悪役令嬢は世界のバグを修正する
均衡の上に乗った議論に、
別の声が割り込む。
椅子に深く腰掛けたまま、
ゆっくりと口を開いたのは――王弟だった。
「……随分と都合のいい話だな」
軽く笑う。
だが、
その目は笑っていない。
「流れを戻す、か」
言葉をなぞるように繰り返し、
わずかに肩をすくめる。
「それを、何と呼ぶかは自由だが――」
一拍。
「中央集権化と言うのではないのか?」
空気が変わる。
言い換え。
だが、
意味は大きく変わる。
“流れを通す”は、
“権力を集める”へと変換された。
王弟は続ける。
「流通の要所に手を入れる」
「許可制を緩める」
「資源を再配分する」
指を折りながら並べる。
「それはつまり、誰が握る?」
問いではない。
答えは決まっている。
「王家だろう」
断定。
その瞬間、
議論の軸がずれる。
内容から、
構造へ。
構造から、
権力へ。
王弟の隣に座る顧問が、
静かに言葉を継ぐ。
「地方の反発は避けられません」
落ち着いた声。
だが、
その言葉は慎重派とは違う意味を持つ。
「自らの流通を奪われると受け取るでしょう」
「それを抑えるには、さらなる統制が必要になる」
「結果として――」
視線がゆっくりと王へ向く。
「不安定化を招きます」
結論は、
すでに用意されている。
改革=不安定化。
その図式を、
静かに置く。
王弟は軽く頷き、
さらに言葉を重ねる。
「そもそも、原因は何だ?」
誰も答えない。
だが、
彼は構わず続ける。
「神殿事件だ」
断言。
「秩序が乱れた結果、混乱が起きている」
「ならば、必要なのは回復だろう」
「余計な“改革”ではなくな」
言葉は穏やかだ。
だが、
方向は明確だ。
変えるな。
戻せ。
それが、
彼らの立場。
そして――
王弟は、わずかに口角を上げた。
「……それに」
ここで、
初めて“名前”に触れる。
「その案を出したのは、誰だったか」
視線が、
卓の上を滑る。
誰もが理解している。
だが、
あえて言う。
「神殿の騒動を起こした少女だ」
静かに、
置く。
「内部の者ではない」
「系譜もない」
「責任も負わぬ立場だ」
一つずつ、
切り分ける。
「そのような者に、国の流れを任せるのか?」
問いの形。
だが、
実際は違う。
結論の誘導だ。
議論の軸が、
完全に変わる。
何が正しいかではない。
誰が言ったか。
信頼できるか。
危険ではないか。
顧問が静かに補足する。
「異端、という評価もありますな」
小さく、
しかし確実に刺す。
室内の空気が、
わずかに冷える。
それまでの議論が、
別の色を帯びる。
改革かどうかではない。
受け入れてよい存在かどうか。
その問題へと、
すり替わる。
王弟は背もたれに体を預け、
言葉を締めた。
「不安定な時期に、不安定な手段を取る」
「それを、賢明とは言わん」
静かな声。
だが、
その余韻は重い。
沈黙が落ちる。
今度の沈黙は、
はっきりと色を持っていた。
警戒。
疑念。
そして――
排除。
議論は、
もう単純な政策の話ではない。
“誰を信じるか”という、
別の戦場に移っていた。