魔王が滅ぶその日まで
序章 魔王の最期
荒れ果てた大地を、一陣の風が吹き抜ける。
砕け散った城壁。
崩れ落ちた塔。
黒煙を上げる魔王城は、長き戦いの終わりを静かに告げていた。
その最上階。
瓦礫に覆われた広間で、一人の少女が立っていた。
長く美しい赤髪は煤に汚れ、漆黒の衣は幾重にも裂けている。
肩で息をしながらも、その紅い瞳だけは、まっすぐ前を見据えていた。
少女の視線の先には、一人の青年。
世界を救うと謳われた勇者。
その剣先は、静かに少女へ向けられている。
互いに満身創痍。
もはや周囲に立つ者はいない。
長き戦争の果てに残されたのは、勇者と魔王、ただ二人だけだった。
風が止む。
勇者は剣を握り直し、ゆっくりと歩み寄る。
少女は動かなかった。
いや、動けなかったのかもしれない。
やがて勇者は、目の前まで辿り着く。
長い沈黙。
互いに何も語らない。
その静寂を破るように、勇者が剣を振るった。
銀色の刃は迷うことなく少女の胸を貫く。
鮮やかな赤が、大理石の床へ静かに零れ落ちた。
少女の身体が小さく震える。
勇者は剣を引き抜かなかった。
ただ、その瞳を見つめ続けていた。
少女はゆっくりと顔を上げる。
その表情には怒りも、憎しみも、絶望もなかった。
ただ――どこか安心したような、穏やかな笑みだけがあった。
震える唇が、小さく動く。
「……みんな、ごめんね。」
それだけだった。
少女は静かに瞳を閉じる。
力なく身体が崩れ落ちる。
世界中を恐怖に陥れた魔王フィオナは、その瞬間、静かに息を引き取った。
勇者はしばらく動かなかった。
剣を握ったまま、ただ少女を見つめ続ける。
魔王は討たれた。
世界は救われた。
そのはずだった。
それなのに、勇者の胸に広がるのは勝利の喜びではなく、言葉にできない重苦しさだった。
数日後――。
勇者は各国首脳、ギルド協和会の代表者たちが集う場で静かに告げる。
「魔王フィオナを討伐しました。」
その一言は瞬く間に世界中へ広がった。
ゼリエス帝国では建国以来最大の祝砲が鳴り響く。
シャイラング王国では人々が王都へ集まり、平和の訪れを祝福した。
宗教国アリアングランドでは大聖堂ファンファーレに祈りが捧げられる。
商業国家ルスロードでは街が祭りに包まれ、商人たちは酒を酌み交わした。
フリュートル共和国では港という港で船が汽笛を鳴らし、水平線へ歓喜の声が響き渡る。
世界は、魔王の死を祝福した。
誰もが思った。
これで平和が訪れる、と。
誰一人として知らなかった。
魔王が最後に浮かべた、あの穏やかな笑みの意味を。
そして。
あの少女が、なぜ魔王と呼ばれるようになったのかを。
――これは、一人の少女が「魔王」と呼ばれるまでの物語。