異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
四月の雨亭に辿り着く。グロッシェさんが、厨房を磨き上げているところだった。
「マオさん? もう帰ってきたんですか……」
「……ジーナちゃん」
息を整えた。「具合が悪くなっちゃって。帰って、横になってもらいたいんです。ジーナちゃんのベッド、つかえる状態ですか?」
「ええ、きちんと整えています。具合が悪くなったって……?」
俺は言葉をさがしながら、急いで手を洗った。「えーと。ミューくんが来てたんです。女の子と一緒に」
それだけで、グロッシェさんは頷いた。
手鍋に牛乳をいれる。お茶っ葉を少し。ぐつぐつさせる。色が濃くなってきたら、お砂糖とバターを加え、それらが溶けたところで茶漉しでこす。
ショックを受けたり亢奮していたりする時に、へたなスパイスは逆効果だ。これでいい。
お茶ができあがった頃に、ミューくんとジーナちゃんがやってきた。ジーナちゃんは気分が悪いみたいで、口許を覆っている。ミューくんはジーナちゃんを両腕で支えていた。
フードをかぶっていないグロッシェさんが、ジーナちゃんの状態を一目見て、ミューくんの案内に立った。ジーナちゃんは顔が真っ白で、目に涙を浮かべていた。
俺も、お茶をマグへ注ぎ、トレイにのせて、三人を追う。ジーナちゃんは長期滞在なので、二階へ泊まっているのだが、グロッシェさんはジーナちゃんが階段をつかえる状態ではないと判断したよう。一階の部屋へ通していた。
ミューくんがジーナちゃんに手を貸して、ベッドへ寝かせる。「洮汰。ゆっくり呼吸して」
「ミュー、わたし、いなくなっていない?」
「ああ、はっきり見えるよ。君の手を握っているだろ?」
「ミュー……」
ジーナちゃんの目から涙が零れ落ちた。「……わたし、あの子は嫌いよ」
「解ってる。ごめんよジーナ」
「あの子は……あの子の親は……」
ジーナちゃんはうわごとみたいに繰り返して、目を瞑った。ミューくんが恢復魔法をかける。しかし結果は芳しくないのか、ミューくんの表情は険しい。
ベッドわきのテーブルへ、トレイを置いた。ミューくんがはっとしてこちらを見る。「すみません。ありがとうございます」
「ううん。ジーナちゃん、大丈夫?」
低声に低声で返す。ミューくんは小さく頭を振った。表情は、苦痛をこらえるようだった。
「俺が、マイファレット嬢と出掛けたりしたから……」
「ミューくんの意思じゃないんでしょ?」
「……それでも。ジーナが、彼女の親にまでいやがらせされてるなんて、思ってなかった。彼女を見て思い出したんだ。可哀相に」
ミューくんは跪いて、ジーナちゃんの手を両手で握りしめる。額へおしあてて、お祈りみたいにささやく。「俺が生まれたばっかりに。ごめんよジーナ。君を不幸にするつもりはないんだ」