異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
ラフェルは重い体で壁へ凭れ、考えるでもなく考えている。しっかり考えてはいけないからやらない。でも……どこで間違ったのかが解らない。
ラフェルは、身体検査をうけた後、獄舎に放り込まれた。魔力や体力が減退する首飾りをつけられていて、動く気力はない。普通ならば失敗作だが、傭兵協会は値をつけてひきとる。ラフェルのような犯罪者の為に。
食事の回数からすると、もうふつかくらいは経っただろう。
旧トーリュス邸から、粗雑な馬車に乗せられて運ばれ、ここへついた。魔力や体力を減退させる魔法をかけられ、縄を解かれて、素裸にされて体をくまなく調べられた。調べをした傭兵ふたりの、ものを見るような目は、いやな記憶を掘り起こした。
ひげに束髪の傭兵の、驚いた声が忘れられない。あんたがねえ、と、ラフェルの腰の辺を見て云ったのが。
ラフェルは尾持ちだ。いや、尾持ちだった。昔、自分で切り取ったのだ。
癒し手にやってもらった訳ではないから、ねもとが残ってしまったし、服を脱げばはっきり解る。あの傭兵は、耳持ちから不当に搾取し続けたラフェルが実は尾持ちだった、そのことが皮肉で、驚いたのだろう。今頃、笑っているだろうか。
ラフェルは天井を見る。好きで尾持ちに生まれたのではない。好きで裁定者なのでもない。
ラフェルは、ロアとの国境近くで育った。実家は裕福だったらしい。記憶にないから、云われたことを信じている。正式に絶縁された実家の情報はひとつもない。
生まれた直後、尾持ちであるが為に、ラフェルは捨てられたのだ。
でも、まだしあわせなほうだった。実の親は気が咎めたのか、絶縁はしたし一切の関わりを絶ったけれど、かなり余裕のある家庭にラフェルを預け、金を渡していた。
養い親は優しかったし、使用人達もラフェルのことを蔑んだりはしなかった。ラフェルは尾が大きく、しかもぴんと立っている所為で、服で隠せなかったのだが、それを揶揄されたり笑われた記憶はない。
ただ、ラフェルは家の敷地から出られなかったし、養い親と使用人以外は誰とも接触しなかった。
裁定者であることは、実の親も知っている。でも捨てたのは、質問回数が0だったからだ。ラフェルは裁定者なのに質問もできない、出来損ないだった。
ラフェルはそんなこと知らなかった。なにも知らないで、のんびりしあわせに育った。
幾歳だったか、まだ幼い頃に、家庭教師がついた。
ラフェルはそのひとから文字や、魔法や、歴史や、計算を教わった。そのひとはディファーズ系で、色が白く、背が高い、金髪の、二十歳過ぎくらいの男だった。
顔立ちは覚えていない。ラフェルの記憶にあるのは、微笑んだ口許だけだ。
そのひとはラフェルを可愛がり、賢いと誉めてくれた。金の雨みたいな、細くてやわらかい髪の毛を、ラフェルは何度も触った。手触りが好きだった。
優しい口調と、甘い声と、慈しむような手付きを、覚えている。
そのひとは、ラフェルの頭を撫で、甘い声で云った。ラフェルが養い子であると。
それから、尾持ちは人間ではないと云われた。
ひとに劣る存在だと。
魔物になると脅された。
ラフェルは、なにを聴かされているのか解らなかった。優しい先生が、なにかとても酷いことを云っている、とだけ理解して、ききながした。聴かなかったことにした。
そのひとはそれからも、度々ラフェルにそういう話をした。砂糖で包まれた毒をのまされているみたいな気がした。どうしてそんな仕打ちをされるのかは理解できなかったし、ラフェルはどうしたらいいかも解らず無視し続けた。
