7/6再開《音楽xSFxファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~最強の力は絆の中に。人類に裏切られた天才軍師の俺は六竜姫の激情を調律し和音を奏でて覇道を往く~5サイト33KPV
炎と水の試練を突破したヒカルたちを待っていたのは、すべてが茶色い岩盤で構成された、重苦しい回廊だった。
空間そのものが粘性を持ち、ヒカルたちの動きは極端に鈍る。重力が不規則に増減し、誰もが身体の質量を十倍にされたかのような、息苦しさを感じていた。
「くっ……何だ、この重さは! 形態発動している俺でさえ、まともに動けないぞ!」
ヒカルが呻く。右腕の竜鱗が、重圧に耐えきれずに軋みを上げる。
その回廊の中央に、根源的な力を持つ存在が静かに立っていた。
磐石の守護龍テラと瓜二つの姿。全身を岩の結晶のような鎧が覆い、その瞳は、テラの母性的な優しさとは真逆の、冷徹な「無価値」を映していた。
土の熾天使『|セラフィム・テラ《Seraphim Terra》』。
「あらあら……わらわと、そっくりね」
テラが呆然としたように呟く。その顔には、怒りや嫌悪ではなく、悲しみが滲んでいた。
彼女の愛は「献身」と「守護」。その愛を「無価値」と断じる存在が、自分と同じ顔をしているという現実に、テラの心が軋む。
『フン。神も随分と容赦がない。テラ王妃よ。貴様が最も恐れる「自己の存在の無価値化」を、目の前に突きつけるとはな』
カインの声が、テラの心を抉る。
「排除。排除。不安定ナ、質量ヲ、無価値ニ」
セラフィム・テラが手をかざすと、回廊全体の重力が臨界点に達した。ヒカルたちの全身から、骨が砕けるような悲鳴が上がる。
「うぐっ……! テラ! 防御を頼む!」
ヒカルが叫ぶが、テラの動きは鈍い。
テラの背後、司令部を見据えていたアクアが、その重圧に顔を歪めた。
「炎、水と、順調に来ましたが……あと四体、この神の力に、私たちのユニゾンがどこまで耐えられるか。計算が、計算が追いつきませんわ……!」
アクアの冷静な声に、初めて感情的な弱音が混じった。未知の脅威に対する論理的な予測が、彼女の心を恐怖で蝕んでいたのだ。アクアの隣に立っていた後方戦略総司令官のシエルが、冷徹な視線を向けた。
「アクア様。感情的なエラーは、司令官の職務放棄を意味しますわ」
シエルの声は、氷点下の厳しさを持っていた。かつてアクアの教育係として、彼女に「理性」を叩き込んだ頃のように。
「王の隣でそのような弱音を吐くことは、論理的に、王の心に最大の不安を植え付けます。貴女の理性は、王の愛を護る盾です。その盾に『不安』というノイズを混入させることを、誰よりも嫌うのは、貴女自身のはずです! 私はそのように貴方をお育てしたつもりはございません。」
アクアはハッとして顔を上げた。シエルの瞳にあるのは、冷たさではなく、かつての教え子を信じる強い光だった。
「……ごめんなさい、でも、ありがとう、シエル。一瞬、計算式に感情が混ざりました。私は、王の盾! 論理を、感情の鎖とはしないわ!」
アクアは眼鏡を押し上げ、再び毅然とした表情に戻る。
そのやり取りを、船上で待機していた男たちが戦慄しながら聞いていた。
爆炎龍将軍フレアは、シエルの容赦ない叱責に胸を締め付けられたと同時に、背筋が凍るのを感じた。
