余、ダンジョンコアにつき侵入者には死んでもらう。 ~ゴブリン二十匹から始める最弱迷宮譚~
白磁庭園の入口には、傷がついている。
灰白線喰いの追跡者が刻んだ、灰白の傷印。
白磁庭園は接続線を切った。
こちらの逆探知を断った。
中継庭園も失った。
それでも、傷だけは残った。
消えない印。
逃げ道を覚えられた証。
余は、白い部屋の床に浮かぶその印をじっと見ていた。
「……門は見えている」
《はい》
「だが、普通に行けば殺される」
《高確率でそうです》
「言い方」
《極めて高確率で損耗します》
「もっと悪くなったぞ」
白磁庭園本体領域。
あちらは敵対ダンジョンの腹だ。
中継庭園とは違う。
芽ではなく、完全体の白磁庭園騎士がいる。
庭番人形も増える。
白磁根も太い。
白磁花も本格的に咲いているだろう。
こちらの魔物を外に出せば、迷宮内ほどの力は出ない。
真正面から攻めれば、普通に負ける。
だから真正面からは行かない。
「門は、開けさせるのではない」
《では》
「汚して、噛んで、腐らせて、歪ませて、向こうが門として使えなくなったところを抜ける」
《白磁庭園の門機能を破壊しながら侵入する作戦ですね》
「そうだ」
余は床の表示を切り替えた。
⸻
作戦名:
《白門汚し》
目的:
一、白磁庭園本体外郭門への侵入路確保
二、灰白線喰いの追跡者による傷印固定
三、白磁門番騎士の撃破または機能停止
四、白磁庭園内部へ戻り水の細流を流し込む
五、次段階《庭心喰い》の侵攻起点を作る
投入:
灰白線喰いの追跡者
影縫い大蜘蛛の糸束
影縫い罠師カゲヌイ
白錆噛み 二体
赤錆噛み 四体
苔灰ゴブリン 二体
アンデッドゴブリン 五体
通常ゴブリン 十体
マネ
グズの泥核
戻り水細流
非投入:
グズ本体
フィルエ本体
迷靄洞コア直結構造
⸻
「通常ゴブリンも使う」
《損耗前提ですか》
「そうだ」
言ってから、余は少しだけ黙った。
昔なら、ここで妙な言い訳をしたかもしれない。
ゴブリンが可哀想だとか、できれば死なせたくないとか、そういう人間寄りの言い方をしたかもしれない。
だが、今は違う。
ゴブリンは戦力だ。
安い。
馬鹿だ。
だが、迷靄洞の腹を守る肉壁になる。
死んでも、今ならアンデッドゴブリンとして起き上がる可能性がある。
損耗は損耗。
だが、無駄死ににはしない。
「死んだゴブリンは、使えるなら起こせ」
《アンデッドゴブリン化条件を満たした個体は再利用します》
「よし」
奥で、ゴブリンどもが騒いでいる。
棍棒を振り回し、壁に頭をぶつけ、何かを食おうとしている。
……何か食おうとしている?
「管理音声」
《はい》
「あいつら、今何を食おうとしている」
《石です》
「石を食うな!」
《命令を伝達します》
まったく。
こいつらは本当に馬鹿だ。
だが、その馬鹿さに何度も救われている。
予想外の行動。
人間の常識を外す動き。
そして、恐怖を理解しない雑な突撃。
白磁庭園のような綺麗すぎる敵には、案外刺さる。
「門を汚すには、まず何がいる」
《泥、灰、戻り水、苔灰、錆、影糸》
「全部あるな」
《はい》
「なら行く」
『ロード』
フィルエの声が届いた。
『白磁庭園の門、閉じてる。でも傷印を消すために、表面だけ少し開いてる』
「傷を直すために、傷を見ているわけだ」
『うん』
「なら、そこに指を入れる」
『指?』
「牙でもいい」
余は、灰白線喰いの追跡者を見た。
「追跡者。傷をこじ開けろ」
灰白の刃が鳴った。
白磁庭園本体外郭。
白い森の奥に、その門はあった。
中継庭園の比ではない。
白い柱。
陶器の蔓。
左右対称の花壇。
白磁の噴水。
門扉には、細かい花の紋様が彫られている。
美しい。
綺麗だ。
腹が立つほど整っている。
その門柱の片隅に、灰白の傷があった。
追跡者が刻んだ印。
白磁庭園はそれを消そうとしている。
