レン
朝ごはんを食べながら、レンはテレビを見ていました。
「今日、富士山は山開きを迎えました。」
アナウンサーがそう言うと、画面にはたくさんの人が集まり、神主さんがお祈りをしていました。
レンは首をかしげました。
「お母さん。」
「なあに?」
「山って、閉まってたの?」
お母さんは思わず笑いました。
「そう思うよね。」
「だって昨日も富士山はあったでしょ?」
「うん。」
「じゃあ、どうして今日からなの?」
お母さんはすぐには答えませんでした。
「ねえ、あとで近くのお山まで歩いてみようか。」
二人は町のはずれの小さな山へ向かいました。
道ばたにはアジサイが咲き、小川ではカエルが鳴いています。
山道の入り口まで来ても、「山開き」と書いた旗はありません。
レンは言いました。
「やっぱり、この山は山開きしないんだ。」
「そうだね。」
「じゃあ、ずっと開いてるの?」
お母さんは木々を見上げました。
「うーん……お母さんは、そうでもないと思うな。」
「え?」
「この山にも、山の時間があるから。」
レンには少し難しく聞こえました。
「山の時間?」
お母さんは歩きながら話しました。
「春になると、小鳥が巣を作るでしょう。」
レンはうなずきます。
「そのころは、なるべく静かに見守る人もいるの。」
少し歩くと、大きなクヌギの木がありました。
「秋になると、この木のどんぐりを楽しみにしている動物たちがいるよ。」
「リスとか?」
「そうだね。だから、その時期には切らないほうがいい木もあるの。」
さらに歩くと、古い石のお地蔵さんがありました。
「昔は、この山で落ち葉を集めたり、薪を作ったりする時期も決まっていたんだよ。」
「決まってたの?」
「うん。山を長く元気にしておくためにね。」
レンは足元の落ち葉を見つめました。
誰も何も言わないけれど、この山には、この山の決まりがあるのかもしれない。
そんな気がしました。
帰り道。
レンはぽつりと言いました。
「じゃあ、この山にもカレンダーがあるんだ。」
お母さんはにっこり笑いました。
「そうだね。」
「人間のカレンダーじゃなくて、山のカレンダー。」
レンは振り返って、小さな山を見ました。
風が葉っぱを揺らしています。
鳥の声が聞こえました。
山は何もしゃべりません。
でも、春も夏も秋も冬も、ちゃんと自分の時間を知っているようでした。
家へ帰ると、夕方のニュースでまた富士山が映りました。
「今日は富士山山開きの日です。」
レンは今度は首をかしげませんでした。
「お母さん。」
「なあに?」
「山が今日から開いたんじゃないんだね。」
「うん。」
「『今年もよろしくお願いします』って、人が山にあいさつする日なんだ。」
お母さんは少し驚いて、それから優しくうなずきました。
「そう思う。」
レンは窓の向こうの小さな山を見ました。
「あのお山も、今日は静かだね。」
「今日は、どんな日なんだろうね。」
レンには分かりません。
でも、山には山の時間が流れていて、人はその時間を少しだけ借りて歩かせてもらっている。
そんな気がしたのでした。