徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
「さて、一通りの準備はできましたし、早速魔王の元に向かいましょう」
過保護なまでにガチガチの防御系魔法と武器の付与をゆかりに施した和樹はやっと本来の任務の話をした。
「魔王の城って海の向こうの島ですよね。まずは港に行って……」
ゆかりが以前お城の人から聞いていたことを思い出しながら言うと、和樹が軽く首を振る。
「それだと時間がかかるので飛んでいきましょう」
「と、飛ぶですと?」
ゆかりは目が点になる。
飛ぶ? え、なに? ド〇ゴン〇ールの舞空術みたいなやつですか? 私は取得してませんよ。
ゆかりが頭の中でそんな疑問を並べていると、
「風の魔法の応用で飛ぶことができます」
と、和樹は淡々と説明する。
(どうしよう。和樹さんのチートっぷりが止まらない)
もはやツッコミを入れるのも面倒になり、ゆかりは無理やり納得することにした。
(和樹さんなら何でもありだ。だって和樹さんだもの。そう、深く考えてはいけない)
「では、お願いします!」
気合を入れて飛べる風魔法を要求すると、「では……」と、和樹がブツブツと呪文を唱える。
途端に二人の周りに風が巻き起こって上昇気流となり、バサッとゆかりの短いプリーツスカートがめくられた。
「あ!」
「なっ!」
風が巻き起こればスカートはめくれる。そんな当たり前のことを二人は失念していた。
風はなおもゆかりのスカートをめくり続けている。
ゆかりは顔を真っ赤にしながらプルプルと震え、「エッチ!」と、和樹の頬を思いきり引っ叩いた。
叩かれた頬を押さえ、和樹も真っ赤になりながら必死で弁解した。
「そんな、ゆかりさん! 僕は見ていませんよ!? スカートの中はショートスパッツだったから下着は見てない……」
「しっかり見てるじゃないですか! 馬鹿あぁぁっ!」
羞恥で耳まで赤くしたゆかりはもう一度和樹の頬を引っ叩いた。
こうして飛行作戦は予期せぬラッキースケベを巻き起こし、ゆかりが持参していた膝掛けを腰に巻き付けることで解決した。
ラッキースケベを乗り越え、風の魔法で魔王のいる島へ到着した勇者ユカリ一行。
「到着しました。あの……ゆかりさん、すみませんでした……」
先程のスカートめくりを引きずって和樹は到着と同時に謝った。
ほんのりと頬を染めたままのゆかりは、
「もう良いですよ。悪気があってしたのではないことは分かっていますから。それより叩いたりしてすいません」
と、こちらも謝罪する。それに対して和樹は首を横に振った。
「いや、叩かれて当然です。ああなるのはよく考えれば分かることだったのに……」
「それを言うなら私だって……」
お互いに相手を気遣って謝罪を繰り返すが、やがてゆかりの方からクスッと笑い出した。
「もうこれ以上はやめましょう? キリがないもの」
「ゆかりさん……」
怒りを持続させない彼女の優しさに感謝して、和樹もようやく笑顔を見せた。
和やかなムードになったその時、和樹が不意に難しい顔になり、辺りを見渡した。
「和樹さん?」
どうしたの? と言うようにゆかりは彼に問い掛ける。
「ゆかりさん、僕たちは随分と歓迎されているようですよ」
言われてゆかりも辺りを見渡す。
周りはふたりを取り囲むようにモンスターだらけになっていた。
さすが魔王の住んでいる島と言うべきか。
「な、なにこれ……」
ゆかりが恐怖に身を縮めていると隣の和樹から肩をポンと優しく叩かれる。
「大丈夫。僕が絶対に守ります」
一緒に働いていた時に彼が良く言っていた『大丈夫。何とかなりますよ』とほぼ同じ口調と表情だ。
