悪役令嬢は世界のバグを修正する
ワルツが終わりに近づき、旋律がゆっくりと落ち着いていく。
アルフォンスが軽く礼をすると、レティシアも優雅にスカートの裾をつまみ、礼を返した。
拍手が起こる。
王太子と婚約者のダンス。
社交界において、それは儀礼のようなものだ。
だがその拍手も、どこか表面的だった。
レティシアはアルフォンスと別れ、静かに舞踏ホールの端へ歩く。
その途中で、ふと耳に入った声があった。
若い令嬢たちの会話だ。
扇子で口元を隠しながら、楽しそうに囁き合っている。
「聞いた?」
ひそひそとした声。
別の令嬢が、興味津々といった様子で身を乗り出す。
「ええ、もちろん。今日らしいわよ」
「本当?」
「ついに――」
ほんの少しの間。
言葉が区切られる。
そして、小さく笑いながら告げられた。
「断罪」
その言葉が、空気の中に落ちた。
レティシアの足が、一瞬だけ止まる。
だが次の瞬間には、何事もなかったかのように歩き続けていた。
令嬢たちは、彼女に気づいていない。
むしろ気づいていたとしても、気にしなかったのかもしれない。
「やっとなのね」
「王太子殿下も我慢していたのよ」
「平民のあの子、可哀想だったもの」
くすくすと笑う声。
興奮したような囁き。
まるで劇の幕開けを待つ観客のようだった。
レティシアは静かにグラスを手に取り、果実酒を少しだけ口に含む。
甘い香りが広がる。
その間にも、令嬢たちの噂話は続いていた。
「公開でやるらしいわよ」
「まあ、舞踏会で?」
「そりゃそうでしょう。皆が見ているところでないと意味がないもの」
レティシアはグラスを軽く傾けながら、窓の外へ視線を向けた。
夜空は静かだった。
しかし舞踏ホールの中では、別の嵐が近づいている。
――断罪。
その言葉を、彼女はもう一度心の中で繰り返す。
驚きはない。
怒りもない。
ただ、状況がはっきりしただけだ。
なるほど。
どうやら今夜の舞踏会は、
ただの社交の場ではないらしい。