召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
美土路神社に珍客現る (第1幕)
5月末の差間見町は今日も快晴であり、時折吹いてくる風が心地よく感じられる。だが少しずつではあるが、その風に湿り気を感じるようになり、徐々にではあるが梅雨の気配を感じ出す季節でもある。そして昨年のこの時期の美土路神社は大いに参拝客で賑わっていたが、それでも梅雨時になると少しだけではあるが参拝客は減ったりした。では今年はと言うと、昨年の熱狂が少しは冷めたのか、4月から少しずつだが参拝客は減る傾向にある。そして今日の美土路神社だが、午前中に団体客が押し寄せた以外、午後からは十数人程度にまで減少していた。やがて数人程になってくると、やはりあの人は同僚の制止を振り切って長い航海に出てしまうのだった。
“まったく、かすみの奴、
どうしてこうも簡単に寝てしまうんだ?”
と同僚の物部かすみの寝顔を見ながら最神玲はぼやいてしまう。かすみのと言うべき特技、どこでも直ぐに寝てしまう、が発動中なのだ。幸い今この時間の境内には数人程の参拝客がいるだけなので、玲が独りで切り盛りしても問題はない。とその時、その中の1人の若い女性が社務所にやって来た。玲は居住まいを正して接客の準備を始めた時、「すいません、ちょっと良いですか?」と声を掛けられた。普通はここで「すいません、火除け札を下さい」とか「お守りを下さい」となるのだが、「ちょっと良いですか?」は予想をしていなかった。そのため、玲はキョトンした表情で「はいぃ?」と語尾を上げる間抜けな声で返事をしてしまった。もっとも声を掛けた女性は玲の不審な反応を気にする風もなく、
「何かですね、拝殿の下からニャアニャアと
猫の鳴き声が聞こえてくるんですよ」
と言うのだった。
ところで美土路神社の拝殿は只今リニューアル工事中である。大体7割程完成しているのだが、ほぼ毎日のように職人たちがやって来て工事を行っている。そんな工事現場の真下で、どうやら猫が1匹住み着いたらしいのだ。まあ、仕事の邪魔さえしなければ問題ないと玲は思いつつ、逆に資材の下敷きになって大怪我をすることが心配である。そこで、玲はその女性にお礼を述べて、仕事終わりに確認に行くことにした。
さて、その間かすみはと言うと、まだ航海中である。そして何時もの様に定時を迎えてから玲が
「かすみ、帰るよ!」
と声を掛けた所で漸く長い旅を終えて寄港したのだった。そして何時もの如く
「ん?もう朝ご飯なんか?」
と寝ぼけたことを尋ねて来るので、玲は、何時もの如く
「朝ご飯とっくに終わってるよ!」
と注意する。するとこれも何時もの如くかすみは寝ぼけのまま「はぁ?うち食べてへんねんけどなー」とブチ切れるが、ここで何時もの様に玲はマキザッパを召喚してかすみを一発しばく。そしてかすみは漸く寝ぼけた表情からまともな表情に戻るのだった。そして頭を摩りながら「もう、何すんねんな!」と逆切れするのだが、玲としてはかすみとこんなことをしている余裕はない。それよりも、先程の件が気になるのでかすみにそのことを伝えた。するとかすみは、
「えっ、それマジな話しなんか?
うちのことってんとちゃうやろな?」
とこちらはマキザッパを召喚して玲をシバク準備を整える。そんなかすみの不穏な挙動をスルーした玲は、そのまま社務所の戸締りをして、早速拝殿に向かうことにした。かすみも玲に無視されたことに腹を立てつつ、だが玲がそのまま拝殿に向かったので、急ぎ社務所の玄関に鍵をかけて玲の後を追った。
拝殿では、丁度職人達も帰り支度をしている所で、玲は職人に挨拶をしつつ、ここの床下に猫が住み着いているという話を聞いた事を伝えた。すると、
「うーん、俺は鳴き声何て聞いた事無いなー。
おーい、お前ら床下から猫の鳴き声
聞いた事あるか?」
「いいや、ないなー。そもそも騒がしい状況で
猫の鳴き声なんて聞こえる訳無いしな―」
と言うことで、結局誰からも証言が得られなかった。玲は職人たちにお礼を述べてから、かすみと2人で自宅に戻って行った。
「ホンマにあっこに猫がおったんやろか?」
とかすみはソファーに寝そべりながらそんなことを口にした。玲は早速帰宅後に夕飯の準備を始めていたが、
「まあ、何とも言えないけどね。
もしかして僕に知らせに来た女性は霊感が強くて、
猫の幽霊の鳴き声を聞いた、
なんてことも考えられるしね」
「それやったら、うちら直ぐに分かるやろ?」
直ぐに消えたら分からないよ、と玲は答えながら食材のカットをしていた。今晩のメニューはと焼き餃子である。どちらも本格的に作る訳ではなく、焼き餃子は冷凍しているタイプを使う。そして暫くすると神室霊華もやって来て、早速玲の手伝いをすることになった。その時かすみが、先程の猫の話を神室霊華に披露した。すると神室霊華は、
「えっ? あそこの拝殿の床下に猫ですか...
