異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
俺を拝み始めたラスターラ卿をなんとか立たせ、とりあえずエヴィさんとふたりでホットレモネードをつくった。
ラスターラ家は、三百五十年くらい前に今の領地をくだされたのだが、当時は領内がレモンと栗とすももの木だらけだったそう。それらは八割がたが引っこ抜かれて売られ、土地はぶどう畑へと姿をかえた。しかし、ふたつの山だけ、レモンをそのままにしてある。拝領した当時の当主の娘が、尋常ではないレモン好きで、レモンを丸かじりするのが好きだったのだ。毎日みっつ食べていたとか。洗っただけのものをそのままがじがじと。
先祖への畏敬の念からいまだにレモンの山のままだが、最近大きな魔物が湧いたり、不審者がはいりこんだりしていて、割と真剣に、潰してりんご園にしようかと考えていたらしい。そこにレモンの活用法をこんなに沢山聴かされたら、拝みたくもなるのかもしれないな。
レモネードは賭場のお客さんや娼妓たちにふるまわれたし、レモンカードやレモンカスタードを塗りつけたクッキー、ハムのワイン蒸しレモン胡椒ソースも、おつまみとして配られた。ワインビネガーのつくりかたはラスターラ卿へ、塩レモンをつかったレシピはエヴィさんに伝えた。ついでに、おいしいヴァンショーのレシピも伝授したので、グエンくんが喜んだだろう。
俺は、疲れたので帰ることにする。ワインは白・赤それぞれ、ファルさんの選んだものを十本づつもらった。ファルさんはワインを選び出しながら、ぼそぼそと喋った。「エヴィにああまで云われたら、酒はいい加減にしないと。僕は鼻もいいから、香りだけで判断をつけられるように精進しよう」
「ファルさま」
ちょいとローブをひっぱると、ファルさんは屈んだ。
「なんだい、天の遣わした、救世主さん?」
「口淋しくなったら、エヴィさんの手を舐めたらどうですかね」
ささやくと、ファルさんはにんまりした。「それはいい。君は本当に救世主だな」
ラスターラ邸を出た。ラスターラ卿が、どうしても、というので、馬で送ってもらう。なんとラスターラ卿そのひとにだ。
馬なんてのったことがない。こわい。
厨房の外にひかれてきた馬は、体高がそこまで高くなく、大人しそうにしっぽを振っていた。ラシェジルではないみたいだ。
「レデール種ははじめて見たかい? ディファーズ以外では見ないからな」
「あ、はい」
「この子達は大人しいから、心配はいらないよ。かわりに全力疾走は嫌うけれどね」
農耕用の馬で、重いものを運んだり、畑を耕す時に活躍するそう。ラシェジルより値が安く、扱いやすく、大人しい。ただし、怪我をしたらショックで死ぬこともある。
ラスターラ卿は、うちは貧しいのでラシェジルを買うことも養うこともできないのだ、とあけすけに云った。なんと云ったらいいか解らないのではあと返す。
ラスターラ卿は軽々俺を抱え、馬の背にのせた。鞍がおしりに冷たい。
すぐにラスターラ卿も乗る。後ろから抱えられる格好になった。「ゆっくり行くから安心していい。さあ、出発だ」