その頃の記憶はあやふやだし、はっきりと思い出したくもない。
ラフェルは、声変わりする前にそのひとに、穢らわしい行いを強要された。
最初のほうは覚えていない。思い出せるのも断片だ。庭の繁みのなかで、忌々しい尾を引っ張られ、体を引き裂かれるみたいな痛みに歯を食いしばっていたあの瞬間。体の奥深くに注がれたなにかの感覚。その、おぞましさ、いとわしさ。
ラフェルは泣かなかったし、抵抗もしなかった。お祈りをしていた。ずっと。開拓者でも、魔術者でも、修復者でも、農芸者でも、実存者でも、なんでもいい。なんなのか解らないこの情況から救い出してほしい。苦痛をとめてほしい。
養い親に云う、とは考えなかった。人間以下の、尾持ちの、血もつながっていない者を、助けてくれるわけがない。そう思ったから。そう云われたから。
金の雨みたいな髪を触ったら、喜ばれた。
尾持ちも、耳持ちも、くずだと笑われた。
だから、人間に精々媚びを売って、満足させ続けろと。
でないと価値がない。
ラフェルはお祈りをしながら、命じられるままになんでもやった。そうしないと酷いことを云われる。耐えがたいことを。なにを云われたのか、ラフェルは今でも思い出せない。
養い親が死んだ。
ラフェルは養い親の縁者に、数日かけてどこかへ連れて行かれた。夜は同じ場所で寝させられたし、眠る前には家庭教師と同じことを望まれた。ラフェルは逆らわなかった。尾持ちは際限なしだと蔑まれた。
ラフェルは祈り続けた。
ついたのは、山の麓で、ラフェルは杣人になった。遺産はないし、ここで働けるように手配するのも大変だったと養い親の縁者は云って、ラフェルは丁寧に礼を云った。
日の出より前から山に登って、木を切り出し、筏にして川をくだる。下についたらまた山を登って、木を切り出し、筏にしてくだる。その繰り返しを日の入りまで続ける。ラフェルは体力が低かったから、鉈で枝を切り払う役割しかできなかった。たっぷり食事は出たし、杣人仲間は気のいい連中だった。
でも、例外はいる。耳持ちと尾持ちは、新入りのラフェルをいたぶった。作業中、魔物に襲われないように警護してくれる傭兵も、夜になると部屋にラフェルを呼んで、穢らわしい行いをさせた。
ラフェルが裁定者だというのは誰も知らなかったし、ラフェルも忘れていた。
杣人を続けて月日が経った。尾も耳もない、普通の、まとも人間は、ラフェルに優しい。ラフェルは仲好くなった杣人に喜んでほしくて、家庭教師に教わったことをしようとした。そういうことはよくないと諭された。でも、傭兵は喜ぶ。
杣人は、それは規約違反だと顔色を変えた。上に訴えると云った。
ふつか後から彼は居なくなって、ラフェルは混乱した。でも、彼が正しかったのか間違っていたのか、ラフェルは判断できなかった。
だから祈った。
作業中に、魔物に襲われた。傭兵が討ちもらした一匹がラフェルに飛びかかってきた。ラフェルのような、ぴんと立った尾を持つ、金色の魔物だった。
ラフェルは鉈を振った。鉈は手をすっぽ抜けて飛んでいき、魔物の脳天をかち割った。魔物は死んだ。
その夜、ラフェルは耳持ちの男に呼び出され、穢らわしい行いをさせられた。そいつは、ラフェルと幾歳も違わない、魔法をまともにつかえないやつだ。ラフェルは祈った。どうしてこんなことをさせられるのか、裁定者に訊いた。
答えが出た。
頭のなかに誰かが答えを書き込んだ。
ラフェルは知った。そいつが、自分が来る前まで、傭兵達の相手をしていたことを。
耳持ちだから、尾を落とせば人間のふりができる尾持ちを妬んでいることを。
そいつは自分より遙かに弱いことを。
