悪役令嬢は世界のバグを修正する
レティシアが掲げた手帳。
それは華美な装飾のない、落ち着いた革装丁の一冊だった。
だが、その存在だけで舞踏ホールの空気は変わる。
「日誌……?」
「ただの手帳ではないのか?」
貴族たちがざわめく。
レティシアはゆっくりと手帳を開いた。
紙の擦れる音が、静まり返ったホールに小さく響く。
彼女は言う。
「これは私の社交日誌です」
落ち着いた声。
まるで当然のことを説明するように。
「公爵家の令嬢は」
レティシアはページをめくりながら続ける。
「日々の行動を記録します」
数人の貴族が頷く。
古い家の人間なら知っている。
それは貴族教育の一つだった。
時間管理。
行動記録。
社交の履歴。
すべてを書き残す。
レティシアは一つのページで手を止めた。
「ここには」
彼女は指で行をなぞる。
「授業時間」
「面会」
「移動」
「訪問」
淡々と読み上げる。
そこには細かく、整然と文字が並んでいた。
まるで帳簿のような正確さだった。
「学園での一日は」
「すべて記録されています」
レティシアは顔を上げる。
そして、カイルを見る。
「カイル様」
彼女は静かに言った。
「あなたは先ほど」
「私がリリア様へ暴言を吐いたと証言しましたね」
カイルが頷く。
「そうだ」
レティシアは日誌を軽く持ち上げた。
「その日」
「その時間」
彼女はページを示す。
「私は図書塔の授業に出席していました」
ざわっ――
舞踏ホールが揺れる。
レティシアは続ける。
「魔法史の講義」
「担当教師――エルドリック教授」
彼女はページの端を指した。
そこには、小さな署名があった。
授業出席の確認印。
教師の署名。
つまり。
公的な記録。
「証明はここにあります」
静かな声。
だがその言葉は重かった。
暴言があったとされる時間。
その時。
レティシアは
別の場所にいた。
それも、
教師の証明付きで。
ざわざわと貴族たちが騒ぎ始める。
「待て……」
「では暴言は?」
「時間が合わない……」
令嬢の一人が呟く。
「証言と……違う」
舞踏ホールの空気が、大きく揺れ始めていた。