徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
「そういえばゆかりさん! こないだ商店街で一緒に買い物してた方って彼氏さんですか?」
突然の声にお皿洗いをしてたゆかりが顔を上げると、目をキラキラさせる聡美とにやりと意地の悪い顔をした遥がこちらを見ていた。
「えっ!? 商店街?」
ゆかりは思い当たる節がないのか首をひねりながら
質問を質問で返す。
「えぇっと、一昨日の夕方なんですけど……お肉のタイムセールやってて、そこでゆかりさんと茶髪のキリッとした目の素敵な男性を見掛けて……あれ? もしかして人違い?」
聡美はゆかりの反応から自身の勘違いかもとだんだん声の勢いが落ちていく。
そんな聡美に意外な形で助っ人が飛び込んできた。
「あーっ! サクラも見たよ! 一昨日お母さんとデパートで買い物してたら下着売り場でゆかりお姉さんとイケメンのお兄さんが買い物してるところ!」
聡美と遥のいるテーブル席の隣で友人らとオレンジジュースとケーキを食べていたサクラが元気よく手を挙げて発言した。
ちなみに今現在、喫茶いしかわの店内にはこの子たち以外の客は奇跡的にいない。
普段から喫茶いしかわの看板娘ゆかりとイケメン店員である和樹はその仲の良さから実は恋人同士なのでは? とお客に怪しまれている。
だが看板娘にそのつもりはなく、最近ではもっぱらゆかりが炎上を気にしているのがデフォルトになりつつある。
そんなゆかりのスキャンダル、しかも目撃情報が二つも。
飛鳥はオレンジジュースを飲みつつさっきから会話に入ってこない、空気と化した和樹に目を向ける。
本能的な恐怖を感じた飛鳥に冷や汗がじわりと滲む。
和樹はこちら側には背中を向けて在庫確認をしている真っ最中だが付き纏うオーラが凄まじいことになっている。
ゆかりとの会話に夢中な他の人たちは気付きもしないが飛鳥に見られていることは和樹もわかっているだろう。
おどろおどろしさすら感じるそのオーラ、隠す気はないのだろうか。
それで? 結局どうなのよゆかりさん! と遥がゆかりに答えを急かすと、彼女はなんて答えようか迷うようなそぶりを見せたあと、おもむろに口を開いた。
「うーん、実は……あっ! いらっしゃいませ!」
なんてタイミング……こんなときにお客なんて、とさりげなく視線をゆかりと一緒に入口に向けた聡美とサクラは、「あ!」と声をだした。
「「この人!」」
この人呼ばわりされたお客は嫌な顔一つせず、にこりと微笑むとこんにちはと声を掛ける。
「れ……! ナオくん来るときは連絡してって言ったのに! もーびっくりしたじゃない」
ゆかりはこの人……もといナオくんに注意すると、怒られてるはずのナオはごめんごめんと軽くゆかりのおでこをつついた。
「今週のどこかで行こうと思ってたんだけど、急遽時間ができてさっ。ほら、例のやつ明後日からだろ? だから最終確認しとこうと思って……」
完全に二人の世界である。
飛鳥はもう一度和樹を見る。
在庫確認が終わり整理も終わったのか和樹はこちらを向いている。顔は笑っているが突き刺すオーラを完全にナオにだけに向けている。
あまりのおっかなさに飛鳥は関わることをやめようと思い視線を外そうとしたが、それよりも早くチラッと飛鳥を見た和樹は目で合図を送る。
えー、この人の情報を聞き出せってこと?
