異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
「は?」
「ほらほら」
クッキーをひとつとりあげて、ジーナちゃんに持たせた。ジーナちゃんは戸惑ったみたいにしかし表情はあまりなく、手にしたクッキーを見る。
「マオさん」
俺はジーナちゃんの手首を掴んで、クッキーをミューくんの口へつっこんだ。「むぐっ」
「おいしい? おいしいよね。うちの売りものに売りものを挟んだんだからまずい訳ないよ。それ一枚で、そうだなあ、銀貨四分の一くらいかな、価値としては」
「ぐぐぐ。ま、マオさん、なにを」
「魔法の対価ってことでひとつ。ね?」
ジーナちゃんの目がきらっとした。クッキーを手にとると、ミューくんの口へつっこんでいる。
ミューくんが慌ててお茶を飲んだ。「じーな、やめろ、」
「あなたはお菓子が欲しくてわたしを治療したのよ」ジーナちゃんはうっすら笑う。「それでいいでしょう?」
「うぐ。俺は君の親に、君が大変な怪我をしたのにどこかに出て行ったって聴いて、心配でさがしに」
「ミュー。解って。わたしは本当にあなたが好きなの。でも、騙し討ちはしたくない。試験には、通るから」
ミューくんは眉尻を下げる。
「……解ったよ。最低だなんて云ってごめん。でも、怪我は俺がなんとかする。君ひとり治せないんじゃなんの為の癒しの力か解らないじゃないか?」
「解った。大丈夫よ。クッキー、焼けるようになったの」
得意そうにジーナちゃんがそう云うと、ミューくんは苦笑した。「君ってやつは」
ふたりとも落ち着いたのか、お茶に手をつけ、クッキーも食べてくれた。ジーナちゃんは余程クッキーが好きなのか、ほりほりとかじって、じっくり噛みしめている。
オーブンからいい香りがしてきて、ぎゅうぎゅう焼きができあがった。ツァリアスさんとベッツィさんが戻り、その後ろに居たグロッシェさんがさっと踵を返していなくなる。ミューくんが居るからだろう。
ちらほらあらわれだしたお客さんの為にお茶を淹れていたセロベルさんが、顔を上げた。「時間かかったな」
「鎧戸が外れそうだったんで、直しときましたよ」
「お前そんなの出来たっけ……」
体感で数年、山小屋でのひとり暮らしをしているツァリアスさんだ。それくらいできて当然とセロベルさんも気づいたらしく、言葉は中途半端に消えた。
ツァリアスさんは曖昧に笑う。ベッツィさんが、まだ血色の悪い顔に、笑みを浮かべた。「お茶、運びます」
「ああいや、これは俺の仕事なんで。ツァリアス、お前、これを押してくる係な。奥さんは、マオがつくったお膳をこれにのせといてください」
ふたりが頷く。俺は袖をもう一度、しっかりまくりあげた。手を洗ったらチャパティを焼くのだ。