電線ジャングル迷宮都市の電線はなくならない
階段を駆け下りた。
廊下を抜けた先に、ギルド本部一階の酒場。昼から営業している、冒険者の待機所。レナは走る勢いのまま扉を押した。
油と煮込みの匂い。低い天井から下がる魔石ランプ。木の床がぎい、と鳴った。
奥のテーブルに、四人。
ガロンが顔を上げた。
「あっ、レナさん!」
「ガロンさん!」
「お久しぶり、っすー!」
ミラが医学誌から目を上げた。白衣の上の防寒着。
「あら、レナさん。お元気でした?」
「は、はい!」
スライム狩り娘たちが揃って首を傾げた。
「(レナさん、ぜーはー、してるっす)」
「(目の下、くまっす、よ)」
レナは息を整えた。それからガロンを見た。
「ガロンさん、お体は、もう大丈夫、ですか」
「お、おかげさまで、っす!」
ガロンがぐっと胸を張った。
「毎日、麦雪、食べてるっすよ!」
「えっ、ほんとに、ですか」
「ほんとっす! 病院でも、食いたかったっすよー!」
そのとき。
ミラがぽつりと口を開いた。
「ふーん」
「あ……」
「私が作ったお粥じゃ、満足できなかったわけだ?」
「あっ……!いや!」
ガロンがぎょっと固まった。
「(やべえ、地雷踏んだっす)」
「(踏みましたねー)」
「ち、違うっすミラ! お粥は、すごく、美味しかったっす! 麦雪は、その、別腹、っす!」
「別腹、ね」
「別腹、っす!」
レナはぽつりと笑った。
執務室で固まっていた頬が、ふっ、と緩んだ。
(……あ)
(……笑えた)
***
レナはテーブルの上に資料の束を、ばさっと広げた。
「皆さん、ご相談があります」
「っす?」
「こほん」
レナは軽く咳払いをした。それからプレゼンモードに入った。
「では、なぜダイナモンキーの保護が必要なのか——」
「(え、急に、講義、始まったっす)」
「(レナさん、本気っすね)」
レナは魔導映像盤を抜き、写真パネルをぱっぱっと並べた。昨日、父に見せたのと同じ写真。
「一枚目。市場の通り。屋台のおじさんと、ダイナモンキーの何気ないやりとり」
「ダイナモンキーは迷宮都市の市民から愛されています。共存関係が二百年以上続いています」
「二枚目。ゴミ捨て場の家電のリサイクル。彼らは人間が捨てた家電を再利用しています」
「(リサイクル文化、って、すごい言葉っすね)」
「三枚目。電線天蓋の上の、尻尾の圧着作業」
「圧着……」と、ガロン。
「テープも、巻いてるんです」
ガロンがしばらく写真を見ていた。
「……これは、すごい。よくわかんないけど、すごいっす」
「四枚目。母モンキーと子モンキーの映像」
レナの声がわずかに震えた。けれど続けた。
「五枚目。扇風機ぐでーん。彼らは文化を持っています」
レナは結論を述べた。
「ダイナモンキーは、迷宮都市の、共生のパートナーです。彼らの生息環境を守ることは、迷宮都市の文化を守ることです」
冒険者たちがしばらく写真を見ていた。
ガロンがぽつりと言った。
「……すごい、っすね、これ」
「(ガロン、感動、しちゃってる)」
「あの、扇風機の写真、ヤバいっすよね。猿が、ぐでーんとしてる」
「あ、それ、お気に入りなんです!」
「(レナさん、目、輝いてる)」
ミラが写真を覗き込んだ。
「で、レナさん」
「はい」
「プレゼン自体は、わかったけれど」
「はい」
「私たちに、何を頼みたいの?」
「あ、はい!」
レナはぐっ、と姿勢を正した。
「街の無電線化が、進んでいます。電線が撤去されると、ダイナモンキーは、共存関係の半分を失います」
「(そりゃ、そうだな)」
「だから、ダイナモンキー用の、自前の発電設備を、作りたいんです」
「自前」
「はい。彼ら専用の、独立した電源を」
「で、その電源って、どうやって調達するっす?」
レナはノートを開いた。計算式のページ。
「迷宮都市のダイナモンキーの群れは、約千匹。五百世帯と想定して、月の消費電力が約百五十MWh。年で約一・八GWh」
「これを一つの核で賄うには、五十kW級のドラゴン亜種核が必要です」
ガロンの口が開いた。
「五十kW」
「はい」
「そんなの、どっから、調達するっす」
「民間自家電気工作物の上限は、五十kW未満です。それ以上だと、国家独占なので、民間では扱えません」
ミラが片手を挙げた。
「ちょっと待って。五十kW級って、ワイバーン核?」
「ええ、本来なら。でも流通量が、少なくて」
「……だわね」
ガロンがぐぐっ、と考えた。
「……あ、コーリュウは、どうっすか」
レナがぱっと顔を上げた。
「コーリュウ?」
「地下水路の奥にいるって、噂、っすよ。冒険者ギルドの、長期未確認モンスター一覧に、載ってる」
「氷ドラゴン系の、初期形態、ですね」
「初期型だから、出力も低いはず、っす」
レナはノートをぱらぱらめくった。素材データのページ。
「えーと、コーリュウは、進化途中のドラゴン亜種。核の出力は、四十から六十kWの範囲。個体によっては、ぎりぎり、民間枠に収まります」
「ほら! いけるっす!」
メイが目を輝かせた。
「あれっすかー! ガロン先輩が、いつも『一度、食ってみてー』って言ってる、やつっすかー」
「食ってみてーじゃ、ねえし!」
「(ガロン、ロマン枠やー)」
レナは立ち上がった。深く頭を下げた。
「皆さん、お願いです! コーリュウ討伐に、ご協力ください!」
冒険者たちが、しばらく顔を見合わせた。
ガロンが最初に口を開いた。
「……まあ、報酬、出るんなら、考える、っすね」
「報酬は、こちらがAGマギクラフトの開発費として、立て替えます」
「(おお)」
「(さすが、大企業の人や)」
「稟議書を通すのはこれからなので。通らなかったら自腹で行きます」
「なんでそこまで必死なの?」
ミラが医学誌をテーブルに置いた。
「私は医者として、行くわ。誰かが怪我したときのために」
「ありがとうございます!」
スライム狩り娘たちが同時に頷いた。
「私たちも、行くっす」
「面白そう、っす」
ガロンが最後に付け加えた。
「ただ、リーダーは、ヨナスさんに相談、っすね。あの人がいないと、こういう大きい話、動かせねえっす」
レナは頷いた。