召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
最神玲、動画配信者に困惑する
2月の初めのある平日の午後。この日最神玲は社務所のストーブに当りながら一人黙々と仕事をしていた。何時も一緒の物部かすみはと言うと、実は実家から呼び出されて今は不在である。そして、こんな時には何となく厄介事が舞い込んでくるのであった。
「ねえ、お兄さん、あんたが心霊眼鏡の人?」
ん?いきなり、何だこいつは?とかなり警戒をする玲。突然社務所の窓口に現れるや否や、訳の分からないことを言い出す茶髪の20代後半くらいの若い男が、手にビデオカメラを持ってそこに立っていた。それで、玲は視線をそらし、目の端でちらりと相手を確認しつつ、「何か御用ですか?」と尋ねた。すると
「だから、あんたが心霊眼鏡を
持ってるのかってことを聞いてるの」
何か不思議と言うか不快な人種に遭遇したとでも言うように、無意識に口元を歪め、不快感を隠しきれない表情を浮かべる玲。それよりも先ずは名前を名乗れよ。
「あー、俺ね。俺はタカピンと言う名の
ユーチューバー。
そんで、今はユーチューブに上げる
動画の撮影中なのよ。
撮影しても構わないよね?」
いや、誰も許可してないぞ、勝手に撮るなよ、と警告をする玲。すると
「まあ、いいじゃん。
後で編集しておくからさ。
ところで、お兄さんの名前も教えてよ」
お前がタカピンなら、俺はレイピンにしておく、とうんざりしながら答える玲。ところで、お前は何の動画を撮っているんだと尋ねると
「俺はさ、心霊系のユーチューバーで、
これでも登録者数は1000人いるんだぜ。
そんで、今回の企画は、
巷で話題になっている心霊眼鏡を
調べること何だけど、
調べてたらどうやらここの神社の宮司が
持っているってことが分かったんで、
そんでやって来た、というところ」
念のため、玲は自分は宮司ではなく神社の雑用係であること、そして自分は降霊術をやっているから、その心霊眼鏡が必要であれば降霊の依頼をしたらどうか、と提案したのである。態々1000人程度の登録者を誇るようなユーチューバーになぜ玲がこんな提案をしたのかと言うと、単に何となく面白そうだから、と言った方が良いかもしれない。実は最近の玲は、テレビ以外にちょくちょく動画を見る機会が増えており、代表的な動画サイトであるユーチューブは大のお気に入りなのだ。これは、玲もパソコンやスマホでの文字検索に慣れて来て、自分で観たい動画を探すことが出来るようになったことが大きいだろう。そして、何時かは自分でも何か動画を撮って投稿しても良いかもと思い始めていたのである。そんなときに、ユーチューバーはどうやって動画を撮って編集するのかに興味を持ったため、と言うのが彼の動機のようである。だが、ここにもしかすみが同席していたら、「なんなん、あいつ、むかつく」で一騒動起きていただろう。それはともかく、心霊眼鏡というか、玲とかすみの間では霊視グラスと言う正式名称があるので、そういう事をタカピンに伝えた。すると、
「へー、レイピンは降霊術が出来るんだ。
そしたらさ、俺が呼び出して欲しい霊を
ここに呼ぶとかできるの?」
別にここでも、どこでも、タカピンの好きなところに呼び出せるけど、任意の霊を呼び出すことはでなきいこと、そして呼び出す霊のの品を持っていることが条件になると伝えた。それと、費用は降霊術であれば、一律5万円と言うことも付け加えておいた。すると
「5万円で幽霊に会えるの?
