異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
空気が凍り付いた。
チェルノーラ夫人はゆっくり手をおろす。笑顔だ。が、ナッツァリアさんが顔色を悪くしているので、機嫌がいい訳ではないのだろう。
「ジーナ。わたくしだってミューくんを物だなんて思っていません。彼は才能もあるし、家柄は素晴らしいし、入山試験を誰よりはやく通った、好青年だわ」
「……それなら」
「でもねジーナ。わたくしこう思うの。お前をもう少し遅くに産むのだった、そうしたらチェスちゃんとえんづいていたかもしれないのに、って。ミューくんは素晴らしいけれど、チェスちゃんはもっと素晴らしいもの」
ジーナちゃんの目が生気を失う。がらす玉というか、プラスチックのお人形の目みたいだ。
「……ごめんなさい」
「あらあら、ジーナが謝ることではないのよ。わたくしが悪いのだから。お前を生む時に無理をしてしまって、弟も妹もつくってやれなかったし、ごめんなさいね」
ジーナちゃんはもう一度ごめんなさいと云って、俯いた。
ナッツァリアさんが咳払いする。「母さま、ジーナに菓子づくりを学ばせると云っても、ここは宿から些か遠い。送り迎えはぼくが」
「口を挟むでないと云っているのがまだ解らないのナッツァリア。ジーナはこちらに泊めます。ミューくんもここのお菓子が好きなようだし、顔を合わせる機会もあるでしょう。ジーナのつくったお菓子を食べてもらったりね。ねえジーナ、頑張るのよ」
チェルノーラ夫人はにっこりして娘の手をとり、優しく撫でた。「ミューくんはきっと、今以上にあなたを好きになってくれるわ。女のたしなみをばかにしたお父さまが泡を吹いて倒れてしまうかもしれないわねえ。おほほ」
すっげえ強烈なキャラだったな。あれが毒親と云うやつか。
チェルノーラ夫人は、宿賃と講義代だと云って、貝貨を無造作にひとつかみテーブルへ置き、戸惑い顔のナッツァリアさんを伴って優雅に出て行った。すぐに、ナッツァリアさんだけ戻る。
「ジーナ」ナッツァリアさんは妹の傍へ跪いた。「いいか、お前は女なのだから、油断せず、きちんと身を律して、恥ずべき行動は控えるのだぞ。ファバーシウス家の方々に嫌われたらもともこもないのだから」
ジーナちゃんはかすかに頷いた。ナッツァリアさんは心配そうに続ける。「ミューくんは今回のことを本当に承知なのか?」
「……ええ、レッシュにいさま。ジーナのことは心配なさらないで下さい。ミューに気にいられるよう、精進いたしますから」
兄に対してだというのに、ジーナちゃんの口調はかたく、目をあわせもしなかった。
ナッツァリアさんは頷いて立ち上がる。「お前」
「はい」
ゆびさされた。
「妹になにかあったら、荒れ地送りにしてやるからな。肝に銘じておけ」
そう吐き捨てて、ナッツァリアさんは出て行った。