余、ダンジョンコアにつき侵入者には死んでもらう。 ~ゴブリン二十匹から始める最弱迷宮譚~
封迷箱。
迷宮の外縁魔力を一時的に封じ、入口周辺の歪みを固定する道具。
管理音声の説明を聞いた瞬間、余は少しだけ黙った。
外から縛る。
外から測るだけではない。
外から、迷宮の動きを止める。
なるほど。
人間は、よく考える。
剣を持って突っ込んできた者たちは死んだ。
白灯を持って焼きに来た者たちも死んだ。
なら次は、迷宮そのものを縛る。
実に嫌らしい。
そして、実に迷宮向きの餌だ。
《ロード》
「なんだ」
《封迷箱が本物の外縁脈に接続された場合、第一層外縁部の霧制御、白灰流動、浅層偽装に支障が出ます》
「つまり、痛いのだな」
《はい》
「なら、本物に触らせなければよい」
監視面の向こうで、人間たちが森を進んでいる。
さきほどの測量隊と合流した封迷箱運搬隊。
人数は合わせて十人。
負傷した若い測量士もいる。
足を引きずっているが、目は死んでいない。
むしろ、さっきより鋭い。
厄介だ。
「またあいつか」
『あの子、気づくよ』
フィルエの声が契約糸から届く。
迷靄洞と契約した森から来たもの。
今は外縁の木々の間に意識を散らし、人間側の動きを読んでいる。
「気づく前に黙らせるか?」
『外で殺すと封迷隊が警戒する』
「分かっておる」
『でも、放っておくと偽脈を見抜く』
「それも分かっておる」
余は監視面を睨む。
白い箱は、六人がかりで運ばれていた。
棺ほどの大きさ。
四隅に短い白杭。
側面に幾何学模様。
蓋には、白い封蝋のような紋章がある。
あれを地面に据え、杭を打ち込み、迷宮脈に接続するのだろう。
接続先が本物なら、まずい。
だが。
「接続先が偽物なら?」
《封迷箱は偽脈を迷宮外縁として誤認する可能性があります》
「よし」
《ただし、封迷箱が偽脈を解析し、偽装を見破る可能性もあります》
「よくない」
いつものことだ。
人間の道具は、馬鹿ではない。
こちらの嘘を完全に信じてくれるとは限らない。
なら、嘘を一つにしない。
偽脈の中に、ほんの少し本物を混ぜる。
本物のように見える嘘ではなく、嘘に本物を含ませる。
食べられる毒餌だ。
「フィルエ」
『なに?』
「北側の偽脈に、森の自然魔力を少し混ぜられるか」
『できる。でも混ぜすぎると、本当に外縁が北へ伸びる』
「少しでいい」
『どれくらい?』
「人間の道具が“本物っぽい”と思う程度」
『雑』
「余は感覚で言っている」
《危険です》
「うるさい。管理音声、数値を出せ」
《浅層偽脈への本物魔力混入率、三パーセント以内を推奨》
「では三パーセントだ」
『了解。三パーセントだけ森を貸す』
契約糸が静かに震えた。
森の根。
湿った土。
倒木の下を流れる微かな魔力。
それが、余の作った偽脈へ薄く混ざる。
白灰、白灯器の欠片、骨粉。
そこに森の自然魔力。
偽物だ。
だが、完全な偽物ではない。
封迷箱が喰いつくには、十分な餌になる。
人間たちは、北側の倒木帯に到着した。
白い杭が一本、まだ地面に刺さっている。
余が残した釣り針だ。
隊長格の男が周囲を見回す。
「ここだ。第二杭の反応が最も強かった」
封迷箱を運んでいた女が、蓋の紋章を撫でた。
年は読みにくい。
白い外套。
短く切った銀髪。
冒険者というより技師だ。
目つきが冷たい。
「確かに反応はある。だが浅いな」
若い測量士が、すぐに言った。
「だから言ったんです。これは偽装の可能性があります。迷宮が、こちらに測らせたいものを置いている」
「迷宮が?」
封迷技師の女が、少しだけ笑った。
「Bランクに上がったばかりの迷宮が、封迷箱を逆算して偽脈を作ると?」
