7/6再開《音楽xSFxファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~最強の力は絆の中に。人類に裏切られた天才軍師の俺は六竜姫の激情を調律し和音を奏でて覇道を往く~5サイト33KPV
「王立・竜の子学園」の子供たちが寝静まった深夜。
王城の地下深く、厳重に封印された「特別解析室」には、重苦しい沈黙が漂っていた。
部屋の中央にある解剖台には、ウィンドランナーとゼファーが国境付近で回収した「謎の残骸」が鎮座している。
それは一見すると魔獣の死骸のようだが、断面からは血ではなく、青白い燐光を放つ液体が滲み出し、骨格は金属とも結晶ともつかない未知の物質で構成されていた。
「……結論から言おう。これは『生物』じゃねえ」
沈黙を破ったのは、技術の側妃ボルタ・アイアンハンドだった。彼女はゴーグルを外し、眉間に深い皺を寄せて呻いた。
「ドワーフの鍛冶技術、錬金術、あらゆる知識を総動員しても、この素材の精製法が分からねえ。硬度はオリハルコン以上、なのに重量は羽毛より軽い。……こんなモン、この世界の鍛冶場じゃ作れねえよ」
「同感です。構成術式も、我々の知る魔術体系とは根本的に異なります」
隣で解析魔法を展開していた技術統括のアウラが、無機質な声で補足する。
そのアウラの横で、数式が浮かぶ魔導書を高速でめくっていた女性――知識の側妃イリス・アルゴリズムが、冷徹な声で断定した。
「……ええ。エルフ族の『大図書館』にあるどの魔法体系とも一致しません。マナの循環が異常なほど『効率的』すぎます。自然界の揺らぎや感情といった不確定要素を完全に排除した、純粋な『演算』の産物……。これは魔法というより、『プログラム』に近い」
イリスの指摘に、学術顧問のエルダー・ソフスが古びた書物を閉じながら頷く。
「ふむ……。古の記録にも、このような存在の記述はない」
さらに、その隣で、同様に解析を進めていた古竜オーディンも、険しい表情で腕を組んだ。
「うむ。古代文明のとも違うな。あれはもっと泥臭い、人の執念のようなものを感じるが……こいつには、それがない。ただひたすらに『機能』だけが存在しておる」
「左様。長き時を生きる我ら竜族の記憶にも、これほど『無機質な敵意』は存在しなかった。……ソフス殿の言う通り、これは我々の知るの外にあるモノでしょう」
ヒカルは腕を組み、その異様な物体を見つめた。
(生物でもない、古代兵器でもない。……なら、こいつは何だ?)
彼の「戦場の視覚化」ですら、この物体からは「虚無」しか読み取れない。BPI(戦闘力指数)が表示されないのだ。強すぎるからではない。測定すべき「生命力」や「闘気」が存在しないからだ。
◇◆◇◆◇
そこに、扉が開く音がした。
「お待たせしました、ヒカル様」
入室してきたのは、純白の調和聖女ルーナに連れられた二人の女性だった。
一人は、元聖女候補であり現在は信仰の側妃であるシルヴィア。
もう一人は、旧ドラゴンスレイヤー教団の元聖女であり、現在は新秩序の精神的支柱として民衆を導く聖女クラリスだ。
「夜分にすまない、クラリス、シルヴィア。どうしても、信仰の観点からの意見が聞きたかったんだ」
ヒカルが声をかけると、クラリスは静かに首を振った。
「いいえ。……私たちも、胸騒ぎがしておりました。都の空気が、微かに……けれど確実に、軋んでいるような気がして」
クラリスとシルヴィアは、残骸の前に歩み寄った。
二人は顔を見合わせ、意を決したようにその物体に手をかざした。
「……!」
瞬間、二人の顔色が蒼白になり、パッと手を離した。
シルヴィアが口元を押さえ、後ずさる。
「こ、これは……!」
「どうした、シルヴィア?」
「……『神聖』です。ですが、私たちが知る慈愛の光ではありません」
「『神聖』? なんだ、それは?」
ヒカルの問いに、シルヴィアが震える声で告げる。
「冷たく、一方的で、拒絶的な……『断罪』のみを目的とした光。祈りも、願いも、一切届かない……絶対的な『壁』のような気配です」
クラリスが、悲痛な面持ちで続けた。
「ヒカル様。かつて教団が崇めていた『神』……いえ、教典の奥深くに封印されていた『原初の審判者』の記述に酷似しています。愛なき正義、情なき秩序。……これは、生命を育む神ではなく、生命を『管理』するためのシステムの一部かもしれません」