もっとも、雨をぐには大丈夫でしょうけど、
食事とかどうしているんでしょうかねー」
と猫のことが心配になったようだ。
「ほな、食後に皆で探しに行かへんか?」
とかすみが提案するので、3人はかすみの提案に従って行動することにした。
もうすっかり辺りは暗くなっており、美土路神社の街灯だけが境内を明るく照らしている。3人が拝殿に近づくと、確かに「ニャァ~」と微かだが鳴き声が聞こえた。そこでかすみがLEDライトを召喚して点けようとした時、玲が
「懐中電灯の明かりにビックリするだろうから、
こっちの方がいいよ」
と言って、かすみ曰くキモイ暗視ゴーグルを取り出して装着した。かすみも仕方なく召喚して装着し、3人はしゃがんで床下を覗き込んだ。すると、
「あっ、あっこに居てるわ!!」
とかすみが声を上げたので、かすみの指差すところを見て見ると、
「あら、本当にいましたね。
子猫ではなさそうですが、
大人の猫でもなさそうな感じですね」
と神室霊華は感想を伝えた。とりあえずかすみが、しゃがんだ状態で前進してその猫に近づくのだが、猫は驚いたのか奥に逃げてしまった。
「あーあ、もう、あいつ逃げよったで」
とかすみは外に出て来ながらそんなことをぼやいた。さてこれからどうするかだが、かすみが、
「いっそのこと、魂分離して大人しくさせてから
捕獲したらええんとちゃう?」
と提案して来た。だが
「拝殿のどこにいるか分からないし、
僕らが入り込めない所に居たら
捕まえられないよ」
と玲は懸念を伝えた。そして3人は腕組みをしながら暫しその場に佇むが、その時かすみが
「そや、玲、あんたのにくちゃん、
彼に頼まれへんか?」
どうせ同じ猫やし、と言うのだが、続けて
「いやいや、猫は猫でも、玲の場合、
猫もどきやったな。ほな、あかんか~...」
と漫才のネタのようなノリツッコミを入れて楽しんでいた。玲は憮然とした表情をするが、創成召喚に関してはかすみの方が一枚も二枚も上手であることを自覚しているので、返す言葉が出ない。だが、物は試しだということで、玲はにくたまを一匹召喚した。そしてにくたまに、拝殿の床下にいる猫を連れてきてと頼んだ。暫くすると、にくたまだけが戻って来たが、驚いたことに
「ご主人様、彼はご主人様たちが
何やら怖そうに見えたので、
出たくないと言っております」
と伝えてきたのだ。このにくたまの言葉に対し、飼い主の玲だけでなく、かすみも、そして神室霊華も驚きで目を丸くして言葉を失ってしまった。一体何が彼らを驚かせたのかと言うと、
「に、に、にくたま、き、き、君は......」
と玲は余りにも予想外な事が起こったからかしどろもどろになっているが、一度深呼吸をしてから再びにくたまに尋ねた。
「にくたま、君は猫の言葉がわかるの?」
と玲は驚きから何とか立ち直りつつ、にくたまにそのことを確認した。すると、玲の目をじっと見て「はい、わかります」と断言した。その表情は”えっ?そんなの当然でしょう”と語っているように見えた。そのとき、物静かに、いや放心状態と言うべき態度で玲とにくたまの様子を眺めていたかすみが漸く我に返り、
「え、マジ、マジ、マジ?
