悪役令嬢は世界のバグを修正する
裏通路の空気は冷えていた。
夜露を含んだ石壁が、
わずかに湿っている。
人気のない場所ほど、
学園は本来の無機質さを見せる。
カイルは足を止め、
事故現場の外縁にしゃがみ込んだ。
昼間の騒ぎは終わり、
修復も済んでいる。
床の術式は磨き直され、
継ぎ目すら目立たない。
見た目だけなら、
何も起きていない場所だった。
だが、
彼は表面を信じない。
指先で床石をなぞる。
魔力の残り香。
人には分からないほど薄い、
流れの癖。
それを、
拾い上げるように読む。
最初の乱れは自然だった。
循環結界の一部が揺らぎ、
負荷が偏り、
局所的に歪みが生じる。
そこまでは、
事故として成立する。
だが――
その先が違う。
乱れた流れが、
ある地点で急に方向を変えている。
崩れるはずの力が、
一つの線へまとめ直されていた。
散るはずの圧力が、
一点へ誘導されていた。
しかも、
不自然なほど滑らかに。
(これ……)
カイルの目が細くなる。
さらに辿る。
自然な乱流と、
後から整えられた流れ。
その境目は、
わずかに温度が違うように感じられた。
継ぎ足された痕跡。
途中から、
別の手が入っている。
(……途中で差し込まれてる)
確信だった。
最初から組まれた現象じゃない。
途中で介入し、
結果だけを変えている。
事故に見えるように、
進行先だけを書き換える。
それは偶発ではなく、
意図の仕事だ。
カイルは立ち上がり、
静かに息を吐く。
誰かが、
崩れかけた現象を利用した。
いや、
崩れかけることまで見越して、
そこへ手を差し込んだのかもしれない。
どちらにせよ、
結論は同じだった。
(事故じゃない)
冷えた声が、
胸の内で響く。
教師たちは慌て、
生徒たちは怯え、
誰もが偶然の災難だと思っていた。
だが違う。
あれは、
誰かの都合で起こされた。
(仕組まれてる)
その言葉が、
最後の鍵になる。
誰がやったかまでは、
まだ断定できない。
けれど、
こんな真似ができる相手は限られている。
学園内部の人間ではない。
ただの魔導師でもない。
もっと大きな権限を持ち、
失敗しても揉み消せる立場。
カイルは暗い空を見上げた。
「面倒なのに絡まれたな」
軽く笑う。
だがその目は、
次に動く相手を見据えていた。