余、ダンジョンコアにつき侵入者には死んでもらう。 ~ゴブリン二十匹から始める最弱迷宮譚~
封迷箱が三つ来た。
白い箱。
迷宮を縛るための箱。
前回は一つだった。
今回は三つ。
人間どもは、余の迷靄洞を縄で囲い、杭で縫い、箱で押さえ込むつもりらしい。
「……多いな」
《はい》
「多いぞ」
《はい》
「一つでも嫌だったのに、三つは多いだろうが」
《敵も学習しています》
「余だけが学習する世界であれ」
《不可能です》
「知っている!」
白い部屋の監視面には、外縁の森が映っていた。
フィルエの契約糸越しの映像だから、迷宮内ほど鮮明ではない。
だが、人間たちの輪郭は見える。
白い外套の封迷技師。
長い白杭を背負った聖杭技師。
護衛が六人。
測量士が三人。
運搬役が四人。
そして、前にもいた若い測量士。
奴だけが、他の者たちより一歩遅れて歩いていた。
怯えているのではない。
見ている。
森を。
土を。
白杭の周囲を。
迷宮が見せたがっているものと、見せたがっていないものを。
「やはり面倒だな、あいつ」
『ロード』
フィルエの声が契約糸を震わせた。
『若い測量士、北だけじゃなくて入口正面も見てる』
「なぜだ」
『前回の記録を疑ってる。たぶん、北側反応が強すぎると思ってる』
「余が丁寧に強くしてやったのに」
『だから疑われてる』
「人間は面倒だな」
《繊細な偽装が必要です》
「分かっておる」
余は監視面を切り替えた。
第二層《偽封餌場》。
床下には、灰灯喰い蟲の分巣が三つ。
戻り水が細く逆流し、それぞれの腹を湿らせている。
壁裏には赤錆噛み。
白杭の予想設置点近くで、じっと金具の匂いを覚えている。
横穴には湿骨兵。
天井には影縫い大蜘蛛の糸。
その縁に、カゲヌイの針。
白灰這いは外縁仮穴に二体。
灰刃追跡者は奥で沈黙している。
まだ出さない。
こいつは最後だ。
「管理音声」
《はい》
「方針を決める」
《どうぞ》
「三つの箱を、全部壊そうとするな」
《理由は》
「全部壊せば、人間は封迷箱そのものを疑う。次はもっと厄介な道具を持ってくる」
《では?》
「一つは効いたと思わせる。一つは壊す。一つは、こちらが中身を汚す」
《役割分担を登録します》
「北側の箱は効かせろ。偽脈を封じさせる」
《了解》
「東側の箱は、赤錆噛みに留め具を噛ませて歪ませる」
《了解》
「入口正面に置かれたら、一番危険だ。そこは戻り水で反応を流せ。必要なら白灰這いを犠牲にしろ」
《了解》
言ってから、少しだけ息を止めた。
犠牲にする。
前なら、そこに妙な動揺があった。
今は違う。
惜しいとは思う。
損耗は嫌だ。
だが必要なら切る。
迷宮が生きるために。
ロードが消えないために。
「来るぞ」
人間たちは、まず北側に封迷箱を置いた。
前回と同じ場所。
余が食わせ続けている偽脈の上だ。
封迷技師が箱の蓋に手を置く。
「第一箱、設置」
四隅の白杭が伸び、地面へ刺さる。
白い線が土の中へ走った。
《北側偽脈に封迷接触》
「痛みは」
《偽脈側に拘束反応。本脈影響なし》
「よし」
封迷技師が頷く。
「反応安定。北側外縁、やはり濃い」
若い測量士が小さく言った。
「濃すぎる」
封迷技師が視線だけ向ける。
「何か」
「いえ」
若い測量士は引いた。
だが、黙っただけだ。
納得していない。
聖杭技師はしゃがみ、白杭を一本抜いた。
長い。
細い。
まるで骨で作った針のような杭だ。
彼はそれを地面に突き立てると、指先で軽く叩いた。