何か胡散臭い気がしなくもないけど、
まあそれ位は全然余裕なんで、
そしたらこっちも準備するから、
準備できたらレイピンを呼んで
降霊してもらうけど、良いかい?」
と言うことで連絡先を交換して、タカピンはそのまま帰っていった。
翌日、玲のスマホにタカピンから電話があり、降霊術を行う場所として差間見町に隣接する堺町にある有名な廃屋があり、そこで行いたいとの連絡を受けた。まあ転移すれば直ぐだからと考え、仕事が午後5時に終わるから、その後でなら良いよと返事をした。さて、仕事が片付いて出掛けようかと思ったところで、かすみからのLINEが入った。どうやら、明日にはこちらに戻って来るということで、[了解 気を付けて帰って来てね]とLINEを返した。おっと堺町に行くことを忘れるところだった、と思い直し転移しようかと考えたが、「そう言えば、この神社の裏山を抜けると直接堺町に行けたんだよな」ということを思い出して、神社の敷地の外に出たところで玲のオフロードバイクを召喚して、それで行くことにした。
ところで、玲のバイクだが、実は「ト〇ロの猫バス」化した車と同様、これも魔改造して自律型にしていた。そこで、行先をバイクに伝えてハンドルを握ると、「出発します」の合図とともにバイクは動き出したのである。恐るべし玲の魔改造シリーズ。運転はバイクに任せて、後は暫し眠るではなく、実は昨日タカピンが言っていた、巷で心霊眼鏡でなく、霊視グラスが噂になっているという話、あれをどうするかを考えていた。まあ、玲が召喚術で出す代物のため、盗まれても召喚解除すれば問題ないのでセキュリティに関しては心配無用なのだが、世間からするとやはり異質な存在であることは間違いない。そこで、霊視グラスではなく、心霊眼鏡っぽい物を作れないかと考えていた。霊体は基本的に目に見えないが、その実態はエネルギー体である。そして玲が転生して来たこの世界では、熱エネルギーを感知して可視化する装置、サーモカメラを通して霊体を見ると、その部分だけ周囲とは異なる低温度を示すことがわかっている。実は、カーンの故郷ケンタリアでは既に霊体の持つこの原理は分かっており、この特性を使って作られたのが霊視グラスなのである。ただし、サーモカメラは全体を温度で色分けして表示するため、外気温が低いところで低温度の霊体を識別することはできないが、サモナルドにある特殊な鉱石を使って加工されたレンズを通すと、目にするのは温度で色分けされた情報ではなく可視光線で捉えた映像そのものなので、外気温に関係なく低温度の霊体の輪郭を捉えることが可能なのだ。ただし、あくまでも輪郭まで、である。実は霊視グラスは霊体自身の像を可視化している訳ではない。では、なぜ霊視グラスから見た霊体を「〇〇だ」と断定できるのか?それは、降霊召喚であれば、呼び出す霊体の素性は既に分かっており、それが現れたら「〇〇だ」と錯覚するだけなのだ。あるいは道端に現れる霊体に対し、降霊召喚術師が「そこに△△の霊が居ますが分かりますか」というと、霊視グラスを通してみている人はそれらしいものを錯覚して見るのである(勿論、実際の姿形をそのまま見る人もいる)。所謂、パレイドリア効果による錯覚を利用しているのが霊視グラスの正体であった。従って、サーモカメラを応用する場合でも同じ効果は得られるのだが、それはあくまでも玲のように降霊術師が居ればの話。
まあ、そんなことを考えながら玲は魔改造バイクを走らせているのであるが、やがて交差点に差し掛かった時、赤信号のため停車することになった。実は玲の魔改造バイクは所謂型であるが、同時に型でもある。前者は文字通り「自分で考えて行動する」方のことだが、後者は「自分の足で立つ」方を指す。つまり、この魔改造バイクは、停車しても倒れることなく自分で立つことが出来るのだ。ところが、地球に住む一般人からすると、2輪車でその様な現象はあってはならないことであり、もし大通りの交差点で倒れることなく立ち続けるバイクを目の前にすると、違和感どころか好奇心が勝り、確実にその動画がユーチューブにアップされて注目を浴びてしまう。そのため、交差点の赤信号で停止する場合は、バイクが「赤信号で停車します」と告げる。これを聞いた玲は、停車した時にさり気なく地面に足をついて、さも普通に停車している風を装うのであった。まあ、ちょっとした演技が必要になるのだが、ちなみに、魔改造シリーズとしてかすみのチャリも既に改造版がある。こちらも自律型かつ自立型なのだが、残念ながら電動式アシスト自転車ではないため、走行は「自力」になる点はご愛嬌という所か。そんなことを考えながら、漸く目的地である境町の郊外に建つ廃屋に到着した。
