召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
最神玲、物部かすみの誕生日を祝うPart3 (イブ前編)
今年もまたこの時期がやって来た。そう、物部かすみの誕生日である。例年、と言うか実質過去2回だけだが、最神玲はかすみの誕生日を祝って来た。今年も何かお祝いしようと考えたのだが...実は5月の連休前に既に準備は終わっていた。何の準備かと言うと、M Mの慰安旅行である。折角去年はかすみの誕生日に合わせてM M初の慰安旅行が実現したので、毎年この時期に企画しようと玲は考えた。なお、今年からもう一人メンバーが加わることになった。その新メンバーである神室霊華には、4月中旬に島で開催された霊能力者の集いの時に、かすみの誕生日に合わせてM Mの慰安旅行を企画していることを伝えてあった。勿論神室霊華は二つ返事で参加することになったのだが、ではどこに行こうかとなって、玲はその時に幾つか候補を挙げた。そしてかすみと神室霊華は同じところを選んだ。そこは、
「かすみさんの名前が使われていますね。
しかも隠れたかすみさんを皆で
探し回るんですかね」
と神室霊華は笑顔になってかすみを見つめた。かすみも、
「へー、うちの名前使うなんて、
なかなかええ所とちゃう」
とこちらもご機嫌であった。では決まりだな、と言うことで、玲はその日のうちに電話しようとするもこの島は通話圏外のため何もできない。そこで島から帰宅早々に電話して予約することにした。幸い平日でかつ夏休み前のため、直ぐに予約が取れた。
さて、かすみの誕生日前日の朝を迎えた。そう、何時ものイブである。玲はリビングにエンペリアンを持って現れた。かすみは今週は料理当番のため、只今朝食準備中である。
「かすみ、おはよう。いよいよ、
今回が最後のレベルアップだよ」
と言って玲は自分の召喚エネルギーをエンペリアンに注入した。かすみとしては今すぐにでもレベルアップしたいが、先ずは朝ご飯を食べてからと言うことで、そちらを優先させた。
そしていよいよ待ちに待ったかすみの最後のレベルアップの時がやって来た。流石のかすみも今日は特に緊張しているのか、手に汗をかいている。念のためハンカチで手を拭いて、玲に一度手を握ってもらった。
「なあ、うちの召喚エネルギー覚えといてや」
と言って、玲の手を放してから、かすみは恐る恐るエンペリアンに近づいて手を触れた。すると、「ピク、ピク、ピク」と痙攣するような小刻みな振動が発生した。そしてそれが収まった時、かすみの中では何かが爆発するような、あるいは暴れているというべきか、そんな衝撃が現れた。そして、
「れ、れ、玲、う、うちどの位、あ、上がった?」
と言いながら、再び玲に両手を握ってもらった。すると、「!!」と何やら驚愕する表情が玲の顔に現れた。そして、
「おっ、おー、えー?これ、5割アップなのか?」
と何やら不思議そうなことを言い出した。え、下がったんか?と疑問に思った途端突然不安に駆られてしまったかすみだが、どうやら玲の言葉には続きがあるようで、
「いやいや、もしかして倍になったんか、これ。
そんなことあるのか?」
と玲自身も驚くようなかすみのレベルアップだったのだ。ゲームで言うところの大成功といところか。
「えっ?ば、ば、ば、倍になったん?」
と尋ねると、
「うん、そうなるな。ちなみに、
今のかすみなら地球の裏側に
余裕で往復転移が出来るよ」
と玲から言われた途端、まるで体中からエネルギーを放出するように前屈みの態勢から一気に胸を反らして喜びを爆発させたのだった。そう、サ〇ヤ人化したというべきか?その後のかすみ、いやカスはと言うと、大成功のレベルアップのお陰か始終上機嫌であった。なお、カスミの発音には気を付けるべきである。カスミのーパーにアクセントを置くと、「今日の特売品は何ですか?」となってしまい、かすみのシバキが待っている。