「北は、餌だな」
余は固まった。
「……今、何と言った」
《聖杭技師が北側反応を囮と判断した可能性があります》
「可能性ではなく、言っただろうが!」
聖杭技師は笑わない。
ただ、杭を見ている。
「濃すぎる。だが無視はできん。迷宮はここに“封じさせたい何か”を置いている。第一箱は維持だ」
封迷技師が眉を寄せた。
「囮だと?」
「囮でも、迷宮性があるなら縛る価値はある」
「本命は?」
聖杭技師はゆっくり顔を上げた。
入口正面を見る。
「正面だ」
「まずい」
《入口正面への警戒が強まっています》
「戻り水を回せ」
《実行中》
「もっとだ」
《流量を増やすと本物水脈として検知される可能性》
「今は隠す方が先だ!」
《戻り水、外縁仮穴へ増量》
第二層床下の戻り水が動いた。
奥へ流れたはずの灰水が戻る。
血の匂い。
蟲の殻。
赤錆の金属臭。
白灯器片の粉。
それらを薄く含んだ水が、外縁仮穴を伝って入口正面の土へ滲む。
本脈の匂いを洗い流す。
偽脈の匂いを戻す。
だが、聖杭技師は白杭を二本目に持ち替えた。
「第二箱、正面へ」
来た。
白い箱が運ばれる。
入口正面。
迷靄洞の喉元。
そこに置かれる。
余は叫びそうになった。
だが、叫ばない。
配下の前では叫ばない。
余はロードだ。
余は、ロードなのだ。
「白灰這い」
《はい》
「二体とも正面仮穴へ。戻り水に混ざって本脈の匂いを舐めろ」
《白灰這い二体、外縁仮穴へ移動》
『ロード、それやると白灰這い、たぶん戻れない』
フィルエの声が硬い。
「分かっている」
『本当に?』
「分かっている!」
白灰這いが、仮穴の中を這った。
ぬるりとした白灰色の小型魔物。
湿った灰と肉のような体。
二体は戻り水に腹を浸し、入口正面の土へ向かう。
白杭の線が、地面へ降りた。
第二箱の封鎖線。
本脈を探す白い舌。
それが、戻り水に触れた。
《第二箱、入口正面に接続》
《本脈検知圧、上昇》
「白灰這い、行け」
二体の白灰這いが、戻り水の中で体を裂いた。
自らの湿灰を、水に混ぜる。
白灰庭区画の匂い。
北側偽脈と同じ灰。
白灯器片を含んだ、嘘の濃さ。
その匂いが入口正面へ戻る。
白杭の線が揺れた。
真っ直ぐ本脈へ伸びかけた線が、わずかに北へ曲がる。
《本脈検知、逸脱》
《白灰這い一体、消滅》
ソウルは戻らない。
素材も戻らない。
だが、白い線は逸れた。
「もう一体は?」
《封迷圧下。損耗中》
「耐えろ」
封迷技師が第二箱の反応を見て言った。
「正面にも反応あり。ただし北側へ流れている」
聖杭技師が目を細める。
「戻る水か?」
余の背筋が冷たくなった。
「こいつ、戻り水を読むのか」
『名前までは知らない。でも、逆流に気づいてる』
「厄介すぎるだろう!」
聖杭技師は白杭を指で弾いた。
「水気が反応を戻している。だが水脈そのものは浅い。迷宮が隠しているというより、濡れた痕跡で線を乱している」
若い測量士が、初めて強く言った。
「なら、第二箱を外すべきです。そこは読まされています」
「外さない」
聖杭技師は即答した。
「読まされている場所ほど、迷宮は何かを隠す。第二箱は維持。第三箱を東へ」
「東?」
「北と正面が迷宮の見せ札なら、東に逃げ道がある」
封迷箱が三つ目の場所へ運ばれる。
東側。
赤錆噛みを潜ませた予想地点の一つ。
「よし」
《赤錆噛み、待機中》
「まだ噛むな」
《了解》
第三箱が置かれた。
四隅の白杭が地面に刺さる。