飛鳥はため息をつくと、とことこと二人に近寄った。
「聡美お姉ちゃんとサクラちゃんが見たイケメンのお兄さんってこの人のこと~?」
お兄さんを指さしながら飛鳥は聡美とサクラに聞いた。二人ともうんうんと頷いている。
「こんにちは。キミの名前は?」
ナオと呼ばれたお兄さんはしゃがみこむと飛鳥の頭を撫でながらにこにこしている。
飛鳥はこの人、誰かと似てるんだよね……誰だっけ? と思いながら答える。
「飛鳥だよ。よろしくね! ナオお兄さん」
ああ、よろしくな飛鳥ちゃんとナオは答えるとゆかりにカウンターに案内してもらい、コーヒーとサンドイッチを注文した。
「和樹さんサンドイッチお願いします!」
とゆかりが和樹の方を向くとそれまでのオーラが少しだけ収まった。それでもゆかりにはバレバレなのか
「和樹さん?」
と再び声を掛けられ
「了解です!」
と和樹はゆかりに向けていつもの笑顔を向けた。
「わあ~マジでイケメンね! ゆかりさんやるぅ~!」
遥は聡美に耳打ちしている。
バキっと不穏な音が聞こえ飛鳥はちらっと和樹を見ると目が全然笑っていなかった。
幸いにも飛鳥以外には気付かれていないようである。
「お待たせいたしました。コーヒーとサンドイッチです。ごゆっくりどうぞ」
和樹は先程までのオーラが嘘のように、いつものスマイルとふんわりとしたオーラでナオの元へ注文品を差し出す。
ナオはサンドイッチを一口食べると美味しいっと満面の笑みを浮かべた。
(この顔、ゆかりさんに似てるな……)
ぱくぱく食べるナオを何気なく見た和樹は、不意に感じた違和感に内心で首を傾げる。
(なんだ……なにかが引っ掛かる)
バックヤードに行っていたゆかりが店内に戻ると真っ直ぐにナオの元に向かい包み紙を出した。
「ナオくん! こないだはデパート付き合ってくれてありがとう! ナオくんセンスいいから助かっちゃった! これお礼なんだけど……明後日頑張ってね! 観に行くから」
やっぱりナオとデパートに行ったのは事実。
ということは、下着を選んだのはナオということ。
和樹は聡美と遥に追加注文のアイスティーを運びながら聞こえてくる会話に苛ついていた。だが苛つく理由がはっきりしない。
飛鳥はそんな和樹を見ながら、なんでこの人は自分のこと、特に色恋沙汰になると途端にポンコツなんだとため息をついた。
聡美お姉ちゃんと一緒に帰るからと友人を見送った飛鳥は、今は聡美と遥のテーブルにいる。
ナオはカウンターに座りコーヒーを飲みながら洗い物をしている和樹とゆかりをぼーっと見つめていた。
和樹とゆかりはいつものようにたわいない話をしている。時折なにが面白いのかくすくす笑うゆかり。和樹がなにか言うとパッと顔を赤くしすぐに青くなると今度は怒り出す。
表情のコロコロ変わるゆかりを見る和樹はずっと笑っていた。
そんな二人を眺めながら飛鳥は、和樹さんが笑える場所ってここなんだろうな……と思う。
飛鳥は和樹はわりと人間離れした男だと思っている。感情が無いとは言わないが暖簾に腕押しとはまさに彼のような人の事を言うのではないか、と。
そんな彼があんな突き刺すようなオーラを出したこと。今みたいに笑っているところ。
それが和樹だと言われればそれまでだが、飛鳥にはそうだとは思えなかった。
やっぱり和樹さんも感情を持った人間なんだ……と妙な感心をした。
ナオは相変わらず二人を見つめている。
いや正確には、和樹を見ている……?