そしてかすみが上機嫌のまま迎えた定時の午後5時、玲とカスは社務所の戸締りをしてから自宅に戻った。そして急ぎ旅行用の着替えをしてから手荷物を持って、今回はカス主導で神室霊華の自宅に一度転移し、そこで神室霊華を伴って、玲が予め調査しておいた転移場所に皆で転移したのだった。
今年のM Mの慰安旅行先は、秋田県の田沢湖から更に奥に進んだ地図には名前の載らない小さな山間の渓谷沿いにある。そのため、指定した場所からは宿の専用車で送迎されないと辿り着くことが出来ない。そして3人が向かう宿は、
と言う所で、「時を忘れ、名を隠し、心を癒す」と言う理念の下、古き湯守一族が、外の世界から離れて湯を守り続けてきたそうだ。そして、そこは完全予約制で一日三組限定の秘湯宿として知る人ぞ知る名湯であるという。そのような温泉宿に向かうべく玲、かすみ、そして神室霊華の3人は指定場所近くに転移を済ませた。丁度時間的にその付近には人がおらず、100メートル程前方に停車している送迎用ワンボックス車が湯守霞隠に彼らを運ぶために待っている。そして玲が懐から通行手形と書かれたカードを運転手に見せると、3人を車に乗せて出発した。舗装された道を離れてから、車はゆるやかな山道を進んでいた。両脇には鬱蒼とした木立が広がり、芽吹きからひと月を経た新緑がやわらかな夕日を透かして揺れている。渓流のせせらぎが時おり窓の隙間から聞こえ、野鳥の鳴き声が響くたびに、どこか現実から少し離れたような心地がした。
「へぇー、ホンマ、秘湯って感じやね」
と最後列に陣取るかすみが感嘆をもらすと、かすみの隣に座る神室霊華は目を細め、やわらかく頷いた。時折、道端には苔むした石仏がぽつんと佇み、まるで訪問者を静かに見守るかのようだった。そして真ん中のシートに座る玲が後ろを振り返って声をかける。
「地図には載ってないけど、昔から“湯守一族”って
呼ばれてる家がこの先にあるらしいんだって。
地元の人でも場所を知らない人が多いって、
そうですよね、運転手さん?」
「んだんだ、そい通りだ。
地元のもんだって、年いった人でねば、
この辺のごどはわがんねぇもんだ」
と運転手の男性は、地元の方言でそう補足した。玲が何気なく窓を少し開けると、山の匂いと、ほんのりと硫黄を含んだ湯の香りが鼻をかすめた。車のタイヤが未舗装の砂利道を踏みしめ、やがて視界の先に、それは現れた。
とした木々の間を抜けた先に、湯守霞隠の母屋はひっそりと佇んでいた。屋根は厚いきで、深くせり出したの下には、漆黒に塗られた格子戸が並び、杉板張りの外壁は長い年月を経たような艶を帯びていた。梅雨入り前の湿気を含んだ空気の中で、建物全体がまるで森の一部であるかのように呼吸している。母屋の前には苔むした石畳の小径が続き、その両脇には季節の山野草が静かに咲いていた。うす桃色のシャクナゲ、白いドクダミの花、葉を揺らす風が、まるで客人を迎えるようにそよいでいる。
「何か、まるで昔にタイムスリップした感じやね」
とかすみが呟くと、神室霊華は言葉少なに「本当、そんな感じですね」と微笑んだ。
玄関の上には、年季の入った木彫りの看板が掲げられている。“湯守 霞隠”――墨跡のように滲むその文字が、かすかに光を受けて浮かび上がっていた。やがて宿の女将が現れ、深くお辞儀をしながら三人を迎え入れる。扉が開くと、古木の香りと共に、どこか懐かしい囲炉裏の煙がほんのりと漂い、まるで遠い記憶の奥へと導かれるような、優しい静けさが広がっていた。
母屋で一息ついたあと、宿の案内人が手灯りのを持って現れた。まだ日没には早いが、森に囲まれたこの一帯は、すでに薄紫色の影があたりを包み始めている。
「離れまでは、ちょっとだけ坂道ば
歩いでもらうことになりますけども」
そう告げられ、一行は緩やかな石段を上り始めた。両脇には手入れの行き届いた苔庭が広がり、ところどころに小さなが配されている。エゾハルゼミが「ミョーキン・ミョーキン・ケケケケ…」とその独特の鳴き声で一斉に鳴き始め、その声が山肌に反響し、あたりに不思議な静けさをもたらしていた。
