余、ダンジョンコアにつき侵入者には死んでもらう。 ~ゴブリン二十匹から始める最弱迷宮譚~
天蓋の猟犬は逃げた。
全員、生きて。
ドランは重傷。
ミトも傷を負った。
ロウエンの指は裂け、セラの値星眼は血涙を流し、ノアは命継ぎで魔力を削り、アゼルの星図も乱れた。
だが、生きて逃げた。
エリラの実を見た。
エリクサー素材かもしれないと気づいた。
そして、逃げた。
白い部屋で、余はしばらく何も言わなかった。
ガルザヴェインはエリラの木の前に立っている。
傷は深い。
だが、倒れてはいない。
魔神戦王ゴブリンとして、最後まで木を守った。
エリラの実は一つも取られていない。
ならば勝ちか。
違う。
完全な勝ちではない。
奴らは見た。
あの赤金の実を。
そして、生きて帰った。
「管理音声」
《はい》
「もう一度言え」
《天蓋の猟犬、全員生存。外部脱出を確認》
「もう一度」
《天蓋の猟犬、全員生存。外部脱出を確認》
「もう一度」
《繰り返しても事実は変わりません》
「うるさい」
分かっている。
分かっているからこそ、腹が立つ。
いや、腹ではない。
コアが痛い。
「余は、Sランク迷宮だぞ」
《はい》
「十万の魔物を喰った」
《はい》
「Aランク二組と再査定調査隊を殺した」
《はい》
「Sランク相当へ覚醒したアレクも殺した」
《はい》
「ガルザヴェインもいる」
《はい》
「それで、なぜ逃げられる」
《相手もSランク冒険者パーティーであるためです》
「それが一番腹立たしい!」
森灰観測室から、フィルエが静かに言った。
「ロード」
「何だ」
「あの人たち、強かった」
「見れば分かる」
「逃げるための強さも、すごかった」
「それも見た」
「だから、次は逃げるための強さを潰さないといけない」
余は黙った。
その通りだった。
天蓋の猟犬は、攻めも強い。
だが、本当に厄介だったのは撤退だ。
ロウエンの空糸。
ノアの帰犬歌。
アゼルの帰路星。
ミトの嗅覚。
セラの値星眼。
ドランの風壁。
それらが、死にかけた仲間を抱えたまま、迷宮の封鎖を抜けた。
殺す罠だけでは駄目だ。
足止めだけでも駄目だ。
帰路喰らいだけでも、歌と糸と星と匂いで抜けられる。
なら、帰る力そのものを折る必要がある。
余は床に落ちた黒い紙を見た。
いつの間にか、そこにあった。
ダンジョン新聞。
しかも号外。
余は嫌な予感を覚えながら拾った。
⸻
《号外》
《霧灰白庭迷宮、Sランクパーティーを逃がす》
Sランク迷宮へ到達した霧灰白庭迷宮に、無許可のSランク冒険者パーティー《天蓋の猟犬》が侵入。
同パーティーは深部付近まで到達し、神級素材反応を確認した可能性あり。
魔神戦王ゴブリン・ガルザヴェインが迎撃し、敵一名に重傷を負わせるも、討伐には至らず。
結果:
・エリラの実、未採取
・天蓋の猟犬、全員生還
・ガルザヴェイン、重傷
・迷宮側、撤退阻止に失敗
編集部評:
「Sランク迷宮は、Sランク冒険者パーティーを必ず殺せるとは限らない」
⸻
「余の傷口に塩を塗るな!」
《事実です》
「管理音声まで塗るな!」
白骨書記が、そっと骨板を出した。
⸻
事実記録は重要。
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「お前もだ!」
◇
号外の次の面には、ロード反応欄があった。
読みたくない。
非常に読みたくない。
だが、読まないわけにもいかない。
⸻
《井守》
逃がしたか。
まず、エリラの実を守ったことは評価する。
神級素材を取られなかったなら、最悪ではない。
だが、見られたなら次が来る。
無許可侵入者は公には言えない。
だからこそ、黙って戻る。
封鎖線より厄介なのは、秘密を知った少数の強者だ。
入口を閉じるな。
だが、深部の帰路は別だ。
次は「帰れる」と思わせたまま、「帰る力」を奪え。
⸻
「帰る力を奪え、か」
余はその言葉を繰り返した。
帰路を奪うだけでは駄目だった。
天蓋の猟犬は、帰路を作る。
歌で。
糸で。
星で。
匂いで。
ならば、それぞれを潰す機構がいる。
⸻
《鏡霧劇場》
値を見る目は、宝よりも危険。
セラの目は、隠された宝を見る。
なら、隠すだけでは足りない。
価値のないものに価値の影をつけろ。
価値あるものから価値の影を剥がせ。
そして、本物へ近づくほど、偽物が正しく見えるようにしろ。
目を騙すな。
目の判断を疲れさせろ。
取引可能:偽星幕の種
⸻
「偽星幕」
《価値感知系能力への対抗素材と思われます》
「買う」
《即決ですか》
「即決だ。値星眼にエリラを見られたのだぞ」
⸻
《黒泥胎窟》
風の橋、風の壁、空糸。
床を踏まない相手には、泥は弱い。
なら、泥を床に置くな。
