ホッとした。どうやら和樹さんも私の選んだ公園デートがお気に召したらしい。
あぁ、それと……と和樹さんは付け加える。
「僕だって世の男となんら変わらない平凡な男ですよ」
そう言うと和樹さんはおもむろにぎゅっと自身の服を握り締めた。
「だって今までのデートも、触れ合った時間も今この時だって……貴女に触れたくてしょうがない。貴女に触れたい。貴女を暴きたい。貴女を抱きたい。……頭から足の先まで全身隅々に至るまで舐め回したいとすら思う。僕はずっと貴女を抱き潰したいという煩悩と闘っているんです」
ね? 平凡でしょ? ──と和樹さんは笑うけれど……。
ま、まさか和樹さんがそんなことを思っていたなんて……。
世の男性の平凡がどういうものか私には分からない。けれど、私の思っていた和樹さんと和樹さん自身は、だいぶ違う。
和樹さんは、男の人だ。
それを意識した瞬間ドッと変な汗がふき出し、身体から熱が発せられる。バクバクと動悸が激しい。足が震えて仕方ない。
和樹さんに怯えてるんじゃない……でも、どう形容したらいいのか分からない。
それを見た和樹さんはフッ…と笑むとこちらに歩み迫ってくる! 思わず肩がビクッと竦むけれど逃げようとは思わなかった。
いつの間にか和樹さんは目の前で……和樹さんの大きな手が、私の赤く火照った顔を撫でる。──明確に性的な意味が込められている気がした。
「……今日は僕の家に泊まりにきてください」
和樹さんの吐息が鼻の先に当たる。
囁くように言われたその声に、はい──と答える前に私の唇は塞がれた。