徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
ゆかりが和樹と結婚して数ヶ月。
ゆかりは、喫茶店の常連客であるユキエに愚痴ともつかぬのろけを披露していた。
「ハァ? いまだに旦那がカッコよくて緊張する? んも~っ、新婚らしいことのひとつくらいしないと愛想尽かされちゃうわよ?」
「……ですよねぇ」
呆れを含んだ声色でそんなことを言われては、ゆかりだって色々と考える。
(ちなみにユキエは絶対そんなことになるわけないと思っており、単にゆかりに発破をかけただけである)
はぁ……どうしたらいいのかしら?
もう、ごはん炊いてる場合じゃないよぉっ!
家に帰ってからも、ゆかりの頭の中はそんな内容がずっとぐるぐるしている。
そこへ、玄関からガチャっという扉の開く音。
そして和樹の、仕事疲れと家に着いた喜びを内包する「ただいまー」の声。
その和樹の声を聞いて思い付く。
はっ、そうだわ! 新婚といえば定番のアレはどうかしら? ファイトよゆかり!
ゆかりは右手にしゃもじを持ったままというテンパりMAXの状態で玄関に向かうと、靴を脱ぎ終えた和樹に食い気味に聞く。
「おかえりなさい、和樹さん! えっと……ごはんにする? ライスにする? それとも、お・こ・め?」
ぶふぅっ!
テンパりまくったゆかりの一言は和樹の腹筋にクリティカルヒットを与えることに成功する。
盛大に吹き出した和樹はその場に崩れ落ちた。
コンコン。
遠慮がちに寝室のドアをノックする音。
「……ごめんなさいゆかりさん。もう笑いませんから」
扉の前にはしゃがみこんで膝の上で顔を隠すようにするゆかり。先程から電気も付けず、暗い部屋に閉じこもっている。
「一緒にライス……ングッ! ……コホン。すみません、ごはん食べ……ぷっ……すみません。ねえ、ゆかりさん、ドア開けてください」
ゆかりがむっつり無言でぷんすこすること早小一時間が経過している。が、いまだクリティカルヒットの威力は和樹に有効打を与え続けていた。
寝室前の攻防は、さらに三十分後。
空腹に耐えきれなかったゆかりのお腹が扉の向こうの和樹に聞こえるほどの主張をするまで続いたという。