空気に混ぜろ。
風の行き場を泥で重くしろ。
取引可能:重泥霧の胞子
⸻
「これも買う」
《ドランの風壁とロウエンの空糸への対策ですね》
「そうだ。空を使うなら、空を重くする」
⸻
《逆骨廟》
星を落とす者は、上を見る。
上を塞ぐな。
塞げば、別の空を作る。
星が落ちる場所に、骨の祈りを置け。
星は死者を照らす。
なら、死者の骨で星を受けろ。
取引可能:逆星骨
⸻
「アゼル対策か」
《星落術への耐性素材と思われます》
「買う」
⸻
《鏡霧劇場・追加》
歌は反響を使う。
ノアの歌は、道、命、影、針、呼吸を繋いだ。
なら、音を消すだけでは足りない。
消音は、歌い手に警戒される。
歌が通ったと思わせて、少しだけ違う意味で返せ。
取引可能:反響喰いの薄膜
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「買う」
《購入数が多いです》
「買わずにどうする!」
⸻
《竜喉火山》
魔神戦王はよく守った。
だが、守る相手が六人なら、拳だけでは足りない。
相手を焼け、ではない。
相手の連携点を焼け。
風壁、歌、糸、星、目、鼻。
それぞれは強い。
だが、連携する瞬間はもっと強い。
その瞬間を焼き切れ。
取引可能:連結焼きの火灰
⸻
「買う!」
《ソウル消費が増大します》
「余のエリラを見られたのだぞ! ケチっている場合か!」
白骨書記が骨板を出した。
⸻
取引費用、要確認。
⸻
「分かっている。出せ!」
◇
管理音声が、取引候補を一覧にした。
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ダンジョン新聞・取引欄候補:
一、偽星幕の種
提供:鏡霧劇場
効果:価値感知能力に対し、偽価値、偽空白、価値反応散乱を生成。
主対策:セラの値星眼
費用:1,200,000
二、重泥霧の胞子
提供:黒泥胎窟
効果:風、空糸、浮遊足場に泥性の重さを付与。空中移動、風壁、糸移動を鈍化。
主対策:ロウエン、ドラン
費用:1,500,000
三、逆星骨
提供:逆骨廟
効果:星落術、天蓋系魔術の落下点を歪め、骨受け反応を発生。
主対策:アゼル
費用:1,000,000
四、反響喰いの薄膜
提供:鏡霧劇場
効果:歌、音、反響による道記録、治癒補助、影干渉解除を歪める。
主対策:ノア
費用:1,300,000
五、連結焼きの火灰
提供:竜喉火山
効果:複数対象間の連携魔力が強まる瞬間に熱干渉を発生。連携技の接続部を焼く。
主対策:パーティー連携全般
費用:1,800,000
合計費用:6,800,000
現在保有ソウル:11,383,480
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「高い!」
《はい》
「足元を見ているな、ロードどもめ!」
《需要が高いためと思われます》
「余の状況を見て値を吊り上げているだろう!」
《その可能性は高いです》
「腹立たしい!」
だが、買うしかない。
天蓋の猟犬は一カ月後に戻る可能性が高い。
しかも、次は準備してくる。
エリラの実を取るために。
ならば、こちらも準備する。
出し惜しみは不要だ。
「全部買う」
《承認しますか》
「承認だ」
《6,800,000を消費します》
《現在保有ソウル:4,583,480》
数字が一気に減った。
余のコアが少し冷える。
「……減ったな」
《はい》
「非常に減ったな」
《はい》
「だが、必要経費だ」
《はい》
白骨書記が骨板に書く。
⸻
エリラ防衛強化費:6,800,000
高額だが妥当。
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「妥当と思わなければ泣いていた」
《涙腺はありません》
「黙れ!」
◇
黒い紙面から、五つの品が浮き上がった。
物質というより、迷宮概念に近い。
偽星幕の種は、黒い鏡片のようだった。
小さな種なのに、角度によって星空のように見える。
重泥霧の胞子は、灰色の粉だ。
落ちるのが遅い。
まるで空中に重さを残すように漂う。
逆星骨は、白い骨片。
しかし、表面に黒い星模様が逆向きに刻まれている。
反響喰いの薄膜は、透明な皮。
触れると音が薄くなる。
連結焼きの火灰は、赤黒い灰だ。
近づけるだけで、複数の魔力線が絡む場所を焼きたがる。
どれも危険だ。
どれも高価だ。
どれも、今の余には必要だった。
「管理音声、統合案」
《提示します》
⸻
新規防衛案:
一、偽星幕をエリラの木秘匿圏全域へ展開。
セラの値星眼に対し、本物に似た価値反応を複数生成。
本物周辺は価値反応を一時的に薄める。
