【本編20万字完結】カストラート 〜傾国の歌劇(オペラ)〜【幕間更新あり】
「あああぁっ!カース!カースはまだか!?どこへ行った、私の、私の天使はぁぁぁ!!」
豪奢な寝室の扉を開けた瞬間、鼻を突いたのは、鼻腔を刺すような不潔な体臭と、饐えた酒、そして――異様な薬物の匂いだった。
そこにいた教皇ユリウス6世は、かつて玉座から世界を見下ろしていた尊大で冷徹な絶対者ではなかった。
絹の寝着をはだけさせ、白髪を振り乱し、目は異様に血走っている。
ガタガタと歯を鳴らして床を這いつくばるその姿は、完全に『違法薬物の離脱症状』に狂い果てた、一匹の哀れな獣そのものだった。
僕が北部領主たちの暗殺や、実家であるトラッド家の処理に十数週間を費やしている間。
彼は唯一絶対の精神安定剤である天使が手元を離れた恐怖と、魂の渇きを癒すために強烈な薬物に手を出し、完全にすべての職務を放棄していたのだ。
さらに、その乱れた天蓋付きベッドの周囲には、恐怖に身をすくませ、涙を流す多数の幼い少年たちが侍らされていた。
ミルクティベージュの髪、華奢な体格、愛くるしい目鼻立ち――。
皆、どこか僕に似た雰囲気を感じさせる子供たちばかりだ。
音楽院の生徒だろうか、カストラートと思しき少年も数人交じっていた。
「ひいっ、ごめんなさい、ごめんなさい教皇様……っ!」
「痛いのは嫌です、お許しください、お許しください……!」
教皇は、僕という唯一無二の『最高傑作』を失った心の穴を埋めるかのように、集めさせた無垢な少年たちに対して、凄惨な性的虐待を繰り返す悍ましい異常者へと成り下がっていたのだ。
衣服を剥ぎ取られた子供たちの白皙の肌には、生々しい打撲痕や、獣に噛みちぎられたような傷がいくつも刻まれている。
『……うわぁ、最悪。児童虐待だなんて、本当に反吐が出るわね。神の代理人なんて大層な肩書きをぶら下げておきながら、中身は重度の薬物中毒患者で加虐趣味の小児性愛者。聖職者の風上にも置けないろくでなしの怪物じゃない……。カース、こんな奴のために、あなたのその綺麗な身体が汚されていたなんて……本当に許せないわ……!』
脳内で『私』が、これ以上ないほどの嫌悪と、激しい怒りを燃え上がらせて吐き捨てる。
((フッ……いいさ。もう済んだことだよ、『ミーナ』。それより、酷く哀れだと思わないかい?彼は僕の『聖歌』と違法薬物がなければ、もう自らの正気すらろくに保てないんだ。神に最も近いと言われた男が、僕という去勢された不完全な男の掌の上で、こんなにも無様に転がされているんだよ……))
衣服に染み付いた血と灰の匂いを纏ったまま、僕は冷徹な権天使の瞳で、床に這いつくばる老いた絶対者を見下ろすのだった。