徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
店内は落ち着いた調度品で揃えられ、開けたフロアと、半個室、個室が完備された和モダンな風合いだ。手の込んだ組子細工が施された仕切りは、店内の至る所で和の雰囲気を演出している。半個室に備え付けられている、開けたフロアとの仕切りもこれだ。
二人が通されたのは格子戸が設けられた個室で、店内の喧騒が程良く聞こえる具合だ。
少し落とした照明と、お洒落ながらも落ち着いた雰囲気のせいか、幅広い年齢層がその場を楽しんでいる。
酒と料理に舌鼓を打ち、騒がしいながらも不快にならない。
そんな空気になるのもこの店の演出のようだ。
「マスターお待たせしました」
「お疲れさま。迷わずに来られたみたいで良かったよ」
「和樹さんがいなかったら絶対に無理でした……」
「ほら、やっぱり一緒に来て良かったじゃないか」
二人のやり取りを可笑しそうに見つめながらも、和樹は奥へ座るようゆかりを促す。
横並びに二名ずつ、四名が入る個室は、ゆかりと和樹が並んで座るのがベストだろう。
「あ、ジャケットかけますね」
そう告げてハンガーに手をかけるゆかりに「すみません」と手渡す。
和樹のジャケットをかけ形を整えた後、自分が着ていた上着をその横にかけて、ゆかりは和樹の隣に腰掛けた。それに倣って和樹も席につく。
「じゃあ、まずは飲み物を頼もうか」
「うわー、いっぱいありますね」
マスターが手にしているお品書きを彩るのは、種類豊富な飲み物の数々。酒は勿論、ソフトドリンクの種類も豊富らしい。
目を輝かせるゆかりとともにお品書きを覗き込みながら
「本当に凄いですね」
と和樹が言うと
「はい! 楽しみです」
と嬉しそうな声が返ってきた。
「ゆかりさん、お酒強い方ですか?」
「うーん、強いかどうかはよくわかりませんけど、好きです」
「和樹くん、ゆかりは酒豪だから」
「えっ、そんなことないですよ。ただ好きなだけですぅ」
「分かりました。ゆかりさんは酒豪なんですね」
「もーっ、和樹さんまで! でもまずはビールにします。その後はゆっくり考えます」
意外だな、と思った。女性といえば甘いカクテルやサワーなど、それこそあからさまに酒が弱いことや、酔っていることをアピールしてくる人だっていた。
そんなハニートラップにかかる和樹ではないが、女というものをフルに活用して迫ってこられる経験しかなかった気もするが、それは特殊な例なのかもしれないな、とも思う。
あるいは、ゆかりが特殊なのかもしれないが。
「マスター! ここ、すっごく素敵ですね」
結局、三人とも同じものを頼んだ後、ゆかりが我慢できずにその目をキラキラさせる。
女性が好むような店内には、そういえば女子会なるものも開かれていたようだ。和樹といえば、個室へと案内される道すがら、その集団から痛い程の視線を浴びていた。
「だろう? 二人とも嫌いなものがないっていうから一応コースにしたけど、気になるものがあったらどんどん頼んで良いからね」
懇親会と銘打っているのだからと、今回のお会計は全部マスター持ちだ。
「すみません」
と和樹が頭を下げると
「遠慮しないでどんどん注文しちゃってね」
と、マスターが豪快に笑った。
この喫茶いしかわで働く二人はよく笑うな、と思う。
何気ないことに楽しさを見つけて、幸せを分かち合う。ささやかな気付きを大切にして、誰かと共感し合える寛容さを持っている。
自分の張り詰めた心さえも端にそっと寄せ、その空気に浸れるような、そんな柔らかさを持っている。
和樹の隣で、ゆかりはまだ楽しそうにお品書きを眺めている。本当に酒が好きなんだな、と思った。
それは単に手あたり次第という訳ではなく、その種類の豊富さに嬉しさを覚えているようだった。