攻略組が帰った後から始まるVRMMO 〜イベントに遅れた俺だけが、誰にも拾われなかったユニークを見つける〜
《鎧蜥ドルガーレン》が光となって消えた後も、しばらく歓声は止まらなかった。
武器を掲げる者、その場に座り込む者、近くの仲間たちと戦闘中のことを話し始める者。
ついさっきまであれだけ大きく見えたドルガーレンの姿はもうどこにもない。
ドルガーレンがいた場所では山のように広がっていた戦利品の回収が始まっていた。
「レア以上は後日オークション形式だって」
「じゃあ今は一旦まとめて回収か」
そんな声が聞こえてきた。
「ザン君、お疲れさまだね」
「ロヴェルさんもお疲れさまでした」
同じパーティにいたメンバーたちも集まり、口々に戦闘のことを話していた。
「二回目に砂から出てきたとき、左右も尾も変わってたのやばかったなぁ」
「最後に潜らせなかったの気持ちよかった」
「めっちゃ分かる」
ついさっきまで必死に戦っていたはずなのに、皆もう楽しそうだ。
俺も何度か頷いた。
まともなダメージはほとんど与えられなかった。
それでも、あの戦いを最初から最後までここで見ることができた。
銀ゴツネとリックとは街へ戻る前にフレンド登録だけしておいた。
それから他のメンバーも次々と帰還していく。
やがてパーティに残ったのは俺とロヴェルだけになった。
「ザン君は戻らないのかい?」
「……もうちょっとだけ、ここにいようかなって」
「ここに?」
「はい。戦ってる間、ほとんどドルガーレンしか見てなかったので」
そう答えてから、自分でも少し変な理由だと思った。
でもロヴェルは笑わなかった。
「なるほど。じゃあ、私も少し見てから帰ろうかな」
「ロヴェルさんもですか?」
「こういう戦場の跡は残ってるうちに見ておきたいからね」
二人でさっきまでドルガーレンがいた辺りまで歩いてみる。
赤砂には無数の足跡が残り、潜った場所は大きく抉れていた。その穴には濃い灰色の外殻がいくつか残っている。
「やっぱり、あれってこうやって落ちたものだったんですね」
中央広場で五つ並べた《大鎧蜥の外殻》とよく似ている。
拾ったときにはこんなところへ繋がるなんて想像もしていなかった。
戦闘開始前に三本の移動の痕があった辺りにも行ってみた。
でも、そこは数え切れないほどの足跡が重なり、どれがあの跡だったのかはもう分からなくなっている。
「残ってたら後でもう一回見てみたかったんですけど……」
「残らないものもあるよ。だからこそ、見つけたときに記録しておくんだ」
そう言ってロヴェルがメニューを開いた。
表示されたのは三本の大きな移動の痕が同じ方向へ伸びているスクリーンショットだった。
「え……撮ってたんですか?」
「もちろんだよ」
「さすがですね」
改めて見せてもらうと、一筋だけでもかなり大きかった。
四肢の足跡と太い尾を引きずった跡がそのまま遠くまで続いている。
「こうして見ると、こんな巨大な跡がずっと向こうまで続いてるんですね」
「ああ。この方向に何かあったかな……」
ロヴェルは表示された画像を見ながら、少しだけ考えている。
「分からないね。でも、ドルガーレンほどの大きさのボスMOBが三体も同じ方向へ進んでいたなら、その先に何があるのかは気になるね」
「……ですよね」
「方角と一緒にこれも残しておこう。あとで何かに繋がるかもしれないからね」
見つけたときにはこの三本の痕跡が何を意味しているのかまでは分からなかった。
でも、戦ってみるとその違いがドルガーレンの外殻の形と繋がり、左後脚の跡は潜る前の動きへ繋がった。
灰冠竜との戦いが終わった後もそうだった。
誰もいなくなった場所に残っていたものを辿って、そこを歩いていたロイたちのことを知った。
あのときは全部が終わった後だった。
でも、今回は違う。
夏休みということもあるが、ロヴェルがパーティに誘ってくれたからこそ、最初からここに来ることができた。
攻略組みたいに戦えたわけじゃない。
俺がしていたことといえば、いつもとそんなに変わらない。
分からないものを拾って、残された跡を見て、違うところを探しただけ。
ただ今日はその先が攻略へと繋がっていた。
「……面白かったな」
「うん?」
「いえ、今回のイベントです。ここに来れてよかったと思って」
掃討支援や護衛支援、そして探索支援。
それぞれやっていたことは違うが、最後には同じ戦場へ繋がっていた。
