魔王が滅ぶその日まで
朝日が窓から差し込む。
眩しさに、フィオナはゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井。
昨日、この屋敷へ来たことを思い出す。
体を起こすと、同じ部屋では数人の女性が既に支度を始めていた。
「起きた?」
穏やかな声だった。
振り向くと、一人の女性が立っている。
長い白い髪。
白い瞳。
落ち着いた雰囲気をまとっていた。
「あなた、名前は?」
「……フィオナ。」
「フィオナね。」
女性は小さく頷く。
「私はエル。この屋敷のメイド長よ。」
「今日から仕事を教えるわ。」
フィオナも慌てて頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします。」
「ええ、よろしく。」
それだけ言うと、エルは部屋を出た。
「まずは朝食にしましょう。」
フィオナはその後を追いかける。
◇
食堂には、既に何人もの奴隷が集まっていた。
誰もが静かに席へ着き、朝食を食べている。
パンと温かいスープ。
決して豪華ではない。
けれど、十分な量だった。
「いただきます。」
周囲に合わせ、フィオナも小さく口にした。
食事が終わると、エルが声を掛ける。
「今日は屋敷を案内しながら、仕事を覚えてもらうわ。」
「難しいことはないから安心して。」
「……はい。」
◇
広い廊下を歩く。
窓から差し込む光が床を照らしていた。
「ここは毎日掃除をする場所よ。」
エルは棚の上を軽く指でなぞる。
「埃は少しでも残さないようにね。」
「はい。」
フィオナは頷く。
今まで覚えてきた仕事と、大きくは変わらない。
だから少しだけ安心した。
◇
廊下を歩いていると、一人の女性が向こうから歩いてきた。
長い耳。
白い肌。
柔らかな緑色の服をまとっている。
エルは立ち止まった。
「おはようございます。」
女性は小さく微笑む。
「おはよう。」
それからフィオナを見る。
「あなたも、おはよう。」
突然声を掛けられ、フィオナは少し慌てた。
「お、おはようございます。」
「ええ、おはよう。」
女性は微笑んだまま歩いていく。
その姿が見えなくなってから、エルは再び歩き始めた。
「行きましょう。」
「……はい。」
◇
書庫の前を掃除していると、奥から足音が聞こえた。
顔を上げる。
少女だった。
フィオナよりずっと年上に見える。
普通の腕で数冊の本を抱え、背中から伸びた二本の腕でも本を支えていた。
(腕が……四本。)
思わず見つめてしまう。
少女もフィオナに気付いた。
「あ、新しい子?」
「……はい。」
「私はワノリ。」
そう言って笑う。
「よろしくね。」
「……よろしく、お願いします。」
「うん。」
ワノリは四本の腕で器用に本を抱え直すと、そのまま廊下の奥へ歩いていった。
フィオナはしばらく、その後ろ姿を見送っていた。
「フィオナ。」
エルに呼ばれ、慌てて我に返る。
「はい。」
「続きをしましょう。」
「はい。」
◇
一日の仕事が終わる頃には、日が傾いていた。
掃除道具を片付けようとした時だった。
廊下の先の扉が開く。
昨日会った男が姿を見せた。
男はフィオナを見る。
「フィオナ……だったか。」
「……はい。」
「明日、時間ができたら研究室へ来なさい。」
「……はい。」
男はそれだけ言うと、踵を返して部屋へ戻っていった。
扉が静かに閉まる。
フィオナはその扉を見つめた。
(研究室……。)
何をする場所なのか。
まだ、何も知らなかった。