白い花弁が傷を覆い、白磁液が滲み、庭番人形が小さな手で磨いている。
だが、消えない。
傷は、白の下から浮かび上がる。
「そこだ」
《傷印、捕捉》
「戻り水、細流」
迷靄洞側から、細い水が走る。
白磁庭園にとっては毒。
迷靄洞にとっては血脈。
戻り水は、傷印に触れた瞬間、じわりと広がった。
白い門柱が嫌がるように軋む。
《白磁門、表層反応》
「苔灰」
二体の苔灰ゴブリンが、湿った灰と苔を抱えて走る。
外縁では動きが鈍る。
だが、森灰と森水で変質したこいつらは、まだ動ける。
白い門柱に、苔灰を叩きつけた。
べちゃり。
美しい白に、緑黒い染みがつく。
《白磁門、修復反応低下》
「白錆噛み」
白錆噛み二体が傷印へ飛びついた。
ぎりぎりぎり、と歯が鳴る。
白磁の門柱に、細いひびが入る。
門全体が震えた。
その震えに応じて、門の左右の花壇が割れた。
庭番人形が出る。
十体。
二十体。
いや、もっといる。
「多いな!」
《白磁庭園本体防衛圏です》
「知ってる!」
庭番人形たちが、一斉に指先を向けた。
白い粉が噴く。
「アンデッド、前へ!」
アンデッドゴブリン五体が前に出た。
陶器化粉をまともに浴びる。
腐った皮膚が白く固まる。
動きが鈍る。
だが、死んでいる。
呼吸がない。
恐怖がない。
固まりながらも、前へ進む。
その背中に通常ゴブリン十体がしがみついている。
「今だ、投げろ!」
ゴブリンどもが、泥団子を投げた。
グズの泥核から作った、重く湿った泥。
狙いは雑。
半分は外れる。
一つは味方の頭に当たる。
だが、残りが庭番人形と白い花壇に命中した。
白い粉と泥が混じる。
庭番人形の関節に泥が入る。
動きが乱れる。
「よし、馬鹿でも数を投げれば当たる!」
《命中率は低いです》
「当たったものを数えろ!」
赤錆噛み四体が、泥に足を取られた庭番人形へ群がった。
関節の芯を齧る。
白磁そのものは硬い。
だが、可動部には継ぎ目がある。
そこを噛む。
庭番人形の腕が落ちる。
足が折れる。
白錆噛みは門柱を噛み続けている。
苔灰ゴブリンは傷口に苔灰を塗り込む。
戻り水が染みる。
影縫い大蜘蛛の糸が、門の花紋に絡む。
「カゲヌイ」
《影針、門影へ》
影縫い罠師カゲヌイの針が、白い門の影に刺さった。
門は生き物ではない。
だが、迷宮構造には影がある。
入口としての影。
内と外を分ける影。
その影を縫う。
《白磁門、開閉機構に遅延》
「開くな。閉じるな。歪め」
《実行中》
白磁庭園が反応した。
門の奥から、剣音。
一体の白磁庭園騎士が現れる。
完全体。
白い鎧。
顔のない兜。
長い剣。
中継庭園で見た芽とは違う。
圧が違う。
存在そのものが、白い庭の秩序を背負っている。
《白磁門番騎士を確認》
「やはり来たか」
声が少し震えた。
だが、命令は止めない。
「通常ゴブリン、散れ!」
十体のゴブリンが散る。
いや、散れと言ったのに三体は同じ方向へ走った。
一体は転んだ。
一体は庭番人形に噛みついた。
馬鹿。
だが、それでいい。
白磁門番騎士の剣が振られる。
一閃。
ゴブリン三体が斬られた。
血ではなく、切断面が白く固まる。
《通常ゴブリン三体、死亡》
「起こせるか!」
《一体、アンデッド化条件発生》
「起こせ!」
白く固まりかけた死体が、びくりと跳ねた。
白磁化とアンデッド化がぶつかる。
骨が鳴る。
腐った魔力が、陶器の白を内側から汚す。
《アンデッドゴブリン変質個体、発生》
《仮称:白罅アンデッドゴブリン》
「白罅……?」
死んだゴブリンが起き上がった。
体の半分は白磁化している。
だが、白い陶器の表面に黒いひびが走っている。
完全な白ではない。
迷靄洞の死が、白磁庭園の陶器化を内側から割っている。
「使えるか!」
《短時間活動可能。自壊率高》
「なら突っ込ませろ!」