白い線が東側の土に走った。
そこには浅い偽脈しかない。
だが、封迷箱三つの配置が問題だった。
北。
正面。
東。
三点で囲まれると、外縁の動きが鈍る。
《外縁霧制御、低下》
《戻り水流量、制限》
《浅層偽脈、圧迫》
「まずいか」
《長時間維持された場合、第一層入口周辺の変形速度が低下します》
「つまり、縄が締まっている」
《はい》
なら、東の箱を歪ませる。
「赤錆噛み」
《はい》
「第三箱の留め具を噛め。四つ全部ではない。一つだけだ」
《一つだけですか》
「全部噛めば壊れる。一つだけなら狂う」
《了解》
壁裏の細穴から、赤錆噛みが走る。
小さなネズミ型の魔物。
赤錆色の毛。
異様に発達した前歯。
音は小さい。
だが、金具に近づくと、かり、かり、と歯が鳴る。
第三箱の底。
白い留め具の裏側。
そこに赤錆噛みが一匹、二匹、三匹と取りついた。
噛む。
ぎり。
ぎりぎり。
白い金具に、赤い錆が浮く。
《第三箱、右後方留め具に食害》
「まだだ。ゆっくりやれ」
第三箱の白い線が少しだけ揺れた。
封迷技師が気づく。
「第三箱、反応に揺れ」
聖杭技師が箱を見る。
「土が柔らかいか」
「固定します」
運搬役の一人が、箱のそばに膝をついた。
まずい。
見つかる。
「マネ」
「ギ」
「音を出せ。東の茂み。白灰這いの潰れる音だ」
「ギィ」
マネが喉を震わせた。
東の茂みから、ぬちゃり、と嫌な音がした。
人間たちがそちらを見る。
「魔物か!」
護衛の一人が剣を抜き、茂みへ向かう。
その隙に、赤錆噛みはさらに噛む。
ぎり。
ぎり。
白い留め具の根元が赤く腐る。
《第三箱、封鎖線に偏差》
「よし。戻れ」
《赤錆噛み二体、帰還》
《一体、封迷圧で行動不能》
「回収は?」
《困難》
「捨てろ」
短く言った。
赤錆噛み一体。
ソウルは少ない。
だが、惜しい。
惜しいが、必要だ。
行動不能になった赤錆噛みは、第三箱の裏で震えていた。
そこへ封迷圧が白く降り、赤錆色の体がぼろりと崩れた。
《赤錆噛み一体、消滅》
「覚えておけ。次はもっと上手く噛ませる」
《記録します》
第三箱の反応が、わずかに狂った。
東側を封じるはずの線が、少しだけ北へ引っ張られる。
つまり、人間側から見れば、東にも北の濃い反応が混じって見える。
北が本命に見える。
こちらの意図通りだ。
だが、聖杭技師はまた眉を寄せた。
「箱が狂ったな」
封迷技師が言う。
「土のせいでは?」
「いや。金具だ」
早い。
「まずい、見られる」
聖杭技師が第三箱へ近づく。
その前に、若い測量士が叫んだ。
「触らないでください!」
全員が止まった。
若い測量士は顔を青くしている。
「迷宮は、触らせようとしているかもしれません。箱を確認する動作まで読まれていたら、次に狙うのは技師です」
聖杭技師が若い測量士を見る。
「面白い」
「面白くありません」
「いや、正しい。箱には触らん。第三箱は歪んだまま使う」
「それはそれで危険です!」
「歪みも記録になる」
余は歯噛みした。
若い測量士。
邪魔だ。
だが今、奴の言葉は、結果的に赤錆噛みを見つけられるのを防いだ。
敵なのに。
邪魔なのに。
利用できてしまう。
「本当に面倒だな、あいつ」
『だから言ったでしょ。見る目があるって』
「黙れ、フィルエ」
『はいはい』
三つの封迷箱が起動した。
北は効いたふり。
正面は戻り水で逸らした。
東は赤錆噛みで歪ませた。
だが、封鎖の圧は本物だった。