廃屋に到着した玲が驚いたのは、何やら廃屋の中が明るいことであった。実は、タカピンが既に廃屋に来て照明を含む撮影機材をセッティングしていたためなのだが、何やら大事になっているので、若干引き気味の玲であった。それでも気を取り直して、タカピンに挨拶した。
「あー、待ってたよ、レイピン。
早速降霊して欲しいんだけど、
確か所縁の物が必要と言ってたよね。
これでどうだい」
と言って玲に見せたのは、中学生や高校生が使ってそうなバリバリ財布とも呼ばれるマジックテープの財布。これが降霊したい霊の所縁の品だと言う。玲としては問題ないので、それを使って降霊召喚するのだが、その前に、
「降霊術の代金を先ず頂きますが、
宜しいですか?タカピン」
と言って、その場で5万円を頂戴した。そこで、タカピンには霊視グラスを渡しておく。「へー、これが噂の心霊眼鏡か。でも片方しかレンズがないぞ」とぼやくので、玲は何時もしている霊視グラスの説明を彼にした。そして、タカピンは霊視グラスを着用したので、玲は直ちに降霊召喚を行ったのであるが、
「おー、まじ、ここに本当に霊がいるの?」
と奇声を発しながら大はしゃぎするのである。そして、
「なー、レイピン、この霊と会話とかできるの?」
と聞かれたので、問題ないよと答えた。すると
「おい、たける。俺、覚えてるか。
高校のときにお前を可愛がってた高橋だよ」
タカピンこと高橋の言葉を聞いた玲は、何やら嫌悪感を抱いたのであるが、それを表に出さずそのまま見守ることにした。すると
「・・・た、か、は、し、
・・・、に、く、い、に、く、い」
と霊体が語ったのである。どうやら何かしらの因縁がありそうなのだが、タカピンは
「は?たける、死んじまったら何も出来んだろーが。
憎いとか言ってないでかかって来いよ!」
と霊体に挑発し始めた。どうやら、タカピンこと高橋は、このたけるという青年だった者を生前虐めていたようである。そして虐められたたけるは、自殺したか何かで命を落とした、と言うことらしい。この状況に玲ことカーンは、胸の奥底から湧き上がる怒りを感じた。だが、それを悟らせまいと、出来るだけ無表情になってタカピンの様子を見守った。だが、手のひらの中では、指先が静かに爪を掌に食い込ませていることは、誰も気づかないだろう。そしてなおもタカピンは、只管聞くに堪えない罵詈雑言を霊体となったたけるに投げつけるのだが、あろうことかタカピンは、降霊召喚門の中に足を踏み込んで霊体と化したたけるを更に挑発し始めたのであった。これを見た玲は、
「おい、そこから出ろ!」
と警告を発したが、もはや手遅れ。霊体は、待ってましたとばかりにタカピンこと高橋に襲い掛かったのである。そして、
「おい、こら、止めろ。うわー、く、く、苦しい。
だ、誰か、助けてくれ」
と悲鳴を上げた。そこで玲は、一度深呼吸して心を落ち着かせてから、勤めて冷静さを保ちつつ淡々と
「タカピン、自業自得じゃないのか。
その霊体を虐めて自殺か何かに追い込んだんだろう。
残念ながら僕の手には負えないので、
その霊体と確り向き合って、
心の底から謝罪なりした方が良いよ。
そうしないと、僕の方でも君を助けられないんだ」
とタカピンに伝えた。そして、玲はその霊体、たけるに心の底から同情するように語り掛けた。
「たけるさん、どうしたら高橋から離れることが出来ますか?」
「・・・い、の、ち」
「命と言うと、高橋の命が欲しいということですか?」
「・・・そ、う」
うーん、この男の命が欲しいとなると、それはこの男から離れないぞ、と宣言するに等しい。そうなると解決法はあるのかどうか。そうすると、あの方法を試してみるかだな、と思う玲である。
「タカピン、この霊体はあなたの命を欲してます。
もし除霊が必要であれば、
10万円を払って頂く必要があります。
勿論これは、私共M Mの正規料金です。
あるいは、どなたかお知り合いの方にお願いして
除霊して頂いても構いません。如何されますか?