飛鳥はこれまでのゆかりやナオの言動と行動を思い浮かべ、ふっ、とある仮説に辿り着いた。
もしかしてナオさんって……。
「ありがとうございましたー!」
見送るついでに玄関まで行ったゆかりをナオは突然腰を引き寄せ抱きしめた。
「んなっ」
その声は和樹かゆかりか、はたまた両方か。
ナオはゆかりを抱きしめるとぱっと手を離し、「またな」と声をかけると耳元でなにかを囁き帰っていった。
去り際、チラッと和樹をみたナオはニヤリと不敵な笑みを浮かべていた……ように見える。
(あいつ……何者なんだ)
きゃーと黄色い声をあげた聡美と遥からの質問攻めにあってるゆかりを無視して、和樹はさっきのナオの意味ありげな視線の意味を考える。
飛鳥はそんな和樹の元へ行くと、声をかける。
「ねえ和樹さん?」
「なんだい飛鳥ちゃん?」
にこっと笑いかけると飛鳥は得意げな顔をした。
「……? 飛鳥ちゃん?」
「やっぱり! ナオお兄さんって和樹さんに似てるね!」
「っ!?」
「あー! 飛鳥ちゃんもそう思った? 実はあたしもさっきからナオさん誰かに似てるってずっと思ってたの! そうよ和樹さんよ!」
「いやいや、何を言ってるんですか似てませんよ! 僕はあんなに大胆な行動なんてできませんし……」
飛鳥と聡美の発言に、内心冗談じゃないと思いながら「いやいや」と否定をする和樹。
なんで俺があんな優男と似てるんだ。
皆に見せている姿に似ているかもしれないが、あれはあくまで僕が接客用に作った姿だ。実際にあんな人間がいたなら胡散臭いことこの上ない。
もしあんな人間が実在するなら、なにか裏があるに違いない。
和樹はゆかりに向き直ると一気に距離を詰めた。
ナオに不意打ちで抱きしめられた故か、ゆかりは未だ扉の前にいた。
「ゆかりさんっ!」
「え? きゃっ。和樹さんどうしたんですか?」
逃げられないようにドアに手を置き、ゆかりに問いかける。
後ろで遥が、聡美! 見て!壁ドンよ! と言っているが今の和樹には聞こえない。
飛鳥はうわぁ、和樹さん手のひらくるーんな大胆……と呟いている。当然和樹には聞こえていない。
「ゆかりさん、あの人はゆかりさんのなんなんですか? 彼氏なんですか? お友達なんですか?」
一気にまくし立て固まるゆかりだがなんとか返す。
「いや、あのナオくんとはそんな関係では……」
「ナオさんって女の人だよね? ゆかりお姉ちゃん?」
「「「え?」」」
和樹、聡美、遥は同時に声を上げた。
「すごい飛鳥ちゃん! なんでわかったの!?」
「ナオさん、『僕』とか『俺』って言わなかったから。それになんとなく仕草がお姉さんだなって」
飛鳥の推理を聞きながら和樹はさっき感じた違和感を思い出す。
そうだ、食べる時の仕草! 両手でパンを食べた時に立つ小指。口の端に付いたソースを薬指の腹で拭う姿。
優男だから気にもとめてなかったが、なるほど今思えば女性らしい仕草と言える。
それに……と飛鳥は続ける。
「ナオさん、もしかして本当の名前じゃないんじゃない? ゆかりお姉ちゃん、ナオさんが来たとき最初『れ』って言ってたよね?」
ゆかりは観念したのか飛鳥の名推理にふふふと笑うと
「そう! 彼女は女性よ。それに本名もナオじゃない、『直田玲』って言うの」
ふふふとまだ笑い続けるゆかりに和樹と飛鳥は驚いた顔をしているが、笑っているゆかりは気づかない。
「玲ちゃん大学の頃劇団のサークルに入ってて、今もたまに舞台に出てるの。今度の舞台が明後日から始まるんだけどね、今回は男装して誰にでも優しい紳士な優男役をやることになったんだって! 彼女、練習も兼ねて普段でもたまに役になりきるからそれのお付き合いで一昨日会ってたんだけど、玲くんって呼ばれるのは嫌っていうからナオくんって呼んでてーー」
飛鳥はふと思ったことを口にした。
「ねえ、どうしてれいくんはだめなの? れいくんって男の子いるよ?」
「レイって名前の最後の母音が『i』でしょ? 調べてみたら『i』で終わる名前って竹を割ったような性格らしくて、玲ちゃんも本来はきっちりかっちりしたハキハキ喋る女の子なの。だから今回の役とは違うなーって思ったみたい。それでね、ナオの母音の『o』はのんびりとか癒し系らしいの。だから役作りのためにナオにしたんだって!」
と彼女は終始笑顔で説明してくれた。
ついでに優男のイメージのためにゆかりの同僚である和樹を参考にするために、実は何回か喫茶いしかわに本来の姿で通っていたらしい。
閉店後和樹とゆかりは後片付けをしていた。
ふと和樹は疑問だったことをゆかりに聞く。
「そういえば、ゆかりさん。帰り際玲さんに何を言われてたんですか?」
「え? あー……。えっと、わたしも意味はよくわからなかったんですけど……」
玲は耳元でゆかりに囁く。
~やっぱり羊の中には狼がいるものなのね~