7/6再開《音楽xSFxファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~最強の力は絆の中に。人類に裏切られた天才軍師の俺は六竜姫の激情を調律し和音を奏でて覇道を往く~5サイト33KPV
神の眼球が砕け散り、世界を覆っていた虚無の空間が晴れていく。
だが、同時に俺たちを空中に留めていた「」もまた、急速に失われつつあった。
「きゃああああああああッ!? 浮力が……落ちていくわ!」
セフィラが叫ぶ。彼女の背中から、風の翼が光の粒子となって霧散していく。
「エンジンの魔力反応、急速に低下! 『風神の翼』も機能停止します!」
艦橋でボルタが悲鳴を上げる。
神というシステム中枢を破壊した代償。それは、この世界を構成していた「魔法」というシステムそのものの消失だった。
おそらく消失は徐々に進んでおり、残余があるのだろう、かろうじて弱いながらに機能はしているが、急速に魔力の根源のマナと呼ばれるナノマシンが失われて行く……。
「墜ちるぞ! 全員、衝撃に備えろ!」
俺の声と共に、超弩級戦艦『希望号』は、推進力を失ったただの鉄の塊となって、重力に従い地上へと落下を始めた。
だが、それは絶望的な墜落ではない。
眼下に広がるのは、緑豊かな帝都の森。俺たちが守り抜いた、故郷の大地だ。
「ガイア! 聞こえるか! 不時着する! 受け止めてくれ!」
『応ッ! 任せてください、王よ! ……ですが、落下速度が速すぎます! 今の土のクッションだけでは衝撃を殺しきれません!』
通信機の向こうで、ガイアの焦燥した声が響く。
魔力が消えつつある今、ガイアも全盛期の力は出せないのだ。
「くっ……! セフィラ、ゼファー! 風で減速を……! フレアも炎の逆噴射できるか!?」
ヒカルが振り返るが、言葉を飲み込んだ。
セフィラは既に床に崩れ落ち、ゼファーも操舵輪にしがみついたまま意識を失いかけている。
風の加護を誰よりも強く受けていた彼らは、魔力の消失と同時にガクンと気力を奪われ、完全に力尽きていた。
フレアも必死に炎を吐いているが、まるでガス欠のように持続も勢いもなくなっている。
万事休すか。
地面が迫る。
その時だった。
轟音を立てて落下する船体を、ふわりと「優しい風」が下から包み込んだ。
『王よ! 我ら天狗の風、最期のひと吹きをお使いください!』
『森の木々よ、風の精霊よ! 彼らを優しく抱きとめて!』
通信機から、天狗族の長の凛とした声と、イリスやエルフたちの祈りの声が響く。
見れば、東の山脈から逆巻く突風が、そして森からは柔らかな緑の風が吹き上がり、鉄塊となった『希望号』をエアバッグのように受け止めていた。
かつては敵対し、あるいは距離を置いていた種族たちが、消えゆく魔法の残滓(残りカス)を全て振り絞り、俺たちを救おうとしてくれている。
『今です、ガイア殿!』
『うおおおおっ! 受け止めるぞぉぉぉッ!!』
風が衝撃を和らげた絶妙なタイミングで、ガイアが裂帛の気合いと共に咆哮した。
『我が身を盾にしても守り抜く! 土竜顕現・!!』
土煙の中、ガイアの姿が巨大な岩山のようなへと変貌する。消えゆく魔力を全て肉体強化に注ぎ込んだ、一世一代の変身だ。
現れた巨大な竜の腕が、人類軍が展開した土砂やネットごと、落下する船体をガッシリと抱きとめる。
自らの肉体をクッションに、王の帰還を支えるために。
ズズズズズ……ドォォォォォンッ!!
