悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都の外れ。
貴族街とも王宮とも離れた場所に、
大きな石造りの建物がある。
王立魔法研究所。
夜でも灯りが消えない場所。
長い廊下の奥、
封鎖された区画。
扉には古い封印式。
許可のある者しか入れない。
その部屋の中で、
複数の魔術陣が展開していた。
円。
線。
重なった文字。
空中に浮かぶ光の板。
そこに、
夜会の記録が映っている。
研究員の一人が声を上げた。
「……ログ、再取得しました」
別の研究員がすぐに覗き込む。
「夜会最終フェーズ?」
「はい」
光の板に文字が流れる。
EVENT LOG
FINAL SOCIAL EVENT
ELIMINATION FLOW
START
少し進む。
表示が乱れる。
ERROR
文字が崩れる。
研究員が眉をひそめる。
「……おかしい」
別の研究員。
「排除イベントのログが途中で消えてます」
「消えた?」
「いえ……崩れてる」
表示が更新される。
ELIMINATION FLOW
NOT FOUND
沈黙。
誰もすぐに声を出さない。
別の魔術陣が起動する。
補正ログを呼び出す。
CORRECTION LOG
ACTIVE
ACTIVE
ACTIVE
FAIL
研究員が顔を上げる。
「補正……失敗してます」
別の者がすぐ言う。
「あり得ない」
「強制補正は通るはずだ」
「イベント固定も入ってた」
別の板に文字が出る。
FORCED FIX
EXECUTE
FAIL
空気が少し重くなる。
奥の席に座っていた上司が、
ゆっくり口を開く。
「……再計算」
短い命令。
研究員が頷く。
魔術陣がもう一つ展開する。
大きな円。
複雑な線。
夜会の構造全体が表示される。
WORLD STRUCTURE
SOCIAL SCRIPT
FACTION MAP
MARRIAGE ROUTE
全部が重なっている。
だが、
中心にヒビが入っている。
表示が出る。
STRUCTURE DAMAGE
研究員が息を呑む。
「……損傷確認」
別の研究員。
「原因不明」
さらに文字が出る。
UNKNOWN VARIABLE
一つ目。
CECILIA
二つ目。
LETICIA
少し遅れて、
三つ目。
UNKNOWN ROUTE
空気が凍る。
若い研究員が思わず言う。
「ルートが増えてます」
別の者。
「そんなはずはない」
「定義されてない」
「夜会に追加ルートはない」
上司が静かに言う。
「ログを戻せ」
巻き戻し。
夜会開始。
配置。
質問。
評価。
婚約。
排除イベント。
その直前で、
線がずれる。
分岐が増える。
ルーンが崩れる。
そして。
UNKNOWN PATH
発生。
研究員の声が震える。
「……例外です」
「想定外です」
「条件式に存在しません」
沈黙。
しばらく誰も動かない。
やがて上司が立ち上がる。
ゆっくり表示を見る。
壊れた構造。
揺れているルート。
増えた線。
そして、
二つの名前。
CECILIA
LETICIA
上司が小さく言う。
「……観測対象」
誰も答えない。
上司が続ける。
「補正は続行」
「修復も続行」
一拍。
「だが」
表示を見る。
UNKNOWN ROUTE
消えない。
上司が低く言う。
「観測を優先する」
研究員たちが顔を上げる。
上司。
「触るな」
「今はまだ」
少し間。
「観測続行」
その瞬間、
表示が切り替わる。
SYSTEM
REPAIR MODE
ACTIVE
光の線が動く。
壊れた構造を直そうとする。
だが、
一本だけ戻らない。
UNKNOWN ROUTE
そのまま光り続けていた。