「その迷宮は、白磁庭園を喰ったんです。本隊十二名も帰っていません」
「恐怖で評価を上げるな。道具は恐怖を読まない」
「でも迷宮は道具を騙します」
いいぞ。
揉めろ。
人間同士で疑え。
しかし、封迷技師は冷静だった。
「なら試す」
彼女は封迷箱の側面から短い白杭を一本抜いた。
それを地面へ突き立てる。
「第一封針」
白杭から細い光が地面へ入る。
偽脈に触れた。
ぴり、と白い部屋の床が震える。
《浅層偽脈に封迷接触》
「痛いか?」
《偽脈側に拘束反応。本体への影響は軽微》
「よし」
封迷技師は目を細めた。
「反応あり。迷宮性の灰、白光残滓、骨性魔力、さらに森の魔力が混ざっている」
若い測量士が息を呑む。
「森の魔力……?」
「自然侵食型か。報告にあった“森側協力者”とも一致する」
余は少しだけ顔をしかめた。
そこまで読むか。
『ごめん。混ぜたせいで、僕の気配も少し出た』
「いや、よい」
『いいの?』
「よい。奴らが“森側協力者”に意識を向けるなら、本脈から目が逸れる」
封迷技師は第二、第三の白杭を地面へ打った。
「封迷箱を据える。北側外縁を仮封鎖する」
「待ってください!」
若い測量士が前へ出る。
「まだ早いです。反応が都合よすぎる。迷宮性があるのに、深度が浅い。まるで、封じさせるために置かれたみたいです」
「だから仮封鎖だ」
「仮でも危険です。もしこれが囮なら、封迷箱の記録が汚染されます」
「君は先ほど負傷した。判断に恐怖が混じっている」
「恐怖ではありません、観測です!」
封迷技師は、冷たく言った。
「観測者なら、観測結果を見ろ。ここには反応がある」
若い測量士は歯を食いしばった。
よい。
人間は、正しい者ほど孤立することがある。
余はそれを見るのが、わりと好きになってきた。
《性格の変化が見られます》
「成長と言え」
《成長の方向性に疑義》
「黙れ」
封迷箱が地面に置かれた。
蓋の紋章が白く光る。
四隅の杭が伸びる。
箱の下から、白い線が地面へ走った。
偽脈を掴む。
縛る。
固定する。
その瞬間、北側の森の一角から、霧がすっと消えた。
白灰這いの仮穴も、ぴたりと動きが鈍る。
《外縁仮穴、封鎖圧を受けています》
「偽脈だけだな?」
《現時点では本脈への影響なし》
「だが、仮穴の白灰這いは危険か」
《三体中一体、行動不能》
「回収できるか」
《封迷圧下では困難》
ちっ。
餌に使ったとはいえ、白灰這いも素材だ。
無駄に失うのは惜しい。
封迷技師が箱の蓋を開いた。
中には、白い空洞があった。
物を入れる箱ではない。
魔力を吸い込む箱。
偽脈の白灰が、細い煙のように箱の中へ吸われていく。
「外縁固定、開始」
「北側反応、沈静化」
「霧、消えています」
「効果ありだ」
人間たちが安堵する。
若い測量士だけが、顔を青くしている。
「違う……消え方が綺麗すぎる……」
その通りだ。
本物ではないからな。
「管理音声」
《はい》
「偽脈に、もう少し情報を流せ」
《どのような情報を?》
「白灰這いの気配。灰灯喰い蟲の残滓。湿骨兵の骨粉。あと、追跡者の恐怖痕を少し」
《封迷箱内に迷宮情報を吸わせることになります》
「そうだ」
《危険では?》
「危険だ。だが向こうは、吸ったものを信じる」
封迷箱は、迷宮を縛る道具だ。
なら、迷宮の情報を読む機能もあるはず。
そこへこちらが選んだ情報だけを食わせる。
相手の胃袋に、こちらで献立を決めた毒を入れる。
「やれ」
《浅層偽脈へ情報片を注入》
偽脈が震えた。
封迷箱がそれを吸う。
白い箱の内側に、灰色の影が浮かぶ。
白灰這い。
蟲。
骨。
落武者。
ただし、すべて断片だ。
