異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
お昼はなにごともなく過ぎて、午后になると雨脚が少しだけ弱まった。とはいえお客さんは少なくて、お昼はすぐに閑古鳥。ひまなので焼き菓子を量産した。
お茶の時間が来て、すぐくらい。ベッツィさんが倒れた。
クッキーをお皿へ盛り付けていた俺は、背後でけたたましい音がしたのに吃驚してお皿をひっくり返してしまった。アーレンセさんが、ベッツィさん、と叫び、セロベルさんとサッディレくんがとんできて、ツァリアスさんが茫然と座り込んでいる。俺も茫然だ。ベッツィさんが床の上に伸びていたから。
グロッシェさんが中庭側から這入ってきた。
「どうしました……」グロッシェさんは息をのむ。「セロベル、医師と癒し手を呼んできなさい」
「え……」
「わたし、呼んでくるわ」
ジーナちゃんが走り出ていった。グロッシェさんが指示を飛ばす。
「セロベル!しゃんとなさい。息が詰まらないようにして」
「わ。わかった。ありがとう母さん」
「お客さんに恢復魔法をつかえるひとは居ない?」
「きいてくる」
セロベルさんが食堂へ行く。アーレンセさんとサッディレくんで、ベッツィさんの体を動かし、アーレンセさんが膝枕して頭を少し高くしていた。グロッシェさんが傍らで声をかける。「ベッツィさん?」
俺はおろおろしているだけだ。なにをしたらいいやら、まったく見当もつかない。そうだ、床が冷たいだろうし、なにか敷くもの。
収納空間から毛皮のローブを出した。駈け寄る。
「これ、敷いて下さい。床が冷たい」
「ありがとうございます」
グロッシェさんは冷静で、俺からローブをうけとると、ベッツィさんの体の下へ器用にいれる。「あの……脈とか……」
「母さん、恢復魔法つかえるやつ居ねえ」
「じゃあ癒し手を連れてきて。ジーナさんが遅くなるかもしれない」
「解った」
セロベルさんが出て行った。
うーん、とベッツィさんが唸る。ツァリアスさんが涙ぐんでいた。「リジェベット……」
「大丈夫、息はしていますし、癒し手もすぐに来ます」グロッシェさんはか細いけれど力強い声で云った。「心配しないで。ここはレントです。それに時期もいいわ。今なら癒し手は沢山居ます」
「あ……そうですよね……」
「はい。だから気をしっかり持って下さい。あなたまで具合を悪くしたらもともこもないのよ」
「連れてきたわ!」
ジーナちゃんが戻ってきた。俺はそちらを見て、心の底から安堵する。
「倒れたのは彼女ですね。治療します」
ジーナちゃんに腕を掴まれていたのは、息を切らしたミューくんだった。