ラフェルは等級が増えて、質問できるようになったのだ。
そいつの首をひねって、大人しくさせてから穢した。
ラフェルは逃げた。
日が昇ってから訊いた。
裁定者は教えてくれた。あの山は養い親のもので、縁者にとられた。あの優しい杣人は、ラフェルの身に起こっていることを訴え出た為に別の山へ移動させられて、病になった。
ラフェルが暮らした邸には、養い親の縁者が住んでいる。
ラフェルは歩き続けた。井ではただで食べものを恵んでくれるし、寝床も提供してくれる。古いものだけれど服や靴もくれる。
日にみっつの質問はすべてつかった。
ラフェルは沢山のことを知った。家庭教師は養い親の縁者が、ラフェルを痛めつける為に送り込んだ。養い親は毒で殺された。ラフェルは遺産を放棄したことになっている。彼はまだ生きている。養い親の縁者とラフェルは絶縁していない。養い親の縁者が死んだらラフェルのもとへ戻る。
質問できることは隠したほうが安全。
ラフェルは歩いた。傭兵達になぶられていた頃に、相手に気にいられる仕草や表情は身につけていた。どの井でもラフェルは快く迎えいれてもらえたし、ラフェルも優しいひとには優しさを返した。耳持ちでも女は優しいのだと知った。ラフェルの怪我を癒してくれて、古傷を見て泣いてくれた。本心からなのは、質問したから解った。
育った邸は、かわらず存在していた。這入った。養い親の縁者が居て、ラフェルに驚いていた。ラフェルはそいつにおもねった。どうやったらいいかなんて解っていた。ラフェルは裁定者だから。
ラフェルはそいつと同衾した。
ひとつきもしないでそいつは死んだ。そいつにとって、命を縮める行為だったのだ。ラフェルの養い親の財産を食い潰し、贅沢三昧をしていたそいつには。
そいつには痩せてくたびれたような妻と、十歳くらいの子どもが居た。地味な綿地の服と、すり切れたブーツに、艶のない髪をした母子だった。
緊張した面持ちだったけれど、ラフェルが山ふたつを除いてすべて渡すと云うと、母子はラフェルを拝むようにして感謝した。妻のほうは善良だ。子どもはそうでもない。
ラフェルはその子どもに穢らわしい行為を教えた。
尾持ちをいたぶる面白さを、人倫に悖った行いの味を覚えさせた。
そうすれば道を誤ると答えはでていた。
優しい杣人をラフェルは殺した。
助からない病だった。
殺してくれと云われた。
彼はラフェルを恨んでいなかった。心底から、ラフェルが養い親の遺産を手にいれたことを喜んでくれたし、死ぬ前に会いに来てくれてありがとうと本心から云ってくれた。
質問したら解った。
彼は善良すぎるくらい善良だった。
ラフェルを愛していた。
でも助からない。
助からないと答えが出た。
助けられる癒し手はディファーズにしか居ないしそれを連れてくる時間で彼は死ぬ。
方法はない。
時間に任せて死なせるか、ラフェルが殺すかだ。
彼は殺されたがった。
ラフェルは彼を喜ばせたかった。
だから殺した。
ラフェルは泣かない。
彼が感謝していたから。
最後の最後までラフェルを愛していたから。
ラフェルは何をしたらいいか解らなくなった。
普通の、まともな、ちゃんとした人間になりたかった。
尾を切った。他人に触られたくなくて、自分でやった。
入山しようかとも思ったけれどやめた。やめたほうがいいと答えが出たから。
家庭教師は死んでいた。ラフェルを破壊する為の駒でしかなかったから、その後なぶり殺しにされたのだ。ラフェルは可哀相だと思った。最後がどうだったのか、裁定者がくわしく教えてくれた。ラフェルよりもずっと酷いめにあっていた。
なにをしようか?
