悪役令嬢は世界のバグを修正する
三つに分かれた通路。
そのうちの一つを、
レティシアは迷いなく進んでいく。
残された者たちは、
その背中を見ることしかできない。
カイルは動かない。
視線だけが、
彼女の足取りを追っている。
見えていない。
床のルーンも、
流れも、
構造も。
だが。
感じている。
“ズレ”。
進めないはずの場所を、
進んでいる。
戻されるはずの位置を、
越えている。
(何かある)
それだけは確信できる。
だが、
それが何かは分からない。
カイルは、
ゆっくりと足を動かす。
視線は、
レティシアの歩いた位置に固定されている。
一歩。
――何も起きない。
わずかに、
空気が揺れる。
だが、
戻されない。
二歩。
違和感が強くなる。
踏み外せば、
何かが起こる。
そんな予感。
だが、
まだ通れる。
三歩。
視界の端が、
一瞬だけ歪む。
足が、
わずかに重くなる。
それでも。
通る。
「……っ」
カイルは息を止める。
わずかな遅れ。
ほんの数瞬の差。
レティシアと同じ位置を、
なぞるように進む。
そして、
境界を越える。
何も起きない。
通過。
後ろで、
誰かが叫ぶ。
「おい、今……!」
だが、
カイルは振り返らない。
その場に立ったまま、
足元を見る。
何も見えない。
ただの床。
だが、
確かに感じた。
“通された”。
(ギリギリ……か)
完全ではない。
余裕もない。
ほんのわずかでもズレれば、
弾かれていた。
カイルは静かに顔を上げる。
前方。
レティシアの背中。
その距離は、
数歩しかない。
だが、
決定的に違う。
彼女は、
自然に通っている。
自分は、
“許された”だけだ。
(認識されてるのは……あいつか)
言葉にはしない。
だが、
確信はある。
この構造は、
無差別ではない。
選んでいる。
そして、
今通っているのは――
“対象の近くにいるから”だ。
カイルは一歩だけ前に出る。
その瞬間。
わずかに、
空気が軋む。
足が止まる。
(……やっぱりな)
限界。
距離が離れれば、
通れない。
カイルはそれ以上進まない。
ただ、
その場で理解する。
これは技術じゃない。
力でもない。
“認証”だ。
そして。
自分はまだ、
その外にいる。