「何なん、この蝉の鳴き声、
めっちゃオモロイやんか!」
とかすみは上機嫌になる。確かにこんな鳴き声の蝉は美土路神社にはいないよな、と玲も同意した。そんな中、神室霊華は、
「やはり、ここって、空気が何となくですが、
違う気がしますわね」
とそう口にしてふと立ち止まり、振り返る。木々の間から、沈みかけた太陽が黄金色の光を漏らし、彼女の黒髪の輪郭をやわらかく縁取った。かすみは、いつの間にか足を止めていた自分に気づき、小さく笑った。
「ホンマ、なんか物語の中みたいやね」
石畳をさらに進むと、小さな木の橋が現れた。橋の下には湯の川が静かに流れ、湯気がほんのりと立ちのぼっている。湯の香がふんわりと鼻をかすめ、3人は思わず顔を見合わせた。
「もう、温泉の匂い……」
と玲が呟くと、かすみは小さく頷いた。
橋を渡った先に、離れの一棟が姿を現した。それは周囲の自然に溶け込むように佇む、平屋建ての数寄屋造り。屋根は、木戸と障子を合わせた引き戸がしんと閉ざされている。控えめな明かりが室内からこぼれており、宿の名にふさわしく、まるで“霞”の中に沈むような静けさを湛えていた。軒先には細い雨樋が走り、つる草が絡まっている。戸口の横には、手書きの札が掛けられていた。
“の間”
墨で書かれたその名は、彼らの訪れを待っていたかのようだった。
「どうぞ、ゆっくりして行ってけれな」
案内人の仲居さんの言葉と共に、静かに引き戸が開かれる。中に入ると、ふわりとの香が鼻をくすぐった。目の前には、磨き込まれた木の床が夕方の光を柔らかく反射し、足元まで金色に染めている。部屋は数寄屋造りの和風建築で、柱や梁には年月を重ねた檜の美しい木目が浮かび上がっている。壁は仕上げで、優しい土色があたたかみを帯び、落ち着いた空気を醸し出していた。右手には大きな一枚ガラスの引き戸があり、その向こうには苔庭と杉の木立が広がっている。ちょうど夕日が木々の合間から差し込み、障子に映る枝葉の影がゆらりと揺れていた。
「去年行った天城山のやったっけ、
あっこも凄い趣のある良い旅館やったけど、
ここは、...旅館いうより、
何か誰かの別荘みたいやね」
かすみが感嘆の声を漏らしながら、ゆっくりと畳に上がる。畳は井草の香りがまだ残り、張り替えたばかりのもののようだ。部屋の中央には、黒漆塗りの低い座卓が据えられており、その周囲には座椅子と薄いクッションが並べられていた。すでに卓の上には、宿からの季節の和菓子と玉露の急須が用意されていて、さりげないもてなしの心が感じられる。
隣には寝室として使える和室が続いており、襖を開けると二間続きの広い空間が現れた。奥には布団がすでに敷かれ、純白のカバーと落ち着いたの掛布団がふんわりと整えられている。には手彫りの山水画が施され、天井にはほのかに明かりを滲ませる和紙の照明が吊るされていた。
「えー!あっこで3人寝るん?」
とかすみは、この場に相応しくないような大声で叫んだ。
「あら、良いではありませんか師匠。
こういう体験も楽しいですよ」
と神室霊華は楽しそうに言うが、かすみは「まあ、後で考えるわ」といやに落ち込んでしまった。そんなかすみを置いといて、神室霊華はここの雰囲気が大層気に入ったようで、
「何でしょうか...凄く完璧ですね」
と低く呟きながら、窓際に歩み寄る。彼女の黒いワンピースが光を受け、柔らかく揺れた。その視線の先には、専用の小さな露天風呂が、まだ明るい庭の一角に静かに湯気を立てていた。石組みの湯舟の表面には夕空の朱が淡く映り込んでいる。玲が窓の外を覗き込みながら、ぽつりと呟いた。
「これは、何だろう、現実を忘れそうだよな」
神室霊華は微笑んで頷いた。まるで時が緩やかにほどけていくような、不思議な安らぎが、この「霞の間」には漂っていた。