異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
俺は、そうなんですね、と微笑んで、作業へ戻った。みんなは困惑顔で目を交わし、ぼたんを分け合って、手を洗って作業をする。
テーブルについてクッキーを包みながら、ツァリアスさんがセロベルさんと低声で喋っていた。俺の非常識さについてだろうか。
ジーナちゃんが、エプロンをつけ、手を丁寧に洗って、クッキー生地を天板へ落とす係を買って出てくれる。「ありがと。でも、疲れたならやすんでていいんだよ」
「全然疲れてないわ。……別れ際に、ミューが快復してくれたの」
そりゃ便利だ。快復魔法を巧くつかえば、過労死は起こらないのだろうか。
ぼたんがそんなにめずらしいものだったとはな。慥かに、つくるのに技術は必要だろう。でも、やってできないことではない。どうしてつくらないんだろう。
俺の疑問に答えるように、ジーナちゃんがクッキー生地をぽとぽとやりながら云った。
「マオ、小さなぼたんは、実存者のアトリビュートよ。畏れおおくて、誰も還元以外でつくろうとはしないの」
成程ね。こっちの世界では神さまに重きを置いていることを忘れていた。
ジーナちゃんは呆れたような声を出す。「でも、農芸者をあらわすお酒は、みんな隠れてつくってるわ。不思議よね?」
お茶の時間だ。今日は、ドライフルーツとナッツがたっぷりのショートブレッド(生地自体は甘くない)と、たまごたっぷりの、甘くて口のなかでほろほろ崩れるクッキー。8個づつ、お茶はおかわり自由で、銀貨一枚。持ち帰りも8個づつで、かわらず銀貨1枚だ。
それから、同じ味が2個はいった小さな包みは、エスター28個での販売。計算すれば、大きい包みでも小さい包みでも同じ値段と解る。
小さな包みは、特に独身の女性に喜ばれた。田舎からレントへ出稼ぎへ来ていて、ひとり暮らしというひとも少なくはないのだ。お茶なら友達を誘ってくれば、分けて食べられるけれど、持ち帰りがたっぷりすぎると腐らせてしまう。
注文されたセットを配っていると、お針子さん達から声をかけられた。「マーオちゃん、これいいねえ」
「あたしでも食べきれるよ-」
「あんたは大きい包みでもぺろりでしょ」
笑い声が弾けた。俺は、お買い上げありがとうございます、と頭を軽く下げる。と、お針子さんのひとりが、髪をリボンでくくっているのに気付いた。真っ赤で、つやっとした、サテンっぽいリボンだ。端に花柄の刺繍がある。
「おねえさん、そのリボンって……」
「ああこれ? ドレスつくってた時の。こうしてると解んないけど、この刺繍の下って、色が抜け落ちちゃってるの。染めむらがあるとつかえないからね。わたし達が持って帰っていいのよ」
「うちの工場長は太っ腹だからねえ。あたしも、一部引き攣れてたり、色が斑だったりで、つかえない絹地をもらったことがあるよ。切れ端だけど、工夫すれば色々つかえるから」