白罅アンデッドゴブリンが、白磁門番騎士へ飛びついた。
剣で斬られる。
だが、斬られた瞬間、白い体に走った黒いひびが広がった。
ばきん、と破裂する。
白磁粉と腐った灰が騎士の鎧にかかった。
《白磁門番騎士、表層汚染》
「よし!」
白磁門番騎士の動きが一瞬乱れた。
その一瞬で、灰白線喰いの追跡者が動く。
本体は迷靄洞側。
だが、傷印を通じて、刃の圧だけが門まで届く。
灰白の線が走る。
白磁門番騎士の足元にある退路。
門の内側へ戻る白い接続線。
それを追跡者が喰う。
《白線喰い、発動》
騎士が初めて、こちらを向いた。
顔はない。
だが分かった。
あれは驚いた。
逃げ道を食われていることに。
「逃げるな」
余は言った。
怖い。
だが、今は言える。
「余の門を開けるために、そこに立っていろ」
白磁門番騎士が剣を構える。
今度は追跡者の圧を斬りにくる。
白い斬撃が、傷印へ走る。
「影縫い大蜘蛛!」
糸束が斬撃の経路に絡む。
一瞬で白く固まる。
だが、斬撃の勢いは落ちた。
「カゲヌイ!」
《影引き》
門影がわずかにずれる。
斬撃が傷印から逸れる。
門柱の白い花紋だけが斬られた。
白磁庭園が、怒ったように門を閉じようとする。
《白磁門、閉鎖圧上昇》
「閉じるなと言っただろうが!」
余は叫んだ。
「グズの泥核、全部使え!」
《泥核全量投入》
入口でグズが吠えた。
迷靄洞の入口で練られた泥が、戻り水の細流を通じて一気に走る。
白磁門の根元に、泥がぶちまけられた。
美しい白い門が、下から黒茶色に汚れる。
門扉の継ぎ目に泥が詰まる。
そこへ苔灰が貼りつく。
赤錆噛みが金具めいた固定芯を齧る。
白錆噛みが傷印を噛む。
影糸が花紋を縛る。
戻り水がひびへ染みる。
そして、灰白線喰いの追跡者が門番騎士の退路を喰う。
白磁門が、悲鳴のような音を立てた。
《白磁門、開閉機構破損》
「開くか!」
《門としての正常動作、不能》
「なら、穴になるな」
門柱の傷印が広がる。
白い門が綺麗に開くのではない。
片側が歪み、片側が沈み、中央に汚れた裂け目が生まれる。
そこから、白磁庭園の内部が見えた。
白い回廊。
白い花壇。
噴水。
整った小径。
そして、その奥に何体もの騎士影。
「……見えた」
《侵入口を確保》
「突入はしない」
《はい》
「今回は門を壊すまでだ。欲張れば死ぬ」
《合理的です》
白磁門番騎士がなお動く。
退路を喰われ、表層を汚され、それでも剣を振るう。
強い。
完全体はやはり強い。
だが、門と繋がっている以上、こいつも門の一部だ。
「白錆噛み、離脱」
《離脱開始》
「赤錆噛み、負傷個体を引け」
《了解》
「アンデッドは残して足止め」
アンデッドゴブリンたちが、白磁門番騎士へしがみつく。
次々に斬られる。
固められる。
砕かれる。
だが、そのたびに泥と灰と死臭が白い鎧にこびりつく。
「通常ゴブリンは戻れ!」
残ったゴブリンどもが走る。
一体は逆方向へ走った。
「そっちではない!」
マネが余の声で叫ぶ。
「ソッチデハナイ!」
ゴブリンがびくっとして戻る。
「今のは助かったが、余の声を真似るな!」
「ヨノコエヲマネルナ!」
「だから!」
白磁門番騎士が最後に剣を振った。
逃げ遅れた通常ゴブリン一体の背が斬られる。
《通常ゴブリン一体、死亡》
「回収は」
《困難》
「……置け」
重い命令。
だが、出す。
全体を生かすためには、置く。
白磁庭園の門内から、新たな騎士影が近づいてくる。
これ以上は危険だ。
「撤退!」
戻り水の線が、投入部隊を引き戻す。
白磁門の裂け目から、白い花弁が伸びる。
追いすがるように。
だが、灰白線喰いの追跡者が刃を鳴らした。
その花弁に繋がる線を、一口だけ喰う。
花弁がしおれた。
《追撃線、遮断》
白磁庭園の門が遠ざかる。
森が戻る。
白い部屋に、部隊が転がり込む。