第二層の本当の構造は入れない。
コアへの脈も入れない。
グズの配置も、カゲヌイの針路も、影縫い大蜘蛛の巣も入れない。
見せるのは、見せたい恐怖だけ。
封迷技師が箱の中を覗き込んだ。
「魔物反応が出た。小型灰獣、蟲、骨兵、追跡型。やはり北側に外縁巣がある」
若い測量士が叫んだ。
「違います! それ、見せられてます!」
「根拠は」
「……分かりません。でも、迷宮がこちらの欲しい情報だけを出している」
「勘か」
「はい」
封迷技師は冷たく言った。
「勘は報告書に載せられない」
余は思わず笑った。
「実によい」
『ロード、あの子かわいそうだよ』
「敵だぞ」
『うん。でも正しい』
「正しい敵は、より危険だ」
余は監視面を見下ろす。
若い測量士。
あれは、生かして帰すと次に面倒になる。
だが今殺せば、疑いが強くなる。
なら。
「壊すのではない。汚す」
《対象は?》
「あの測量士の記録板」
彼の手には、記録板がある。
紙ではなく、薄い石板に白線で記録する道具だ。
さきほどから彼は、封迷技師の判断とは別に、自分の観測を書き込んでいる。
あれを持ち帰られると困る。
「マネ」
「ギ?」
「声を出せ。今度は、あの測量士の声だ」
「ギィ」
「言葉は短くてよい。“北側反応、確定”」
マネが喉を震わせた。
森の奥から、若い測量士そっくりの声が漏れる。
「北側反応、確定」
人間たちが振り向く。
若い測量士本人も、目を見開いた。
「今の、僕じゃない!」
封迷技師の目が細くなる。
「偽声か」
「だから言ったでしょう! ここは――」
その瞬間、影縫い大蜘蛛の糸が、仮穴の奥から伸びた。
外へ出たのではない。
根の隙間、土の下、封迷箱が押さえ込んでいない細い影を通しただけだ。
糸は記録板の端に触れる。
カゲヌイの針が、迷宮内側からその糸に魔力を乗せる。
《影縫い補助、記録板に接触》
「文字を消すな」
《では?》
「余計な一行を足せ」
記録板に、細い白線が刻まれた。
若い測量士は気づかない。
混乱の最中、手元を見ていない。
そこに、こう刻まれる。
⸻
北側反応、確定。
偽装疑いはあるが、封迷効果あり。
追加封鎖を推奨。
⸻
「よし」
『悪い』
「褒めるな」
『褒めてない』
若い測量士は、自分の記録板を見て凍りついた。
「違う……僕は、こんなこと書いてない」
封迷技師が記録板を見る。
隊長格の男も見る。
全員が、その一行を見る。
「君の筆跡だな」
「違います!」
「記録板は君が持っていた」
「書かされたんです!」
「誰に」
若い測量士は、言葉を詰まらせた。
誰に。
迷宮に。
だが、それを言えば正気を疑われる。
封迷技師は静かに言った。
「負傷による混乱だ。彼を後方へ下げろ」
「待ってください! この記録は汚染されています! 封迷箱も、たぶん――」
「下げろ」
二人が若い測量士を押さえる。
彼は暴れない。
ただ、悔しそうに記録板を見ている。
余は少しだけ感心した。
恐怖しても、混乱しても、なお観測を捨てない。
こういう人間は、本当に面倒だ。
「管理音声」
《はい》
「あいつの名前を記録しておけ」
《現在、個体名不明》
「では、“若い測量士”で登録」
《危険観測個体として登録します》
「次に来たら、優先して喰う」
《了解》
封迷箱の設置は続いた。
北側の偽脈は縛られた。
霧は消え、白灰の流れは止まった。
人間たちは勝ったと思っている。
だが、余は本脈を動かしていない。
第一層の入口正面も、白灰庭区画も、第二層未整備空洞も、無事だ。
失ったのは、仮穴の白灰這い一体。
残り二体は動ける。
「封迷箱の周囲に、何か罠を仕込めるか」
《封迷圧により魔力罠は困難》
