異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
「マオさん」
なんだかずっとそわそわしていたアーレンセさんが、叫ぶみたいに云った。俺は吃驚してそれを見る。「はい?」
「昨日のお菓子すっごくおいしくて、あの、わたしあれまた食べたいんですっ」
昨日のお菓子……?
首を傾げる。なんだったっけ……ああ、菓子パンか。
アーレンセさんはうっすら赤面して、もじもじと手を遊ばせている。リエナさんが頷いた。
「わたしも、もう一度食べたいわ。それにつくりかたを教えてほしい。マオ、だめかしら」
どうやらふたりとも、商談がすむタイミングを見計らっていたらしい。
「いいですけろ」
久々に全力で舌を嚙んだ。痛くて涙が出てくる。
「あの。うれますかねー、あれ」
「当たり前でしょ!あなたがあんなにしょんぼりしてなかったら、引き摺ってでも厨房に戻してつくりかたを訊いてたわ」
そっすか。
とりあえず、残っている分をテーブルへ出した。アーレンセさんが目をきらきらさせる。出てきたものがパンに似ていたからか、レアディさんも反応した。「いい匂いですね」
「あ、皆さんもどうぞ。レアディさん、なんだったらこれのつくりかたも教えましょうか」
アーレンセさんが全種類ひとつずつ確保した。嬉しそうに飛び跳ねると、髪がふわふわする。サッディレくんがその両肩を軽く叩いて、落ち着かせた。
俺は調理台の前へ立つ。「それより、朝ご飯つくらなきゃでした。ツァリアスさん、リエナさん、お手伝いお願いします」
「はい」
「任せて」
リエナさんはセロベルさんと結婚したけれど、一応料理長は俺なのだ。料理人でもないのに、なんか不思議な感じ。
ミートボールスパゲッティに、お水の代わりに牛乳をつかったミルクポトフ、たまねぎの甘酢漬け、ナッツがたっぷりはいったビスケット。
甘酢の材料は、お砂糖・お酢・お塩。お砂糖とお塩は全量、お酢は半量をお鍋へいれ、お砂糖が溶けるまで火にかける。溶けたら火から外し、粗熱をとったら残りのお酢を加える。お酢のつんとくる感じが苦手なら、最初からお酢を全部いれておいてもいい。火を通したらつんつんがまろやかになる。ミスラ商会さんのお酢は、まろやかでいやなつんつんがない高級品なので、全部煮切っちゃう必要はなし。お砂糖溶かす為の作業だし。
紫たまねぎはうすく輪切りにしてつぼへいれる。沢山。おしゃれながらす壜はないし、金属製の容器はお酢やお塩で傷む。なので、おっきなつぼにした。
たまねぎを九割くらいまで詰め込んだら、甘酢を注ぐ。好みで唐辛子やにんにくを加える。加えなくてもいい。今度のは加えてない、プレーンなやつ。
蓋をして放置。数時間なら、しゃっきり辛くておいしい。二日くらいたつと、さっくりだけど辛味はちょっとぬけてる。もっと経つと、しんなりさくさくで、甘くておいしい。好きなお野菜とお肉をごま油で炒めて、甘酢漬けを加え、お醤油で味を調えればなんちゃって酢豚になる。つくりおいておけば便利。