徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
本日のデートはプラネタリウムを観に行く。そのプラネタリウムはカップルにもお薦めだと以前ネットで見た場所で、ゆかりが行ってみたいと提案したのだ。
「本当に電車でよかったんですか?」
電車を待つホームで和樹が聞いてきた。プラネタリウムを観に行く所はそんなに遠くはない。むしろ近い。車で簡単に行ける距離だ。
「車だとあまり目を見て会話できないでしょう? でも電車だったら和樹さんは運転することないから、たくさん目を見て会話できるじゃないですか」
ゆかりは頬を赤く染めながら笑う。せっかくゆっくり彼と過ごせる日だから、たくさん目を見て会話をしたかったのだ。
「本当にゆかりさんは……」
「え? 何です?」
ゆかりが聞き返すと同時にホームにアナウンスが流れ電車が到着した。
「さぁ乗りますよ」
「は、はい」
和樹が何を言おうとしたか分からぬまま、彼に手を引かれゆかりは電車に乗り込んだ。
電車の中は混んでいるが、ゆかりは和樹に守られているために窮屈な思いをせずにいられた。
ガタンゴトンと電車に揺られながら自分を守ってくれる彼を見る。グレーのスニーカーに黒のデニムパンツ。キャメル色の皮ジャケット。ネイビーブルーに白く細いストライプ模様の開襟シャツ。その中に着ている白いのはタンクトップだろうか。
高身長でスラッとした体型の彼に良く似合っていて、まるでモデルのようだ。
ゆかりは視線を少しずつ上にもっていく。女の自分とは違う、尖った喉仏。それだけで、この人は男の人なんだと思わされる。店の常連客になってくれた頃もそう思っていたけれど、今はもっともっとそう思ってドキドキしてしまう。
「ゆかりさん?」
見入っていた尖った喉仏が動き突然名前を呼ばれ、ゆかりはハッとなって顔をあげる。
「何だか顔が赤いような……どうかしました?」
「い、いえ! 何でもないです!」
まさか「喉仏を見てドキドキしていました」なんて言えない。
「それならいいんですが。暖房で暑くなって体調でも悪くなったのかと思いましたよ」
「全然大丈夫です! 元気モリモリですからっ!」
そう言いながら力持ちポーズを見せるゆかりに和樹はクスッと笑い、ゆかりも一緒になって笑った。
目的地に着き電車から降り改札口を抜け、ゆかりはプラネタリウムの上映時間をネットで調べる。
「どうします? 先にランチ済ませますか? それともプラネタリウム観てからランチにします?」
「いえ、その、実は……」
和樹はスマートフォンを取り出し画面を操作する。
「事前にチケットをオンライン購入してあるんです」
と言ってチケットが表示された画面をゆかりに向けて見せた。それを見たゆかりは目を大きく見開いた。
「こ、この席って人気ですぐにチケットが売れちゃうって話題の席ですよね……?」
行く予定のプラネタリウムの会場の席は一般席に加え雲シートと芝シートがあり、その二つは数に限りがあるためすぐにSOLD OUTになってしまう。
そして彼がとってくれたのは雲シートの席のチケットだった。
「休みが取れるとわかったときにネットを見てみたら、運良くチケットがとれたんですけど……勝手に決めてすみません」
眉を下げ苦笑いする和樹にゆかりはブンブンと首を横に振る。
「嬉しいです! すごくすごく、すっごーく嬉しい!」
彼と一緒に観られるだけでも嬉しいのに、それに加え特別な席で見られるなんて幸せすぎる。ゆかりがふにゃりと笑うと和樹は安心したのか嬉しそうに微笑んだ。
予約したプラネタリウムの上映までは時間があることがわかり、先にランチを楽しむことにした。以前から気になっていたレストランに入る。メイン料理を頼むと数種類の焼きたてパン食べ放題がついてくるランチセットを注文する。
こうしてレストランで彼と一緒に食事をするのはいつ振りだっただろうか。「美味しいですね」と言い合いながら食べられるのが嬉しくてたまらなかった。美味しい食事をしながらの話は尽きなかった。
ランチを終えてもまだ時間に余裕があるので、近くのショッピングパークに行くことにした。ファッションのフロアでぶらぶらと手を繋ぎながら洋服を眺めているとき、隣を歩く和樹を見上げゆかりは言う。
「和樹さんの今日のお洋服とても似合ってますねぇ」
「ありがとうございます」
和樹は少し照れた様子を見せる。
「ゆかりさんは、今日はいつもと印象が違いますよね」
とゆかりの着ているワンピースをついと指差す。
「実はデートのために新しく買っちゃったんです。和樹さんの隣を歩くから、少しでも大人っぽくと思って」
頬を赤く染めながらゆかりは笑った。はたして彼と釣り合っているだろうか。大人っぽくいられているだろうか。――彼はどう思っているだろうか。
「へぇ、そうなんですね」
そう言った和樹は視線を泳がせ「次のフロア行きましょうか」と言った。ゆかりは「はい」と笑顔で返事を返すが、心の中には小さな違和感がうまれていた。たけどそれには気が付かないフリをした。