「……相変わらず、シエル殿は厳しい。王妃様相手でも一歩も引かんとは。……シリウス、見たか? あれが俺たちの家の『影の支配者』だ。絶対に怒らせてはいかんぞ」
フレアは低い声で息子に囁く。
シリウスもまた、顔を引きつらせて何度も頷いていた。
「はい、父上。母上を怒らせたらいけない。母上の理性が壊れたら、誰にも止められないからな……。肝に銘じます」
二人の男たちは、神の脅威よりも身近な恐怖に震え上がり、固く剣を握りしめた。
その様子を横で見ていた皇女ノア(炎)が、瞳をキラキラさせて言った。
「かっこいい……! 私も大きくなったら、シエル様みたいにビシッと言えるようになりたいな!」
シリウスは、その言葉を聞いて血の気が引いた。
「や、やめてくれノア様! それだけは勘弁してくれ! 僕の精神が持たない!」
シリウスの必死の懇願に、ノアはきょとんと首を傾げるだけだった。
『無駄よ。貴様の献身など、脆い。お前が一人を救う間に、数万が死ぬ。貴様の愛は、自己犠牲に酔いしれる、単なる「無価値な感情」にすぎない』
セラフィム・テラの無機質な言葉が、テラの耳元で響く。
テラが愛の根幹とする「献身」は、「私が誰かを守らねばならない」という自己犠牲の裏返しだ。自己犠牲の愛は、最も強靭な防御を生むが、同時に「自己の無価値化」という最大の精神的脆弱性をも内包する。
「違うわ……わらわの愛は、無価値ではない……!」
テラは、全身の魔力を、ヒカルではなく、自己の防御に集中せざるを得なかった。重力という純粋な物理法則の前で、彼女の献身は「自己防衛」へと退行する。
◇◆◇◆◇
第1波:(ユニゾン)
「テラが動けない! ヴァルキリア、ルーナ! ユニゾンでテラの防御を支える! 娘たちも加われ!」
ヒカルの叫びが響く。テラの防御が完全に崩壊する前に、ユニゾンでテラを「救出」しなければならない。
ユニゾン参加メンバーは、ルーナ(光)、ヴァルキリア(闇)、ソイル(土)、ノア(炎)、シズク(水)、ミスティ(闇)だ。
ルーナとヴァルキリアが前に出る。光と闇という対極の属性が、初めて一つの目的のために融合する。
「ヴァルキリア姉さま! 私の光を、あなたの闇で包み込み、テラ姉さまの防御へ転化させて!」(ルーナ)
「フン。契約者の命に代えても、この無様な光景を長引かせるわけにはいかないな」(ヴァルキリア)
さらに、娘たちも加わる。ソイル、シズク、ノア、ミスティが、ルーナの調律を中心に、それぞれの属性をテラの結界に注ぎ込む。土(安定)、闇(圧縮)、光(調和)、水(冷却)、炎(熱量)が、重力に抗う「力の奔流」を生み出す。
ルーナの光(C音)が軸となり、テラの揺らぎ(E音)を、ヴァルキリアの闇(G音)で強制的に解決(解決和音)する。
「6元ユニゾン――『』!!」
六つの旋律が重なり、重力そのものを「押し返す」ような、強大な波動が回廊を覆った。
セラフィム・テラの重力場が一瞬だけ揺らぎ、ヒカルたちは重圧から解放される。
◇◆◇◆◇
第2波:男たちの連携技と知恵の探求(連携技)
『ヒカル! 一時的な解放だ! 奴の重力の核は、内部にある! 物理的な暴力で、防御の論理を崩せ!』
カインの指示が飛ぶ。
「ライオス! リオ! クロノス! お前たちの出番だ!」
ヒカルは、テラの愛の葛藤をこれ以上長引かせないため、男たちの肉弾戦を命じた。
皇子たちが重力に抗いながら、炎、風、闇の力を込めた物理攻撃でセラフィム・テラの装甲に集中砲火を浴びせる。
ドガッ! ドガッ!