ちなみに、この霊体は今直ぐあなたを
殺すようなことはしないと思いますが」
とタカピンに問いかけた。すると、
「わ、分かった、払う、払う、だから除霊してくれ」
と泣きながら玲に懇願した。分かりました、と答えた玲だが、この問題を解決する手立てがあるのだろうか?実は基本的には霊体に取り憑かれた場合、その霊体が持つ因縁などを解消するなりして、日本でいう所の成仏してもらうのだが、今回はその因縁が命であるため、この方法は使えない。そこで、一か八かであるが、霊界に行って円空に相談することを考えていたのだった。そして、
「降霊転移門召喚、術式降霊転移、召喚」
と唱えて、早速お馴染のバレル型召喚門を呼び出した。それからタカピンの背中を押して霊界に向かった。霊界に入った途端、たけるの霊体に憑りつかれたタカピンは、何も見えない、何も聞こえないこの世ならざる世界にいきなり飛び込んだことで更にパニックを起こして、遂には気絶してしまった。
「円空さん、すいませんが
お尋ねしたいことがあります」
と心の中で唱える玲である。すると
「カーンフェルト様、何か御用でしょうか?」
と前方の霧の中から僧形の円空が姿を現した。そして玲ことカーンは、
「ここにいる高橋に取り憑いている霊体ですが、
この霊体を彼から引き離すことは可能でしょうか?」
と尋ねた。すると
「はい、問題ありません。
ただし、その場合はこの男の生命力の幾分かを
霊体に与える必要がありますが、
宜しいでしょうか?」
「あー、それは問題ないです。
この男の自業自得なので、
それは止むを得ないでしょう。
それでお願いします」
と玲は言った。すると、円空は高橋と霊体のそれぞれの頭上に手をしたところ、霊体は綺麗に高橋から分離したのである。
「有難うございます、円空さん。
では、この男を元の世界に連れて行きます」
と言って、玲は降霊転移門を設置して、気絶したタカピンを引き摺って元の世界に戻って行った。暫くするとタカピンは意識を取り戻したが、最初は力が入らずぐったりして廃屋の床に寝転がっていた。これは、彼の召喚エネルギーがそもそもなく、その代わりに生命力が消費されたためである。何れにしても、生身の人間が霊界へ行くことは、まさに命がけというところであろう。
そして、漸く落ち着いたところで、タカピンは驚くべきことを口にした。
「いやー、レイピン、何のことは無かったな。
やっぱり、俺は死ぬ人間ではなかったわけだ、
ははは」
「タカピン、除霊に関する支払いは忘れてないよね」
「ん?そんな契約したっけ?
契約したなら、契約書があるはずだけど、
レイピン出してよ」
タカピンの言葉に、流石の玲も我慢の限界がきて目の奥に怒りを宿しながら、淡々とした声を保ってタカピンに伝えた。
「えっと、タカピン、
緊急だったから口約束になったけど、
もし契約自体を無効にするのであれば、
こちらとしては契約不履行と言うことで
処理するけど、それでも良いのかい?」
「はー?いやいや、
そもそも契約なんかした覚えないし、
それなら証拠出せよ!」
と言うことで、玲は三脚に建てられているビデオカメラを持って来て、タカピンに渡した。
「ほら、ここに君が話したことが記憶されているだろ」
「うん、どこに?」
と言いながら、タカピンはビデオの記録を消去し始めたのである。玲は、これは不覚であったと一瞬、動きを止めて固まる仕草をして、タカピンに対し後悔する素振りを見せたのだ。
「ほら、どこにも無いよ。そんな契約した記録が。
だ、か、ら、俺からは何も支払う義務はないの。
もし裁判起こしたいなら、どうぞご自由に。
まあ、証拠がなければ裁判以前の問題だけどな、
ははは」
全くどこまでもイラつかせる男であると思う玲であるが、実は彼には秘策があった。そこで、
「分かったよ、あ、この財布忘れるなよ」
と言って玲はたけるの財布をタカピンに投げ渡した。更に、
「もう一度言うけど、契約不履行で良いよね。
後悔しないよね」
「くどいなお前。もう一度言ったら殴るぞ」
と拳を構えたのである。そこで、玲は一言「召喚」と呟いた。するとタカピンの周りに、先程の降霊召喚門が現れ、更にたけるの霊体が姿を現したのである。そう、玲が投げ渡したたけるの財布が引き金となって。そして、たけるの霊体は、高橋を見つけるや否や素早く彼に取り憑いた。
「うわー、よせ、止めろ、おい、レイピン、助けてくれ、
悪かった、俺が悪かったから、なんとかしてくれ」
と喚き散らすのであるが、玲は
「僕は帰るから、後は自分で何とかしな」
と言ってそのまま踵を返して廃屋から去って行った。なお、玲がビデオカメラを高橋に渡したのは、彼が自分に不利になる動画を必ず消すだろうと確信しており、それを実行することで、この場に自分が居た記録も消してくれるという目算があったためである。そして、その通りにタカピンは実行したのであった。こうして玲は、何の憂いもなくその場を後にした。なお、彼の背後では、タカピンの絶叫が何時までも木霊していた。
その後、タカピンこと高橋のユーチューブは一切更新されることなく、また彼がどうなったかは不明である。