異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
はちみつが足りないので買いに行くというと、リッターくんがついてきてくれた。牛肉の塩ゆではジーナちゃんと、干しいちじくを買いに行っていたツァリアスさんが引き継いでくれる。ミューくんはすうすう寝息を立てて、ぐっすり寝ていた。
四月の雨亭から少し離れたところで、俺は深く呼吸する。さっきは、突然ミューくんが倒れて、吃驚した。なにが起こったのかまったく解らなかったし、今も解っていない。
「大丈夫か」
「え?」
「顔色がよくない」
リッターくんは淡々としている。「お前も還元にまきこまれたのでは?」
よく解らない。俺は頭を振る。それから云った。
「還元にまきこまれるって、なに」
リッターくんは目をぱちぱちさせてから、説明してくれる。
還元にまきこまれる。還元するつもり以外のものまで還元してしまうこと。還元事故、とも云う。
還元はものを素に戻す行為だ。生きている人間を還元することは難しいらしく、そこまでできる還元士はなかなか居ない。居ないのだが、人間のなにかを還元してしまうことがある。
「なにかって……」
「魔力ではないかと云われている。還元士の死角に居た人間が、魔力切れを起こして失神したり、稀にだが命を落とすことがある」
命を落とすって……そこまで?
リッターくんは寸の間思案げにして、続ける。「還元士の目の届くところに居れば心配ない。還元というのは、効果の出る範囲が案外おおまかだ。還元士が存在を把握していない、傍に居る人間は、その範囲にはいってしまうものらしい」
……あ、一回、低血糖になった時に、誰かが云ってなかったっけ。還元にまきこまれたのじゃないか、とか、なんとか。
「サキは少々、そそっかしいようだ」
「え?」
「このあいだも、自分の履いているくつまで還元してしまっていた」
「あ……そうなんだ」
「自分が身につけているものまで誤って還元するのは、初めて見た。還元の力が強いのもあるだろうな」
はちみつ屋さんは空いていて、すぐにはちみつを買えた。銀貨数十枚がぽんぽんやりとりされるのに、リッターくんは少しだけ訝しげだ。
お店を出て、なるたけはや歩きで四月の雨亭へ向かう。リッターくんが訊いてきた。「はちみつというのは、あんなに高いのが普通なのか」
「うん?うん、そうだよ」
「そうか……知らなかった」
ああ、ロヴィオダーリ領では沢山はちみつをつくってるんだったな。原産地ならもっと安いだろう。
「リッターくん、商会を持ってるんだよね」
「ああ。だが、扱っているのははちみつではない。蜜蝋だ。それも、国内の化粧品の商会へ卸しているだけだ」
成程、はちみつがとれるんだから蜜蝋も手にはいる。バームやクリームをつくるのにつかっているのだろう。