気づけば、さっきまであれほど聞こえていた話し声もかなり少なくなっていた。
戦利品の回収もほとんど終わり、帰還の光が戦場のあちこちで次々と立ち上がっている。
《Astra Regalia》がいた場所からも人が消え、《Fangline》のメンバーたちも帰り始めているのが見えた。
あれだけ人で埋まっていた赤砂の上には、少しずつ大きな空白が広がっていく。
その中で《Astra Regalia》のシグエルがこちらを見ていることに気づいた。
「……?」
一度視線が外れる。
でも、少ししてまたこっちを見た。
何かを迷っているように見えた後、シグエルが一人でこちらへ歩いてくる。
ロヴェルもそれに気づいたらしい。
シグエルは俺たちの前まで来ると、一度足を止めた。
「……左後脚」
「はい?」
少し間が空く。
「気づいたの、誰?」
「ああ……」
ロヴェルが俺を見る。
「ザン君だよ」
シグエルの視線が俺へ向いた。
「戦闘前にドルガーレンらしき跡を見つけていたんです。その跡は左後脚の内側だけ深く崩れてて……砂に潜る前にも同じような踏み込みをしてるのが見えたので」
シグエルは黙って聞いていた。
説明が終わると、一度だけ頷く。
それからさっきまでドルガーレンがいた場所へ視線を向け、もう一度頷いた。
それだけで《Astra Regalia》の方へ戻っていく。
シグエルの背中を見送りながら、ロヴェルが小さく笑った。
「彼女が自分から話しかけるのはとても珍しいね」
「……彼女?」
「そうだよ」
「シグエルさんって女の人だったんですか?」
「あれ、知らなかったのかい?」
「知らなかったです……」
少し離れたところで、シグエルが帰還の光に包まれた。
最後まで誰かと話していた青蘭の姿もやがて見えなくなる。
それからも戦場のあちこちで帰還の光が立ち上がった。
一つ消え、また一つ消えていく。
やがて赤砂の上に残っている人影はほんのわずかになっていた。
「……終わりましたね」
「ああ。終わったね」
それだけ言って、しばらく二人で赤砂を眺めた。
《鎧蜥ドルガーレン》はもういない。
歓声もほとんど聞こえない。
それでもここへ来た人たちが歩き、戦った跡は残っている。
「ザン君」
「はい?」
「紅狼ヴァルグのときの足跡もそうだし、今日のドルガーレンの左後脚もよく見ていたね。そういう見方はとてもスカウトらしいと思うよ」
「そうなんですかね」
「少なくとも私はそう思うよ」
少しだけ嬉しかった。
「ロヴェルさん。今回、パーティに誘ってくれてありがとうございました」
「急にどうしたんだい?」
「いや……俺一人だったら、ここまで来れてなかったので」
足元に残る跡を見る。
「来れてよかったです」
ロヴェルは少しだけ黙ってから笑った。
「それなら誘ってよかったよ。ザン君さえよければ、また一緒にどこかに行こう」
「はい、お願いします」
「……それはそうと、そろそろ二次職も考える頃じゃないかい?」
「ああ……そうですね」
今はLv48。Lv50になれば二次職へ進める。
「パスファインダーかトレジャーシーカーですよね。まだどっちにするか決めてなくて。それにサブ職も考えないとですし」
「考えることが増えるね」
そう言ってロヴェルが笑った。
「でも、ザン君は気になったものを自分で見て、それから決める方が合ってるんじゃないかな」
「確かにそうかもしれません」
「ああ。最初に会った頃からそうだったよ。ルガート村で、ずっと見ていたじゃないか」
「獣の耳……ですか?」
「その通り」
俺も少し笑った。
「あれから少ししか経ってないのに、ずいぶんいろんなものを見た気がします。CROってまだ知らないことばっかりですね」
「ああ。二年経ってもまだそう思うよ。だから面白いんだろうね」
ロヴェルはそう言って、赤砂の向こうを見る。
風が赤砂の上を通り、足跡の縁を少しずつ崩していく。
剥がれ落ちた外殻。
消えかけた移動の痕。
数え切れないほどのプレイヤーたちの足跡。
しばらく二人でそれらをぼんやりと見ていた。
「……そろそろ戻ろうか」
ロヴェルがメニューを開いてから手を止める。
「ザン君。一つ、尋ねておくべきことが頭に浮かんだよ」
赤砂の向こうに残る足跡をしばらく眺めてから、ゆっくりと俺へ視線を戻した。
静かになった戦場に、ロヴェルの声だけが残る。
「君はこの世界が好きかい?」