泥。
灰。
血。
白磁片。
砕けたゴブリンの骨。
負傷した白錆噛み。
肩で息をする苔灰ゴブリン。
歯を鳴らす赤錆噛み。
そして、灰白線喰いの追跡者。
刃に、新しい白い傷を宿して立っている。
《作戦終了》
白い床に、戦果が表示される。
⸻
作戦結果:
《白門汚し》
成果:
・白磁庭園本体外郭門の正常開閉機構を破壊
・灰白の傷印を拡張
・白磁庭園内部への汚染裂け目を形成
・白磁門番騎士一体の退路線を捕食
・白磁庭園内部構造の一部を確認
・白罅アンデッドゴブリンの一時発生を確認
損耗:
・通常ゴブリン四体死亡
・アンデッドゴブリン五体全損
・白錆噛み二体軽傷
・苔灰ゴブリン一体軽傷
・影糸束二束喪失
・グズ泥核全量消費
回収物:
・白磁門柱片
・白磁門番騎士の鎧粉
・白磁花弁片
・白磁門固定芯の破片
新規記録:
白罅アンデッドゴブリン
通常ゴブリンが白磁化斬撃で死亡した直後、迷靄洞のアンデッド化魔力と干渉して短時間発生。
自壊前提の突撃・汚染爆散に適性あり。
安定登録には追加検証が必要。
⸻
「……四体死んだか」
《はい》
「アンデッドも全損」
《はい》
「だが、門は壊した」
《はい》
余は、床に浮かんだ白磁庭園内部の簡略図を見る。
まだ一部だけだ。
白い回廊。
噴水。
花壇。
騎士影。
中心へ続くらしき小径。
そして、門の裂け目。
迷靄洞の泥で汚れた侵入口。
「次は、ここから入る」
《白磁庭園本体内部戦になります》
「そうだ」
《危険度はこれまでの比ではありません》
「分かっている」
余は静かに答えた。
以前なら、ここで声が裏返っていただろう。
今も怖い。
だが、配下の前で叫び続けるほどではない。
怖さは、命令の邪魔にならなければいい。
「グズには泥核を再生成させろ。無理はさせるな」
《了解》
「白錆噛みは治療。赤錆噛みは補充。通常ゴブリンは……」
《補充可能です》
「補充しろ」
死んだ分は戻らない。
だが、迷宮は止まらない。
ソウルを使い、戦力を整え、次へ行く。
「白罅アンデッドゴブリンは使えると思うか」
《危険ですが、白磁庭園戦限定の突撃汚染個体として有用です》
「安定化できるか」
《白磁粉、アンデッドゴブリン残滓、戻り水、灰を用いれば、低確率で生成可能》
「低確率か」
《はい》
「それでも試す価値はある」
余は、白磁門番騎士の鎧粉を見た。
敵の力。
こちらの死体。
戻り水。
灰。
それを混ぜれば、新しい嫌がらせが生まれる。
実に迷靄洞らしい。
『ロード』
フィルエの声が、契約糸から届く。
『門の奥、白磁庭園が道を組み替えてる』
「侵入口を塞ぐためか」
『うん。でも泥が残ってる。完全には戻せない』
「なら、時間があるうちに次を打つ」
《連続侵攻は損耗を拡大します》
「時間を空ければ、白磁庭園が修復する」
《それも事実です》
「なら、短く休ませて、すぐ行く」
余は、白い部屋の奥へ視線を向けた。
灰白線喰いの追跡者が、刃を床に立てている。
刃に絡む白い線が、門の奥を指していた。
逃げ道。
接続線。
騎士の退路。
庭園の奥へ続く道。
「次の作戦名」
《候補を提示します》
「言え」
《庭心喰い》
余は、笑った。
「よい」
白磁庭園の門はもう、綺麗な門ではない。
迷靄洞の泥が詰まり、灰が貼りつき、苔が染み、錆が噛み、死体が汚した裂け目だ。
そこから入る。
白い庭の心臓へ。
「白磁庭園」
余は、見えない敵へ呟いた。
「門は開いたぞ」
床下で戻り水が鳴る。
グズが入口で泥を練り直す。
影縫い大蜘蛛が糸を吐く。
カゲヌイが影針を削る。
白錆噛みが白磁片を睨む。
赤錆噛みが歯を鳴らす。
マネが小さく、余の声を真似た。
「モンハヒライタゾ」
「……後で説教だ」
だが、今はよい。
余の迷宮は、待つのをやめた。
白い庭の門を、泥で開けた。
次は、庭の心臓を喰いに行く。