「管理……システム……」
ヒカルがその言葉を反芻する。
それは、魔王軍との戦いで感じた「憎悪」や「恐怖」とは全く質の異なる、「無関心な敵意」だった。
「……やはり、そうか」
部屋の隅にある影から、深淵の孤高竜姫ヴァルキリアが姿を現した。その傍らには、漆黒の工作師シェイドも控えている。
「契約者よ。私の『闇の特務機関』が収集した情報とも合致する」
シェイドが報告書を広げた。
「各地で類似の『ノイズ』が観測されています。通商連合のウィンドランナー殿からも、『商路の特定ポイントで、風が不自然に凪ぐ現象が起きている』と報告がありました」
「風が凪ぐ……?」
「ええ。魔法的な結界や天候操作ではありません。まるで、そこの空間だけデータが欠落したかのように、世界から切り離されている……そんな『バグ』のような現象です」
「セフィラ様も、最近『空が低い気がする』と仰っていました」
ゼファーが窓の外、星の見えない夜空を見上げて呟く。
「彼女の勘は馬鹿にできません。空の彼方から、何かが我々を『見下ろしている』のかもしれません」
「……つまり、こういうことでしょうか」
政治の側妃レオーネが、扇子を閉じて鋭い指摘をする。
「魔王軍が滅び、私たちが世界を統一したことで、世界の『容量』が限界に達した。あるいは……『管理者』にとって、私たちの存在が『想定外のエラー』と判断された」
室内に、重苦しい沈黙が落ちた。
平和な日常の裏側で、世界の根幹に関わる何かが動き出している。
それは、国同士の戦争や魔王との決戦といったレベルを超えた、上位存在からの介入だった。
「……ふざけた話だ」
ヒカルが静かに怒りを滲ませた。
「俺たちが必死に守り、育ててきたこの世界を……エラー扱いだと? バグだから消去する、とでも言うのか?」
「ヒカル様……」
ルーナが心配そうに寄り添う。
ヒカルは深呼吸をして、全員を見渡した。
「……みんな、聞いてくれ。これはまだ推測の域を出ない。だが、最悪の事態を想定して動く必要がある」
ヒカルは矢継ぎ早に指示を出した。
「アウラ、ソフス、オーディン、ボルタ、イリス。この残骸の解析を最優先で進めろ。特に『動力源』と『通信機能』の有無だ。もしこいつが端末なら、本体へデータを送っている可能性がある」
「了解だ! 徹底的にバラしてやるよ!」(ボルタ)
「承知しました。論理の深淵を覗いてみましょう」(イリス)
「ヴァルキリア、シェイド、ゼファー。国内の『ノイズ』の発生源を特定し、監視体制を敷け。ただし、接触は厳禁だ。相手の戦力が未知数すぎる」
「フン……。影の領分を侵す者は、神とて許しはしない」
「御意。風に乗せて網を張ります」
「レオーネ、アクア。国民に動揺を与えないよう、情報統制を頼む。ただし、リヒターやレオナルドたちトップ層には情報を共有し、有事に備えさせろ」
「心得ました。政治的な防波堤は私たちが築きます」
「そして、クラリス、シルヴィア、ルーナ」
ヒカルは、不安げな表情の聖女たちに向き直った。
「お前たちの『祈り』が、最後の防壁になるかもしれない。もし相手が『神』を名乗るなら、それに対抗できるのは『人の意志』という名の信仰だけだ。……頼めるか?」
クラリスは、かつて姉アリアが持っていたような、しかしそれ以上に芯の強い瞳で頷いた。
「はい。私の信仰は、もう盲目的なものではありません。ヒカル様が示した『優しさ』こそが、人が人らしくあるための真理。……それを否定する神ならば、私はその神を否定します」
「私もです。ヒカル様の守る世界のために、祈りを捧げます」
シルヴィアも力強く杖を握りしめた。
◇◆◇◆◇
会議が終わり、解散した後。
ヒカルは一人、解剖台の上の残骸を見つめていた。
無機質なその物体は、まるで世界の終わりを告げる時計の針のように見えた。
「……神様か。随分と性格の悪い相手らしいな」
ヒカルは呟き、自分の手を握りしめた。
その手には、子供たちの温もりと、妻たちの愛の記憶が刻まれている。
「上等だ。俺たちの『』がどれだけしぶといか、思い知らせてやる」
窓の外では、白み始めた空に、一筋の流星が走った。
それは願いを叶える星か、それとも破滅の予兆か。
嵐の前の静けさの中、物語は最終章へと加速していく。
【第146話につづく】