「魔力を使わない罠は?」
《根穴崩落、湿灰滑り、偽音誘導は可能》
「なら、帰り道に仕込め」
『殺す?』
「一人だけ」
フィルエが黙る。
「全員ではない。封迷箱を持ち帰らせたい」
『持ち帰らせるの?』
「箱には、こちらが食わせた偽情報が入っている。帰ってもらわねば困る」
『じゃあ、誰を殺すの?』
余は監視面を見た。
封迷箱の補助員。
白杭を打っていた男。
記録も持っていない。
封迷箱本体にも触れていない。
護衛でもない。
死んでも作戦記録には大きく影響しない。
だが、死ねば“北側は危険”という印象が強くなる。
「あの杭打ち」
《対象登録》
「白灰這い二体を根穴へ。マネは獣声。フィルエ、帰路の枝を一本だけ落とせるか」
『できる。でも殺すほどじゃない』
「殺すのは白灰這いだ。枝は視線を逸らせばいい」
『分かった』
人間たちは封迷箱を閉じた。
箱の側面に白い線が浮かんでいる。
偽情報をたっぷり吸った証だ。
「封鎖成功。箱を持ち帰る」
「北側に追加杭を打つべきでは?」
「今日はここまでだ。負傷者もいる」
「了解」
彼らは撤収を始める。
若い測量士は、後方で黙っている。
その顔はまだ納得していない。
杭打ちの男が、最後に残した白杭を引き抜こうとした。
その時。
森の奥で、獣が唸った。
マネの声だ。
男が振り向く。
上から枝が落ちる。
フィルエが落とした枝だ。
「うわっ!」
男は一歩下がった。
その足元に、根穴。
浅い。
だが湿灰が塗られている。
足が滑る。
男の体が倒れ、片腕が穴へ入る。
穴の中で、白灰這いが待っていた。
「ぎゃっ!」
牙が腕に入る。
もう一匹が首筋に噛みつく。
「何かいる! 引き上げろ!」
護衛が駆け寄る。
だが、白灰這いはすぐに離れた。
魔物が外へ飛び出すことはしない。
穴の中で噛み、灰を入れ、引く。
男は引き上げられた。
生きている。
だが、首筋の傷から湿灰が血に混じっている。
「毒か?」
「解毒薬を!」
「違う、灰だ! 傷が塞がらない!」
封迷技師が短く命じる。
「止血して運べ。ここで処置はしない」
「でも、このままだと」
「戻る。箱の記録が優先だ」
杭打ちの男は呻く。
顔色が灰色に変わっていく。
死ぬ。
だが、すぐには死なない。
森を出るまで持つか。
町まで持つか。
そこまでは知らない。
ただ、死ぬなら迷宮の影響を恐れながら死ぬ。
その恐怖は報告になる。
《対象、致命傷》
《ソウル獲得は対象死亡時》
「持ち帰られてから死ぬと、ソウルは入るか?」
《迷宮影響圏外で死亡した場合、回収率は低下します》
「惜しいな」
『ロード』
「なんだ」
『わざと半端にした?』
「当然だ」
『ひどいね』
「敵だ」
余は監視面の中で撤収する人間たちを見送った。
封迷箱は持ち帰られる。
中には偽情報。
記録板にも偽記録。
北側反応は確定扱い。
若い測量士の異論は、負傷による混乱として処理されるだろう。
そして杭打ちの男は、灰に噛まれて死にかけている。
人間側は、こう判断するはずだ。
北側外縁は危険。
封迷箱は効果あり。
追加封鎖を進めるべき。
「よし」
《よろしいのですか》
「次は、もっと大きな縄を持ってくる」
《封鎖が強化されます》
「その縄を、第二層へ繋ぐ」
封迷箱は危険だ。
だが、危険なものほど使える。
人間が迷宮を縛るために縄をかけるなら、その縄の先を余の腹へ繋ぎ替えればいい。
縛ったつもりで、引き寄せられる。
封じたつもりで、入ってくる。
それが次の形だ。
白い部屋へ、ダンジョン新聞が落ちた。
まだ新しい号ではない。
だが、端の黒蜜文字が震えている。
⸻
【黒蜜蟲窟より】
返答を読んだ。