第一層外縁の霧が薄くなる。
入口周辺の白灰が動きにくくなる。
外からの変形が鈍る。
《外縁機能、二十二パーセント低下》
「想定内か」
《短時間なら想定内。長時間は危険》
「なら、長居させるな」
余は第二層の床下を見た。
灰灯喰い蟲の分巣。
まだ小さい。
だが、今は幼蟲を戦わせるつもりはない。
使うのは、腹の匂いだ。
「灰灯喰い蟲の死骸を戻り水に混ぜろ」
《封迷箱周辺へ流しますか》
「流すな。匂いだけ戻せ」
《了解》
戻り水が、床下で小さく逆流する。
蟲の死骸の匂い。
白光を食った腹の匂い。
それが外縁仮穴を通じて、北と東の間へ薄く滲む。
封迷箱の白い線が、蟲の匂いに反応した。
封迷技師が顔を上げる。
「蟲反応」
「場所は」
「北東。床下に近い」
聖杭技師が頷く。
「迷宮は床下に巣を作っているな」
正解だ。
だが、場所は違う。
そこは偽の匂いだ。
実際の蟲分巣は、さらに深い。
人間が掘れない位置。
そして、そこへ向かうには第二層へ入るしかない。
「よし、誘導しろ」
《偽蟲反応を維持》
護衛の一人が言う。
「踏み込んで焼きますか」
来た。
封迷技師が少し迷った。
だが聖杭技師が首を振る。
「今日は焼かん。位置だけ取る」
「しかし、蟲が増えると――」
「焦って入れば死ぬ。ここはそういう迷宮だ」
余は思わず舌打ちした。
「賢い奴ばかり連れてくるな」
《敵も人材を選んでいます》
「やめろ」
だが全員が冷静だったわけではない。
護衛の一人。
先ほどマネの音に反応して茂みへ向かった男が、戻ってくる途中で足を止めた。
彼は地面を見ていた。
赤錆噛みが噛み落とした、小さな白金具の粉。
それが土の上に落ちている。
「何だ、これ」
「触るな!」
若い測量士が叫ぶ。
だが遅い。
男は指で粉を擦った。
赤錆の粉が、手袋の縫い目に入る。
「うわっ」
手袋の金具が、ぽろりと外れた。
同時に、地面の下から白灰這いの残った一体が飛び出した。
さっき正面で損耗していた個体。
戻れないなら、最後に使う。
白灰這いは男の足首に噛みついた。
「ぎゃあっ!」
「引け!」
護衛が剣を振る。
白灰這いは斬られた。
体が潰れ、白灰が飛び散る。
《白灰這い二体目、死亡》
だが足首には湿灰が入った。
戻り水も混じっている。
男は引き倒された。
そこへ、地面の細穴から赤錆噛みが一匹飛び出した。
狙いは肉ではない。
足具の留め金。
ぎり、と噛む。
足具が外れる。
男の片足が固定を失う。
立てない。
「下がれ! 下がれ!」
封迷技師が叫ぶ。
護衛二人が男を引きずる。
だがその瞬間、戻り水が足元へ薄く滲んだ。
血が、奥へ流れず、男の体の下へ戻る。
足を滑らせる。
護衛の一人が体勢を崩した。
その首筋に、影縫い大蜘蛛の細糸が触れる。
外へ出したのではない。
根の影を伝わせた、一本だけの糸。
カゲヌイの針が、迷宮内側からその影を縫う。
《影縫い、短時間成立》
「今だ」
湿骨兵は外へ出られない。
灰刃追跡者もまだ出さない。
だが、外縁仮穴に仕込んだ落石は使える。
「落とせ」
根の下の石が外れた。
小さい。
だが、体勢を崩した護衛の後頭部には十分だった。
ごつ、と鈍い音。
護衛が倒れた。
動かない。
《対象一名、死亡》
《ソウル獲得:十八》
「よし」
余は息を吐いた。
殺せた。
外縁で一人。
しかも封迷隊の前で。
恐怖を残し、箱も残す。
いい。
だが、人間側の反応は早かった。
聖杭技師が白杭を地面へ叩きつけた。