こう言われるとゆかりはどんなに困っていても大丈夫だと安心することができた。
「ありがとうございます。でも私も闘いますよ? 和樹さんが付与をめちゃくちゃに施した剣もあることですし」
ニッと口角を上げて珍しく不敵に笑うと、和樹は苦笑する。
「大人しく守られてくれたら良かったのに」
苦言に聞こえるようなそんなセリフも、彼の笑顔を見れば嫌な意味ではないとすぐに分かる。彼は続けてこう言った。
「少しだけお任せしますよ。ただ疲れたら座っていて良いですからね」
やっぱり過保護な彼のその言葉の後、迫り来る敵を相手に彼らは闘いを始めた。
流れるように息のあった二人の闘い方は、喫茶いしかわで客が最も来店するお昼のピーク時に少し似ている。
あの時の経験がこんな時に役に立つなんて、と二人は思わずにいられなかった。
和樹は拳で闘っているのだが、どうやらその拳に何かを付与しているのか、モンスターを殴る度に小さな爆発が起こっている。
しかも闘いながらゆかりの様子を見て、ゆかりのオートシールドが切れるとすぐにオートシールドを掛け直している。ハイスペック過ぎてもはや何でもアリだ。
しかしさすがに敵が多すぎる。ゆかりは和樹のおかげで無傷だが(ちなみに和樹も無傷)いかんせん疲労は溜まる。
「はぁ。倒しても倒してもキリがないですねぇ」
ゆかりがふぅっと大きく息を吐くと、和樹は途端に心配そうな顔をゆかりに向けた。
「大丈夫ですか? ゆかりさん」
「あ、すいません。弱音を言ってしまって……大丈夫ですから」
えへへ、とゆかりは笑顔を作って返事をするが、ゆかりのこの笑顔は無理をしている時の笑顔だと和樹は分かっていた。
和樹は辺りを再び見渡し眉を寄せた。
「確かにキリがない。試していないから使いたくなかったのですが、やむを得ませんね」
そう言って和樹は詠唱を開始する。
そして僅か数秒の詠唱後、周囲に大きな爆炎が起こった。彼等を囲むように迫っていたモンスターが軒並み炎に包まれている。
「あわわわわわ」
辺り一面炎だらけ。
(火の七日間、火の七日間だ)
ゆかりの頭の中には某有名アニメ映画のワンシーンが浮かんだ。
周囲の炎の熱さにゆかりがポツリ「熱いですね」と一言もらすと、和樹が再び詠唱を始め、わずか数秒後には周囲は氷の世界になっていた。
「ひえええええ」
もう何と言ったらいいのか分からずゆかりは驚きの悲鳴をあげるだけだ。
「すいません、ゆかりさん。あんな大きな炎では熱かったでしょう。加減がよく分からなくて、君に不快な思いをさせてしまった……」
和樹はそう言ってスラックスのポケットからハンカチを取り出してゆかりの額に出てきた汗を拭う。
(か、和樹さんの過保護が過ぎる! 喫茶いしかわにいた頃ってこんな感じだったっけ? 確かに色々助けてくれたけど、ここまで至れり尽くせりではなかった……よねぇ)
敵が多すぎると言えば炎で一気に焼き払い、熱いと言えば氷の魔法が辺りを覆う。
ゆかりの言葉が和樹の行動の指針になっている。
(和樹さん、一体どうしちゃったの……?)
ゆかりは和樹の行動の理由を知ろうと頭を巡らせるが何も思い浮かばない。
和樹がここまでゆかりのために動くのは、彼がゆかりに抱く深すぎる愛情という単純なものなのが理由なのだが。
(もしかして、私……気付かぬうちに和樹さんの弱味を握ってしまったとか? えー、何かあったかなぁ?)
まさか愛されているとはつゆ知らず、ゆかりはここまで来てもトンチンカンな想像をしていた。
そんなこんなで外にいたモンスターが一掃されたので、勇者ユカリ一行は難なく魔王の城に入ることができた。
ちなみに真正面から堂々入った。勇者なので!