激しい振動と土煙。木々をなぎ倒しながら、『希望号』は帝都近郊の森に胴体着陸した。
軋む金属音。舞い上がる砂塵。
そして、訪れた静寂。
「……みんな、無事か?」
俺は咳き込みながら、瓦礫を押しのけて立ち上がった。
右腕を見る。
そこにあったはずの深紅の竜鱗は、跡形もなく消え去っていた。爪も、牙も、溢れ出ていた力も。
あるのは、傷だらけの、ただの人間の腕だけ。
「……消えたな」
俺は「ヒカル・クレイヴ」に戻ったのだ。竜の王ではなく、ただの人間として。
「あいたたた……。もう、酷い着陸ね」
瓦礫の陰から、レヴィアが姿を現した。彼女のドレスは煤け、自慢の炎の髪も今は普通の赤い髪に戻っている。
彼女が指先を鳴らすが、いつもの火花は散らない。
「あら? 火が出ないわ。……本当に、魔法がなくなったのね」
「論理的に……世界のリセットが完了した証拠です」
アクアが割れた眼鏡を外しながら呟く。彼女からも、冷気は消えていた。
テラも、セフィラも、ヴァルキリアも。
誰もが魔力を失い、ただの乙女のように立ち尽くしている。
『――ま、そういうことだ』
脳裏に、懐かしい声が響いた。
カインだ。だが、その声はノイズ混じりで、今にも消え入りそうだった。
「カイン……! お前、どうなるんだ」
『俺はシステムのバグそのものだ。システムが初期化されれば、当然俺も消える。……勘違いするなよ、ヒカル。俺は貴様のために消えるんじゃない。ただ、この退屈な世界に飽きただけだ』
最後まで減らず口を叩く、最高の悪友。
『ヒカル。貴様が選んだ「力のない世界」……せいぜい、泥臭く生きてみせろ。……じゃあな』
プツン、と。
頭の中にあったノイズが消えた。
カイン・グリムウッド。俺を絶望に突き落とし、そして最後は共に神を殺した天才は、新しい世界の夜明けと共に、静かに去っていった。
「……ああ。見ていろよ、カイン」
俺は涙を拭い、ハッチを開けた。
外には、大勢の仲間たちが待っていた。
ガイア、レオナルド、レオーネ、そして王室メイド隊の面々。
着陸の衝撃と魔力の消失で変身が解けたガイアは、人間の姿に戻り、肩で息をしながらも満面の笑みで立っていた。
「王よ!! ご無事で!!」
「ヒカル様!!」
ガイアが俺を抱きしめ、その巨体で男泣きする。
レオーネも、皇女の威厳を忘れて涙を流している。
リヒターやアウラは、もういない。けれど、彼らが命を賭して守った世界は、ここにある。
「みんな……ただいま」
俺の言葉に、妻たちも次々とタラップを降りてくる。
魔力を失い、飛ぶこともできない彼女たちは、自分の足で、一歩ずつ大地を踏みしめていた。
「疲れたわ……。もう一歩も動けない」
レヴィアがへたり込む。
その時、ふと彼女が何かを思い出したように顔を上げた。
「……あ。そういえば」
「ん? どうした、レヴィア?」
レヴィアは、キョロキョロと周囲を見渡し、そしてルーナの腕の中で安らかに眠っている小さな少女――アルテミスに視線を止めた。
神との決戦で全ての力を使い果たし、今はただの女の子として眠る末娘。
「夫よ。大事なことを忘れていたわ」
レヴィアは真剣な表情で、全員に向き直った。
その場にいる全員が、「また正妃争いか?」と身構える。
レヴィアの口から出たのは、いつもの言葉だった。
「で、今回のMVPは?」
その言葉に、アクアが、テラが、セフィラが、ヴァルキリアが、きょとんとする。
そして、次の瞬間、全員が吹き出した。
「ふふっ、そうですわね。それを決めないと、戦いは終わりませんわ」
「あはは! レヴィア姉さん、それ、まだやるの?」
「当ったり前じゃない、戦は総括までしなくちゃ!!」
だが、レヴィアは、ニヤリと笑うと、いつものように「私よ!」とは言わなかった。
彼女は優しく、ルーナの元へ歩み寄ると、眠るアルテミスの頬をそっと指でつついた。
「今回は……この子、アルテミスよね?」
その一言に、場が静まり返る。
あの激情家で、誰よりも一番を欲しがっていたレヴィアが。
初めて、自分以外の誰かを――それも娘を、一番に推挙したのだ。
「文句ある? この子が繋いでくれなきゃ、私の炎も、貴女たちの力も、神様には届かなかった。……私たちの『愛の結晶』が、世界を救ったのよ」
レヴィアの誇らしげな顔。それは、戦士の顔ではなく、完全に「母」の顔だった。
「……異論はありません。論理的に、最大貢献者です」
アクアが微笑む。
「わらわも賛成です。……よく頑張りましたね、アルテミス」
テラが頭を撫でる。
「うん! アルテミスちゃんが一番のヒーローだよ!」
セフィラが跳ねる。
「……フン。今回ばかりは、譲ってやろう」
ヴァルキリアも柔らかい声で腕を組んで頷く。
ルーナは、力を使い果たして眠る娘を愛おしそうに抱きしめ、涙を浮かべて微笑んだ。
「ありがとうございます、皆様……。ふふ、起きたら教えてあげなくちゃ。『貴女がMVPよ』って」
ヒカルは、そんな妻たちの様子を見て、胸がいっぱいになった。
魔力は消えた。竜王の力も失った。
だが、ここにはそれ以上に尊い、確かな「絆」が残っている。
「よし。じゃあ、全会一致で決定だ」
ヒカルは宣言する。
「今回のMVPは、アルテミス! ……そして、それを支え抜いた、世界一の妻たち全員だ!」
「「「キャーーッ!! あなたーーッ!!」」」
魔力を失ったはずの妻たちが、物理的な突進力でヒカルに飛びつく。
その衝撃でヒカルは派手に転び、泥だらけになった。
痛みも、重みも、すべてが愛おしい。
帝都の広場では、魔力時代を生き抜いた全種族の兵士たちが、魔力のない世界での平和を誓い合っている。
勝利の歓声と、家族の笑い声。
こうして、長い長い神との戦いは幕を下ろし、魔法のない、けれど温かい「人の時代」が始まろうとしていた。
【第192話へつづく】