「全員、箱から離れろ! 足元を見るな、線を見るな! 迷宮が視線を使っている!」
「負傷者回収!」
「箱は?」
「第一、第二は維持! 第三は歪みごと記録して撤収!」
撤収。
早い。
もう少し削りたい。
だが、無理に追えば本命を見せる。
「追うな」
《よろしいのですか》
「よくない。だが追うな」
男の死体は置いていかれなかった。
人間たちは死体を回収しようとする。
それも織り込み済みだ。
「赤錆噛み、死体の鎧留めを噛め。回収中に壊せ」
《了解》
壁裏から二匹が走る。
倒れた護衛の鎧留めへ。
ぎり、ぎり。
死体を担ごうとした人間の手元で、鎧の金具が外れた。
「くそっ、装備が崩れる!」
「置いていけ!」
「死体を置くな!」
揉める。
その間にも封迷箱の白い線は維持されている。
長引けば危険。
だが、人間は死体を捨てるか、持ち帰るかで迷う。
余は笑った。
「人間は死体が重いな」
『ロード』
フィルエの声が少し低い。
「分かっている。言いすぎた」
『いや、そうじゃなくて』
「何だ」
『若い測量士が、死体じゃなくて地面を見てる』
監視面を拡大する。
若い測量士は、倒れた護衛ではなく、その下の濡れた土を見ていた。
戻り水。
血が奥へ流れず、戻った跡。
彼は小さく呟いた。
「……水が、戻ってる」
余は黙った。
聞こえたはずがない。
だが、唇の動きだけで分かった。
戻り水に気づいた。
完全ではない。
仕組みまでは分かっていない。
だが、気づいた。
「次は、あいつをどうにかする」
《危険観測個体の優先度を上方修正》
「殺すか、折るか、使うかだ」
『契約は?』
「今その話をするな」
人間たちは、死体を半ば引きずるようにして撤収を始めた。
第三箱は歪んだまま記録を残す。
第一箱は効いたと思わせる。
第二箱は戻り水に乱された反応を持ち帰る。
こちらの損害は、白灰這い二体、赤錆噛み一体。
得たソウルは十八。
情報は、十分に撒いた。
ただし、戻り水を見られた。
聖杭技師には、北が餌だと読まれた。
若い測量士には、水の戻りを見られた。
勝った。
だが、楽勝ではない。
それが良い。
迷宮は、楽に強くなるものではない。
《外縁封鎖圧、低下。人間部隊、撤収中》
「箱は?」
《第三箱に赤錆噛みによる留め具劣化。第一、第二箱は記録を保持》
「持ち帰らせろ」
《偽情報も含まれています》
「ならよい」
余は白い部屋の床を見た。
第二層《偽封餌場》の構成図が、ゆっくり更新されている。
戻り水床下流。
蟲分巣。
赤錆噛み走路。
影縫い境界糸。
白灰這い仮穴。
封迷箱誘導路。
そして、新しい警告。
⸻
危険観測個体:若い測量士
注意:戻り水の異常に気づいた可能性あり
危険技術者:聖杭技師
注意:北側偽脈を囮と判断
⸻
「面白くなってきたな」
《危険度は上昇しています》
「分かっておる」
《では、なぜ笑うのですか》
余は監視面の向こう、撤収する人間たちを見た。
彼らは一人死に、一人負傷し、三つの箱に汚れた記録を詰めて帰っていく。
次は、もっと深く来る。
もっと疑って来る。
もっと賢く来る。
だからこそ、こちらも腹を増やす。
「余がまだ消えていないからだ」
白い部屋が、少しだけ静かになった。
「そして次は、中へ入ってくる」
床下で、灰灯幼蟲が核餌を食った。
壁裏で、赤錆噛みが白い金具片を噛んだ。
戻り水が、血の匂いを奥へ行かせず、ゆっくりと迷宮の腹へ戻した。
「来い」
余は呟いた。
「今度は、第二層で喰ってやる」