悪役令嬢は世界のバグを修正する
カイルの沈黙が、
舞踏ホールに重く落ちた。
先ほどまで威勢よく並べられていた証言。
しかし今、
その一つが崩れた。
人々の視線は自然と次の人物へ向かう。
騎士家の子息――レオン。
彼は背筋を伸ばして立っていた。
だがその顔は、先ほどまでの自信を失っている。
レティシアがゆっくりと視線を向けた。
「レオン様」
静かな声。
しかし逃げ場はない。
レオンはわずかに顎を引いた。
「……何でしょう」
レティシアは淡々と言う。
「あなたは証言しました」
「階段事件のとき」
「私が近くにいたと」
舞踏ホールが静まる。
貴族たちが耳を傾ける。
レオンは小さく頷いた。
「……その通りです」
レティシアは続けた。
「つまり」
わずかな沈黙。
「あなたは」
「私が“近くにいた”のを見ただけ」
レオンの眉がわずかに動く。
レティシアはそのまま言葉を落とした。
「突き落とした瞬間を」
「見たわけではない」
沈黙。
その沈黙は、
答えより雄弁だった。
レオンは口を開く。
だが、
言葉が出ない。
舞踏ホールにざわめきが広がる。
「つまり……」
「見ていない?」
「ただ近くにいただけ?」
貴族たちが顔を見合わせる。
騎士階級の貴族の一人が、
低い声で言った。
「軽率だ」
その言葉は鋭かった。
「騎士家の人間が」
「確認もせずに罪を断じるとは」
別の騎士貴族も頷く。
「名誉を軽く扱うな」
騎士にとって名誉は命。
その場の空気が冷たくなる。
レオンの顔色が変わる。
彼は理解していた。
これは単なる失言ではない。
騎士としての信用を失う行為。
周囲の視線が痛い。
先ほどまで味方だった空気が、
今は完全に敵へ変わっている。
レオンは拳を握った。
しかし、
もう言い返す言葉はなかった。
舞踏ホールの中央では、
レティシアが変わらず静かに立っていた。