「母上たちを、悲しませるな!」
ライオスが炎の剣を叩きつけ、装甲を焦がす。
「これで終わりだ!」
クロノスが影から飛び出し、闇の刃を突き立てる。
その混乱の中、ユリウスが杖を構えて前に進み出る。
「ユリウス! 何を!?」
「ユリウス君! 危ない!」
テラが叫ぶが、ユリウスは動じない。
「父上! 敵の重力核の論理的な脆弱性は、自己犠牲という感情に依存していることです! 僕が論理的な探求で、その愛を理解します!」
ユリウスは、自らの魔力を解析に集中させ、セラフィム・テラの構造に触れた。
テラの自己犠牲の愛の裏にある孤独を理解しようとする、人類の知恵による、最も危険な探求だ。
◇◆◇◆◇
第3波:(ユニゾン)
ユリウスの解析により、セラフィム・テラの重力核が「揺らいだ」瞬間。
ヒカルは最後のユニゾンを命じた。
『ユリウスの解析が、奴の思考パターンにノイズを仕込んだ! 今だヒカル! 無重力で物理的拘束から解放し、テラを護れ!』
「テラ! 貴様の愛は、王国の礎だ! 決して無価値ではない!」
テラはヒカルの言葉に涙を流し、その愛を「自己犠牲」ではない「世界を支える礎」へと昇華させる。
「わらわの愛は、王国の礎です……!」
テラ、ソイル、アクア、シズク、マリン、ルーナ、アルテミス、ミスティ。
8人の女性陣による、究極の防御ユニゾンが発動する。ヒカルとしても、8人でのユニゾンは初めてである。
ユニゾン参加メンバー(女性のみ): テラ(土)、ソイル(土)、アクア(水)、シズク(水)、マリン(水)、ルーナ(光)、アルテミス(光)、ミスティ(闇)。
テラのコントラバス(土)が、深く重厚な通奏低音を響かせる。それが、揺るぎない大地の如き安心感を与える。
そこに、アクア、シズク、マリンの水が、チェロやヴィオラのように流麗な旋律を重ね、重力を「流動体」として再定義する。
ルーナとアルテミスの光は、高らかに響くトランペットとホルン。重力から解き放たれた希望のファンファーレを奏でる。最後に、ミスティの闇が、休符のように空間の隙間を埋め、音のない真空を作り出す。
8つの旋律が複雑に絡み合い、空間のそのものを書き換えるシンフォニーとなる。
その調和係数は驚異の14.0。もはや個の力など意味をなさない、桁違いのエネルギーの奔流だ。
「8元ユニゾン――『』!!」
空間の重力が完全に無効化され、セラフィム・テラの周りの岩盤が崩れ落ちる。
無重力に放り出された天使は、制御を失い、自らの存在意義である「重み」を失った。
『無価値……無価値……』
セラフィム・テラは、己の存在意義の崩壊に、静かに光の粒子となって霧散した。
「セラフィム・テラ、撃破確認。……テラ! 大丈夫か!」
ヒカルが駆け寄ると、テラは涙を拭い、ヒカルの胸に顔を埋めた。
「主……わらわの愛は、無価値ではなかったのですね」
「ああ、お前の愛は、この世界を支える最も重い盾だ、テラ」
ヒカルがテラを抱きしめ、安堵の息をついたその時だった。
テラがふと顔を上げ、回廊の奥を見つめる。
「……主よ。重力の枷は消えましたが……次は、足元ではなく、頭上が騒がしいようです」
テラの視線の先、次の回廊へと続く闇の中から、鋭利な刃物のような風が吹き抜けてきた。
肌を切り裂くような殺気を含んだその風に、深淵の孤高竜姫ヴァルキリアが冷ややかに鼻を鳴らす。
「フン。重力の次は風か。あの軽薄なの模造品が出てくるなら、取るに足らん。せいぜい、神の『気まぐれ』に弄ばれて終わるのがオチだろうな」
「むっ! ちょっとヴァルキリア姉さん! それは言い過ぎだよ!!」
疾風の遊撃竜姫セフィラが、頬を膨らませてヒカルとヴァルキリアの前に飛び出した。
「軽薄じゃないもん! 『自由』って言ってよ! 次はボクの番なんだから、カッコよく決めさせてよね!」
セフィラが抗議の声を上げながら指差した先。
そこには、透明な翡翠の翼を広げ、無邪気さと残酷さを併せ持った「風の化身」が、クスクスと笑うような不気味な風切音と共に待ち受けていた。
【第185話へつづく】