ラフェルは、仕返しをすると決めた。
耳持ちへの仕返しだ。
ほとんど同じ境遇でありながら、自分を虐げたやつら。尾持ちはいい。尾持ちは、ラフェルのものを盗んだり、ラフェルに仕事を押しつけたりしたけれど、触ってはこなかった。耳持ちどもは違う。ラフェルの体の奥深くまで触った。ラフェルの尊厳を踏みつけにした。ラフェルは耳持ちより劣るものにされたのだ。
耳持ちは、耳を失えば聴覚に影響が出るから、尾持ちのようにごまかせない。
ラフェルはどうしたらいいか訊いた。
商人になって金を稼げと答えが出た。
だからそうした。
等級を増やせと答えが出たらそうした。質問回数は増えていった。それはめずらしいことなのだそうだ。
だから捨てられたのだもの。
普通、裁定者の質問回数は、生まれた時からかわらないから。
耳持ちの男はなににも劣る存在だ。
虐げられたらより弱い者を虐げて憂さを晴らす。
唾棄すべきおぞましいものども。
だから痛めつけていたぶってなぶってすべてを奪ってやるのだ。
奪われたものをとりかえす、と云う認識だった。
夢に見る。自分が穢されて破壊されていくのを。
首をひねってやった耳持ちは、左右で違う色の目をしていた。
ラフェルは働いた。辛いこともあったけれど泣かなかった。彼のためにも泣かなかったのに、いつ泣けというのだろう。
人間にも耳持ちのようなやつは居た、
ラフェルはそいつらを名誉耳持ちとして、心のなかで蔑んでいた。
けものまがい、と云う言葉は嫌いだ。
自分も含まれる。
でも尾を切り落としていたから誰にも露見はしなかった。
能力証明証には書かれないことだ。
ラフェルはいろんなことを覚えた。人脈もできた。商会はラフェルの力で大きくなっていって、ラフェルは出世した。
女も男もいいよってきた。
ラフェルは、穢らわしいとしか思わなかった。
子どもなんてほしくない。もし子どもに尾があったら捨ててしまう。耳があったら挽き潰してやりたくなる。
なによりもその行為自体が、嫌悪の対象でしかない。それにラフェルは、できなかった。できなくなっていた。
耳持ちを手にいれたのは偶然だ。借金のかただと置いていった親が居た。
ラフェルは手にはいった耳持ちを穢そうと思ったけれどできなかった。だから、適当な人間を雇ってやらせた。
悪い夢みたいだった。
ラフェルはそれを見て思い出した。自分がされたこと、あの家庭教師にされたことを。
自分は先生が好きだったと思い出した。
好きだったから気持ち悪くても痛くてもこわくても我慢していた。
我慢したからって好きになってくれる訳でもやめてくれる訳でもないのに。
耳持ちは殺した。でも、もっと酷いめにあわせればよかったと悔やんだ。
耳持ちを捕まえて、立場を解らせてやった。なににも劣る、この世から消えてなくなるべき存在だと。
ラフェルは思う。どこで間違ったのか。
きっとはじめから間違っていた。
仕返したってなんにもならなかった。はじめから彼の許へ行っていれば助けられたかもしれなかったのに。
ラフェルの人生は空疎だ。耳持ちを捕まえてなぶっていたぶって、それは詰まり、耳持ちに時間を割いているということじゃないか。どうしてそんな無駄をしたのだろう。関わらなければよかったのに。
彼の名前は忘れた。思い出したくはない。彼がラフェルの今を知ったらどう思うだろう。哀しむだろうか。蔑むだろうか。嫌われるのだけはいやだ。
荒れ地に送られて、どうなるのだろう。
魔物に殺されるのだろうか。そうしたら、ラフェルの体はひからびて、いつか行についてきた還元士に見付かって還元される。
裁定者の力があれば荒れ地を抜け出せるだろう。だが、裁定者はラフェルにそっぽを向いたらしい。毒杯でない筈が、ラフェルはまけた。
べつに、どうでもいいか。
彼を殺した時にラフェルも死んだのだ。
今更ゆるされようとも思わない。
ラフェルはにっこりする。自分の手で決着をつけたい。他人の都合に振りまわされるのはごめんだ。誰にも自分の権利を侵させない。自分の時間は自分のものだ。
「裁定者。あなたがた神々は、どこに居るのですか」
答えは出た。