白光を吸った灰でよい。
ただし、こちらも全ては渡さぬ。
まずは基本だけだ。
一、蟲の巣は戦場の後ろではなく、戦場の下に置け。
二、死骸を捨てるな。死骸は次の腹だ。
三、女王なき群れには、核餌を置け。
四、焼かれる前提で分巣を作れ。
詳細を望むなら、灰を送れ。
追伸。
封迷箱に蟲を近づけるな。
白い封鎖は、蟲の腹を腐らせる。
⸻
「……見ているな、こいつ」
《黒蜜蟲窟は情報収集能力が高いと推定》
「腹立たしいが、有用だ」
蟲の巣は戦場の下。
死骸は次の腹。
女王なき群れには核餌。
焼かれる前提で分巣。
「灰灯喰い蟲の分巣を第二層の床下に作る」
《封迷箱対策は?》
「封鎖圧が届かない深さに置く。あと、偽の虫巣を浅い場所に作れ」
《また偽装ですか》
「本物を守るには、偽物が要る」
余は新聞の黒蜜文字に返した。
⸻
【迷靄洞より、黒蜜蟲窟へ】
基本は受け取った。
白光を吸った灰を送る。
ただし、こちらも全ては渡さぬ。
蟲の腹を腐らせる白い封鎖について、次は詳しく聞かせろ。
代価は、白灯器片混じりの灰だ。
⸻
《送信》
これで、蟲の運用が進む。
第二層は、ますます腹になる。
外では人間が封じに来る。
内では蟲が増え、骨が並び、糸が張り、音が歪む。
良い。
非常に良い。
『ロード』
フィルエの声がまた届いた。
「今度は何だ」
『封迷隊、戻っていく。でも若い測量士だけ、何度も振り返ってる』
「まだ疑っているか」
『うん。たぶん、また来る』
「なら、次こそ喰う」
『……少しだけ惜しくない?』
「惜しい?」
『あの子、迷宮を見る目がある』
「だから危険なのだ」
『契約者にできるかも』
余は沈黙した。
人間を、契約者に。
冗談ではない。
フィルエとは違う。
あれは人間側の測量士だ。
迷宮を測り、報告し、封じる者たちの一員。
「今はない」
『今は、ね』
「勝手に含みを持たせるな」
『分かった』
まったく分かっていない声だった。
だが、フィルエの言葉は頭に残った。
迷宮を見る目がある者。
危険な者。
殺すべき者。
あるいは、利用できる者。
余は少しだけ考え、すぐに振り払った。
今は第二層だ。
今は封迷箱だ。
今は、次の縄をどう喰うかだ。
「管理音声」
《はい》
「第二層に、封鎖されたふりをする区画を作る」
《詳細を》
「白い杭を打たせる。封迷箱を効かせる。人間が“安全になった”と思って進む。そこだけ魔力罠を止める」
《その場合、防衛力が低下します》
「魔力罠はな」
《物理罠、糸罠、骨兵、白灰這い、灰刃追跡者は使用可能》
「そうだ」
封迷箱は、迷宮の魔力を封じる。
なら、魔力に頼らない殺し方を増やす。
骨。
糸。
落石。
湿灰。
音。
死体。
そして、追跡者。
「封じられても殺せる迷宮にする」
《第二層設計方針を更新》
白い部屋の床に、第二層の構造図が浮かぶ。
まだ粗い。
だが、形が見えてきた。
上層から落とす穴。
白灰這いの巣。
湿骨兵の横穴。
音が遅れる通路。
封鎖済みに見える安全路。
その奥に、灰刃追跡者の巡回路。
そして最深部へ続く、本物ではない道。
侵入者は封じたと思う。
安全だと思う。
進めると思う。
その先に、帰路断ちが待つ。
「よし」
余は呟いた。
「第二層の名を決めた」
《登録しますか》
「まだ仮だ」
《名称は?》
余は監視面の中の白い箱を思い出した。
人間が持ち帰る、偽情報を詰めた封迷箱。
そして、こちらが作る、封じられても殺す階層。
「仮称――封じられた餌場」
《第二層仮称:封じられた餌場》
「次に来る人間には、封じたことを後悔させる」
白い部屋に、静かな震動が広がる。
迷靄洞が、また形を変え始めた。