徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
ゆかりと和樹が外で待ち合わせてデートをする時、たいていゆかりが先に着く。
ゆかりが早めに着くよう心掛けているからではあるが、それ以上に常に大量の仕事を抱えている和樹が引き止められがちで遅刻しやすいせいである。
何度「待たせてゴメン!」と頭を下げたことか。
その都度ゆかりはくすくす笑いながら
「ふふっ。いいんですよ。連絡もらってたし。連絡なかったらとっても心配しちゃうけど。和樹さんがお仕事でき過ぎちゃって頼りにされてて、なかなか離してもらえないせいでしょ? このぉ、人気者めぇ」
と肘でつんつんしながら許してくれる。
逆に和樹がゆかりを待つ場合、香水と化粧の濃い女や露出の多い女、軽そうな女がかなり寄ってくる。和樹は自分が誘蛾灯になってしまった気がして落ち込みつつもイライラし、かといって非道い対応もできないため、うんざりを隠さず
「待ち合わせ中です」
「もうすぐ相手が着くので」
と、そっけない態度を貫くことが多い。
肝心の待ち合わせ相手であるゆかりはというと
「お話し中みたいだし、邪魔しちゃ悪いと思って」
と、到着していてもこちらに近寄ることすら躊躇い距離を取ることが多く、何が哀しくて最愛にして唯一無二の相手であるゆかりを蔑ろにしてまでどうでもいい相手の対応をせねばならないのだと和樹は熱弁を振るう羽目になるのだ。
最近は、和樹が待つ場所にゆかりが着いたら冷ややかに対応してた相手を瞬時に放置し、どろっどろに溶けた笑顔と全開の色気でゆかりを迎えに行くようにしている。
ゆかりは逃げたそうにじりっと一歩下がるのだが、今のところ逃亡を許したことは一度もない。
それでも和樹は、自分がゆかりを待つほうがずっとマシだと思っている。
ゆかりが一人でいたら、ナンパ男の餌食になるに決まってるじゃないか! 危険すぎる!
そう主張する和樹をよそにケラケラと笑いながら
「毎回ナンパされてるのは和樹さんじゃないですかー。わたしは全然モテませんよぉ」
と返すのだ。
違う。そうじゃない。ゆかりさんは可愛い。とても愛らしくて大層モテているのだ。
和樹がどれだけ主張しても冗談として流されてしまう。良くて贔屓目のせいにされてしまう。
さらに言い募ると
「だってわたし、告白されたこととかないし。道を聞かれることくらいはありますけど、それをナンパにカウントしたらさすがに相手が可哀想ですよ」
と言われてしまう。
和樹がゆかりに知られないように、その視線や言動で不埒者を追い払っていたことが完全に裏目に出ていて内心の舌打ちが止まらない。
仕方ないと切り替え、過保護ですねえと呆れるゆかりに、もしゆかりが待たねばならない状況になったら最大限の安全確保ができるように、一人で外に立つのではなく近くのコーヒーチェーン店などで待つよう説得するくらいしかできなかった。
◇ ◇ ◇
今日も和樹は全力疾走していた。
今回は三十分の遅刻である。
待ち合わせ場所と周辺のコーヒーチェーン店を頭の中に思い浮かべる。
が、ゆかりがコーヒーチェーン店で待ってくれているとは思えない。
陽射しはきつくないし気温もちょうどいい。まあいいかとその場で雑誌だか小説だかに目を通し始めてしまったのではないか。
その予想が最も確度が高そうに思えてしまうのだ。
「くそっ」
和樹は必死に足を動かした。
和樹の予想通り、ゆかりはそこにいた。
予想と違うのは、数名の大学生と思しき男に囲まれながらにこにこと話していることだ。
ムッとしながら大股で近付き、ゆかりの肩を抱き寄せる。
「僕の妻に何か?」
妻を強調しながら警戒心剥き出しの一言を投げつける。
「わーぉ、ほんとに来たー。良かったね、お姉さん」
「うわ、これは確かに自慢したくなるイケメンだわ」
「確かに。お姉さんの惚気を軽々超えてきた」
「えー、マジでモデルとか芸能のお仕事してる人じゃないの?」
「どこでイケメン拾ったのか気になるなー」
「じゃ、俺らはこれで。ラブラブいちゃいちゃデート楽しんできてねー」
ひらひらと手を振りゾロゾロ離れていく男たちに、
「うん。こっちこそ聞いてくれてありがとう」
こちらもにこにこと手を振るゆかり。
和樹だけが状況についていけてない。
「えーと、ゆかりさん。彼らは知り合いでしょうか」
「ううん。さっき初めて会ったの。これからお店のお客さんになってくれるかもしれないけど。なってくれたらいいなぁ」
くふくふ楽しそうに笑うゆかり。
「……さっき、惚気という言葉が聞こえましたが、それは?」
ハッとしてあわあわして、少し気まずそうに申告する。
「それは、その、あの、えーと……彼らが声をかけてくれてですね。今からデートで、待ち合わせに来る人は、わたしを愛してくれててそれを毎日惜しみなく伝えてくれて、とっても格好良くて背も高くて足も長くて、運動神経もすばらしくて、ウィットに富んだ会話ができて、すっごく優しいジェントルマンで、とんでもないハイスペックイケメンのスパダリさんなの! って全力で惚気けちゃいました」
ちょっぴり恥ずかしそうなゆかりに、和樹は思わず息を呑む。
「そしたら、本当にそんなスパダリが来るなら見てみたい! って言われて。それで和樹さんが来るまで、たーっぷり和樹さんとのことを惚気けちゃいました!」
ぎゅっと目を瞑って、イタズラがバレた子供みたいな表情をしたゆかり。
「……どうして、そんなことを?」
「だって、普段は和樹さんのこと全力で自慢できる相手がいないから……見ず知らずの相手なら、少しくらい惚気けても大丈夫かなーって。嫌でしたか?」
叱られる前の子供みたいに上目遣いで様子を伺うゆかりに和樹のハートはぎゅんぎゅん鷲掴みにされる。
「まさか! 嫌なわけありません。むしろゆかりさんがそんなに僕をカッコよく思ってくれていたなんて嬉しいです」
ゆかりを腕の中に閉じ込めて抱き締めて、おでこにちゅっとリップ音を響かせる。
和樹は全力で色気を乗せたウィスパーヴォイスをゆかりの耳元に注ぐ。
「提案なんですが、今からベッドの中で仲良くしませんか?」
「え? 嫌です。せっかくあの人気レストランの予約取れたのに。ますます人気でこれから予約だと一年待ちになるんですからキャンセルなんて絶対しませんからね!」
「そうだった……」
わざとむくれて断固拒否の姿勢を取るゆかりに大袈裟に嘆いてみせる。
「では、レストランの後なら問題ありませんね。ゆかりさんの明日のお仕事は昼からですよね。朝までたっぷりじっくり愛し合いましょう。愛の∞番勝負です」
畳み掛けるようにゆかりを説得する和樹。引くつもりはまったくない。
「うぅぅ……朝まではちょっと……それに和樹さんとの勝負なんて勝てる気がしません」
「そうですか? 僕、だいたいゆかりさんに負けてますけど」
おねだりとか、おねだりとか、おねだりとか。
「わたし、いつ何に勝ったっけ……?」
首をひねるゆかりとレストランまでの道を手を繋いで歩きながら、和樹は今夜の目眩くひと時を充実させるべくあれこれ検討し始めた。