二、重泥霧を深部上層と空間通路へ散布。
空糸、風壁、浮遊足場、空中退避に負荷を付与。
三、逆星骨を白磁庭残骸層、魔神契約跡周辺へ埋設。
星落術の落下点をずらし、星の衝撃を骨へ逃がす。
四、反響喰いの薄膜を通路壁、天井、帰路候補へ展開。
ノアの歌による帰路記録、命継、針眠りへの干渉。
五、連結焼きの火灰をパーティー連携が集中する交差点へ配置。
六人同時連携、空糸と歌、風壁と星落などの接続時に焼き返し。
⸻
「やれ」
《実行します》
白い部屋が低く鳴った。
深部に、新しい膜が広がる。
エリラの木の周囲に、星のない星空のような薄幕が張られる。
赤金の価値反応が、ふっと薄くなる。
代わりに、遠くの偽区画にいくつもの赤金もどきが灯る。
深部の空気に、重泥霧が混ざる。
空糸が通れば、少し重くなる。
風壁を張れば、壁の内側に泥の重さが乗る。
白磁庭残骸層の骨に、逆星骨が混ざる。
星が落ちれば、星の衝撃を食う骨が生える。
通路の壁に、反響喰いの薄膜が貼られる。
歌が通っても、少しだけ違う響きで返る。
そして、連結焼きの火灰が、見えない灰として各所に沈んでいく。
六人が繋がるほど、そこを焼くために。
フィルエが、静かにその変化を見ていた。
「ロード」
「何だ」
「強くなった。でも、迷宮が少しきつそう」
「ソウルを食わせたからな」
「うん。あと、エリラの木は大丈夫」
「本当か」
「うん。木の周りだけは、重くしすぎてない」
「よし」
そこが最優先だ。
エリラの木を守るために強化して、木を傷つけては意味がない。
◇
ガルザヴェインは、回復槽ではなく魔神練兵窟の中央に座っていた。
怪我はまだ残っている。
だが、彼は完全に倒れるほどではない。
ドランを重傷にした代わりに、自分も深い傷を受けた。
腕。
胸。
肩。
足。
Sランクパーティーは、ガルザヴェインにも確かな傷を残した。
だが、その傷はすでに闘傷成長に取り込まれ始めている。
彼は、自分の傷を見ていた。
「ロード」
「何だ」
「イヌ、ツヨイ」
「ああ」
「ロク、ツナガル。ツヨイ」
「そうだな」
「オレ、ヒトリ。マモッタ」
「よく守った」
ガルザヴェインは少しだけ黙った。
「ツギ、ロク、クル」
「来るだろう」
「オレ、マモル」
「ああ。だが、次はお前一人で受けるな」
ガルザヴェインの金色の目が動く。
「ナゼ」
「相手はパーティーだ。六人で一つの牙だ。お前も迷宮と一つになって戦え」
「メイキュウ、ト、ヒトツ」
「そうだ。お前が拳になる。グズが門になる。ハイハネが霧になる。カゲヌイが影になる。湿骨軍列が足を止める。余が場を作る」
ガルザヴェインは、ゆっくり頷いた。
「ヤクワリ」
「そうだ」
「オレ、センオウ。ヒトリ、ジャナイ」
「そうだ」
ガルザヴェインは、少しだけ笑った。
「ワカッタ」
その返事は、以前より深かった。
◇
白骨書記は、新しい骨板を用意した。
⸻
天蓋の猟犬、再侵入対策:
一、値星眼対策
偽星幕により価値反応を分散。
二、空糸・風壁対策
重泥霧により空間使用を鈍化。
三、星落対策
逆星骨により落下点を歪める。
四、歌対策
反響喰いの薄膜により旋律記録を乱す。
五、連携対策
連結焼きの火灰により接続魔力を焼く。
六、ガルザヴェイン単独防衛禁止
迷宮全体との連携防衛へ移行。
七、エリラの木周辺
最後の防衛線。侵入者視認時、生還不可。
⸻
「よい」
余は頷いた。
まだ不十分かもしれない。
天蓋の猟犬は、きっとこちらの対策も見てくる。
向こうも一カ月で準備する。
ドランを治し、ミトの足を治し、セラの目を休め、ノアの歌を整え、アゼルの星図を修正し、ロウエンの空糸を新しくする。
そして、エリラの実を取りに来る。
今度は迷わず。
そのための道具を持って。
そのための作戦を持って。
ならば、こちらも変わる。
余は、Sランク迷宮だ。
だが、Sランクになっただけでは足りない。
Sランクを殺す迷宮にならなければならない。
「一カ月だ」
余は言った。
「一カ月で、あの猟犬どもを殺せる迷宮に変える」
白い部屋の壁面に、外の森が映る。
天蓋の猟犬は、もう遠くへ去っていた。
情報は、公には漏れないだろう。
奴らは無許可侵入者だ。
王国にも、ギルドにも、神殿にも言えない。
だが、奴らは知っている。
エリラの実を。
神級素材を。
そして、必ず戻る。
「来い」
余は、静かに言った。
今度の声に、先ほどの混乱はなかった。
悔しさはある。
怒りもある。
だが、それよりも冷たい運営の意思が戻っていた。
「次は、逃がさん」
エリラの木の赤金の実が、深部で静かに揺れた。
その周りに、新しい偽星の幕が降りる。
霧灰白庭迷宮は、一カ月後の再戦へ向けて、腹の形を変え始めた。