悪役令嬢は世界のバグを修正する
「中央集権化ですな」
その一言で空気が傾いた直後、
別の席から滑らかに声が続いた。
年嵩の貴族。
先ほどまで沈黙していた男が、
まるで補足するかのように口を開く。
「となれば――」
ゆっくりと杯を置き、
指先を揃える。
「市場統制は混乱を招くでしょうな」
一瞬、
言葉の意味が掴めなかった者もいた。
だが次の瞬間、
その“違和感”が静かに広がる。
統制。
誰も、
その言葉を使っていない。
レティシアは、
流れを“戻す”と言った。
止めているものを外す。
それだけの話だったはずだ。
だが今、
話の前提がすり替わっている。
「流通をいじるというのは、すなわち統制です」
男は穏やかに続ける。
「市場は繊細な均衡で成り立っている」
「そこに外部から手を入れれば――」
軽く首を振る。
「混乱は避けられない」
数人が頷く。
“統制は危険だ”
その前提に、
自然に同意が生まれる。
だがその前提自体が、
いつの間にか置き換えられている。
解放の話が、
統制の話へ。
流れを戻す提案が、
流れを支配する提案へ。
レティシアの視界に、
警告が浮かぶ。
ARGUMENT BASE
SHIFTED
ORIGINAL INTENT
LOST
議論の土台が、
ずれている。
このまま続けば、
何を言っても届かない。
前提が違うままでは、
結論も変わる。
カイルが小さく呟く。
「……話すり替えてやがる」
だが、
その声は小さい。
円卓の上ではすでに、
新しい前提が“当たり前”になり始めている。
誰も明確に指摘しない限り、
このまま進む。
間違った土台の上で、
正しそうな結論が積み上がっていく。
それが、
最も厄介な形の敗北だった。