薄暗い城内を進んでいくと城の外にいたモンスターより一回り大きいモンスターが出てきた。
城が震えるかのような咆哮をあげていて見るからに強そうだったが、勇者のお供があまりにも強すぎた。
和樹にタコ殴りにされたモンスターはあっさり倒された。
さらに城内を進んでいくと、同じようなモンスターが出てきた。
そのモンスターは、勇者ユカリ一行に話し掛けてくる。
「クククッ、どうやら奴を倒したようだな。しかし奴は我ら四天王の中でも最弱……」
お決まりとも言うべきセリフが出てきてゆかりは感動で目をキラキラさせた。
「わぁ! 和樹さん! 和樹さん! 聞きました? テンプレですよテンプレ! なんか感動~~」
「ゆかりさん、変なところに感動ポイントありますよね。まあ、先程のが四天王最弱だというのなら、他の四天王とやらはどの程度なのか。少しは手応えがあるのでしょうか」
フッと口角をあげて挑発するように笑うと、目の前の四天王と呼ばれるモンスターは憤怒の形相で襲ってくる。
が、同じように和樹のタコ殴りでジ・エンドであった。
「何が違ったんだ?」
「さぁ?」
「うーん……」
キョトンとした顔で疑問を口にしたが、特にそれ以上気にはせず、二人とも倒されたモンスターの横を通って先へと進んだ。
その後は予想通り、残りの四天王が襲ってきたが、いずれも和樹がほとんど時間をかけることなく終了のお知らせ状態。
「最初の四天王が最弱? 結局最後まで違いが分からなかったな」
汗ひとつかくことなく、簡単に敵を片付けていく和樹を見てゆかりは思う。
(和樹さん、もしかしてこの世界で最強なんじゃ……)
ゆかりのこの確信めいた疑問は、魔王に会って肯定されることになる。
四天王よりもさらに一回り大きい魔王が現れると、和樹は例によってボクシングの技と拳への付与によって圧倒的優位となったのだが、一度だけ、魔王が和樹の隙をつき、ゆかりに攻撃を仕掛けた。
もちろんオートシールドのおかげで無傷だが、衝撃でゆかりは尻餅をつく。
「きゃっ、びっくりしたぁ」
ゆかりとしてはちょっと転んだだけだったのだが、このゆかりへの攻撃は、和樹の逆鱗に触れた。
悪鬼羅刹のような形相で魔王の前に立ちはだかると、
「貴様……よくも俺のゆかりさんに……」
と、そのまま高速で拳のラッシュを打ち続ける。
「ひでぶ!」
「あべし!」
と、よく分からない声をあげながら拳を受け続ける魔王。
(や、やっぱり! 和樹さんこの世界の最強だ! 現実でもすごい人は異世界でも凄いことになっちゃうんだ! まさかチートに相乗効果かあるなんて……!)
しばらく呆然と和樹の一方的な攻撃を見ていたゆかりだが、さすがにそろそろ落ち着いてほしいと思って、和樹に慌てて声を掛ける。
「和樹さん!」
ゆかりが大声で和樹を呼ぶと、和樹は目が覚めたかのようにハッとした。
「しまった! すいません、ゆかりさん!」
役割を思い出したと言わんばかりに和樹は脇に避けると、
「さあ、とどめを!」
と、ゆかりにとどめを促す。
寝耳に水なことを言われ、ゆかりは困惑した。だって相手はほぼ虫の息だ。和樹一人で余裕を持って倒せるというのに一体何を言い出すのか。
「えっ! なんで私!?」
当然の疑問を言うと、和樹は淡々と説明する。
「セオリー通りに行くなら勇者が世界を救ったとするべきです。勇者が倒さなかったからと変なことになったら面倒ですからね。念のためにそうしましょう。大丈夫です。スイカ割りでパッカーンといくように、気楽にやりましょう。ね!」
理屈が通っているような通っていないような。でも念のためと言われたらそうせずにはいられないだろう。
鉄をバナナのように切る最強の剣を構え、
「えーいっ」と可愛らしく、ちょっと間が抜けたような声を発し、ゆかりは魔王にとどめをさす。
魔王はサラサラサラと灰のように崩れ、サーッとその灰が散っていったのをゆかりと和樹は見届けた。
こうして、世界を震撼させた魔王は勇者ユカリ(ほぼお供の和樹)の手によって倒され、世界は救われたのである。
世界を救ったユカリは悠々と凱旋すると、喜びに溢れた人々の顔を見て顔を綻ばせていた。
彼女はお城で開かれた凱旋パーティーで美味しいものに囲まれて幸せそうに微笑み、たくさんの人に感謝されて恥ずかしそうにしていたらしい。
そんな華やかなパーティーの終盤、人々が気付いた時には勇者ユカリの姿はどこにもいなかった。
彼女の残した最強の剣は、「ユカリのつるぎ」となり、彼女がはいていたニーハイブーツは、「ユカリのニーハイブーツ」となり、後の世に伝えられたと言う。
ここまでが、この世界に伝わっている勇者ユカリの英雄譚である。
吟遊詩人が語り、子供達が楽しそうに童話として語るようになる英雄譚。
しかし、世界に伝わっているこの話だけが真実ではない。
もちろん、勇者側のストーリーが存在するのだ。