それ、めっちゃ、めっちゃ...」
と目を輝かせて興奮していた。そして玲から「かすみ、落ち着け!」と言われて漸く、「めっちゃ、凄ないか!!」とかすみは鼻息荒く興奮して叫んだ。何が彼女をそこまで興奮させたのかと言うと、
「動物の言葉が分かるねんで。
しかもにくちゃんは、
その言葉を日本語に
翻訳してくれるやんか」
「まさにドラちゃんの秘密道具みたいや!!」とうっとりした目でにくたまを見つめながら、再び興奮して叫び出した。そしてかすみの興奮を耳にした神室霊華は、まだ目を丸くしたままで一言「...凄い...」と上品に呟いた。そして三者三様の興奮を他所に、にくたまは玲からの指示をじっと待っていたが、玲は直ぐに
「にくたま、僕らは何もしないし、
もし困っているのであれば
力を貸すよと伝えてきて欲しいんだけど」
と言ってにくたまを送り出した。すると数分後、にくたまは一匹の猫を伴って戻って来た。その猫は見た感じ黒猫っぽい印象を与えるが、両目の虹彩はエメラルドグリーンをしており、更に赤い首輪がされている。そんな猫をかすみは「よしよし」と言いながら抱き上げた。そして
「この猫って、どっかで飼われてた猫やな」
とかすみが猫を抱き上げながら呟くが、かすみに抱き上げられた時点で人に対する警戒心を強く持たないことが分かり、どうやら人に慣れた飼い猫であることがわかる。ところで何時からここに居るのかを玲はにくたまに聞いてもらった。その結果、数日前からここに居るということが分かった。
「となると、最近どっかの家からか、
あるいは一緒に移動中に逃げ出したか、
それとも......」
と玲は言い淀むが、捨てられたか、と言いたかったようだ。尤も本人に尋ねればそれは分かる訳で、玲はにくたまに、先ず猫の名前とどうしてここに来たのかについて尋ねさせた。すると、
「名前はと言うそうです。
そしてどやうらどこかへ向かう途中で
窓から飛び出したということです」
恐らく車で移動中に窓から飛び出したということのようだ。だとすれば飼い主は猫が逃げたことに気づきそうだが、
「でも、猫の場合、確かキャリーケースに
入れられていたでしょうし、
それを後部座席に置いたまま
その蓋が開いていたりすると、
何かのタイミングで知らずに逃げ出しても
気づかないですね」
と神室霊華はそんなことを想像したりする。そしてどうやら迷子猫のおもちに聞いてもそのような答えが返って来る。とにかくこのままここで一夜を明かさせるのは気の毒なので、かすみはそのまま猫と一緒に自宅に戻ることにした。
「ねぇ、にくちゃん、おもち君
お腹空いてないか聞いてくれへん?」
と自宅に戻って来たかすみは猫を抱きながらにくたまにそう伝えた。だがにくたまは動こうとしない。そんなにくたまに対しかすみは少しイラっとしたようだが、玲が
「かすみ、みんなの召喚した
動物もそうだけどね、
にくたまは僕の指示にしか従わないよ」
と言う訳で、玲が代わりに伝えた。すると、
「はい、どうやら空腹のようです」
との答えが返って来た。だが残念ながらこの家には猫用の餌は当然置かれていない。そのとき、
「あっ、そや。コンビニで
ペットフード売ってたんちゃうか?」
とかすみはパチンと手を叩きながら誰にともなくそんなことを尋ねた。すると神室霊華が、「そう言えば、確かに何かありましたね」と言うことで、かすみは「ちょっくら買いに行ってくるわ!」と言ってどこかに転移して行った。残されたおもちは不思議そうな表情でかすみを見送ったが直ぐに神室霊華に向かって「にゃあー」と一声鳴いた。するとにくたまが、「どうやら構って欲しいようです」と言うことで、今度は神室霊華がおもちを抱き上げることにした。そして、
「あら、この子は雄ですね。それとこの毛並みは...」
と暫し猫を眺めて考えながら、「もしかして、ロシアンブルーでしょうか?」と誰にともなく尋ねた。明るい部屋の中で猫の毛並みを見ると、確かに黒ではなく灰色掛かった毛色が伺える。ただ残念ながら玲は猫の種類は分からないため、肩を竦めるだけである。そのうちかすみがレジ袋を手にして帰って来た。早速お皿に缶詰めの中身を出した所、おもちは神室霊華の腕を離れて一目散に餌に飛びついた。神室霊華は苦笑いを浮かべつつ、でも相当お腹が減っていたのだろうことを気にして、黙って餌を食べる様子を見守った。
「ホンマ、あれやな、腹ペコやったんやな。
しっかし、どこから来たんやこの子?」
とかすみもしゃがみ込んで餌を食べる様子を見守っている。それよりも神室霊華はかすみに、このおもち君はロシアンブルーではないかと尋ねた。かすみも詳しくは知らないが、確かに黒猫にしては色が薄い気がする。そしてもしそうだとすると、
「ほな、あれやな、血統書付きの
結構ええとこのお坊ちゃんとちゃう?」
とかすみが指摘するように、家の中で大事に飼われていた感じがするのだった。