7/6再開《音楽xSFxファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~最強の力は絆の中に。人類に裏切られた天才軍師の俺は六竜姫の激情を調律し和音を奏でて覇道を往く~5サイト33KPV
神との決戦から、一週間が過ぎた。
世界は劇的に変わった――わけではない。
空は相変わらず青く、太陽は東から昇る。ただ一つ、「魔法」という便利なツールが失われたことを除けば。
「うっ、ぐぐぐ……! お、重い……!」
帝都郊外の復興現場。
ヒカルは、崩れた石壁の撤去作業に追われていた。
以前なら、指先一つで重力を操作して浮かせられた石材が、今は鉛のように重い。
隣では、かつて怪力無双を誇った土竜のガイアが、を持って額に汗している。
「王よ、腰を落とすのです! 腕だけで持ち上げようとすると痛めますぞ!」
「わかってるよ、ガイア! くそっ、不便になったなぁ!」
二人は顔を見合わせて笑い、泥だらけになって働いた。
街には活気が戻り始めていた。
魔導ランプの代わりに油の松明が焚かれ、転移魔法の代わりに馬車が行き交う。
不便だ。効率は最悪だ。
けれど、人々は「自分たちの手で生活を作っている」という実感に、どこか生き生きとしていた。
◇◆◇◆◇
その夜。
王宮の会議室――といっても、半壊した屋根を帆布で補修した仮設の場所だが――に、主要メンバーが集められた。
六龍妃たち、レオーネ、レオナルド皇帝、ガイアたち六天将。
そして、特別枠として子供たちの代表数名。
重苦しい沈黙の中、ヒカルは一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。
「――単刀直入に言う。俺は、王を引退する」
予想していた通り、部屋中がどよめいた。
レヴィアがバンッ! と机を叩いて立ち上がる。
「ちょっと! どういうことよ、ヒカル! 神様を倒して、これからって時に!」
「落ち着け、レヴィア。これは論理的な帰結だ」
ヒカルは静かに説明を続けた。
「俺が王になれたのは、竜の力を調律できる『共感能力』と、俺自身が竜化できる『武力』があったからだ。だが、今はもう両方ともない」
ヒカルは自分の手を見つめた。
今の自分は、ただの人間だ。しかも、長年の激戦でガタがきている三十路の男だ。
「魔力のない新しい世界に必要なのは、俺みたいなイレギュラーな存在じゃない。もっと実務的で、新しい時代に適応できる指導者だ。……例えば、レオーネやレオナルドのような」
ヒカルは帝国側の二人を見た。
だが、レオーネは首を横に振った。
「買いかぶりすぎだ、ヒカル。私は帝国の統治で手一杯だ。それに、異なる種族を一つにまとめ上げられるのは、貴様という『象徴』以外にあり得ん」
「そうです、兄上や国民は『竜の力』にひれ伏していたのではありません。『ヒカル』という人柄についてきたのです」
レオナルドもレオーネも必死な目で訴える。
「しかしだな……」
ヒカルが言い淀んでいると、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「――異議あり!!」
凛とした少年たちの声が響いた。
入ってきたのは、子供たちだ。
先頭に立つのは、銀髪の知的な少年。フレアとシエルの息子であり、学園の生徒会長も務めるシリウスだ。
その横には、ヒカルとレヴィアの息子、ライオスが不満げな顔で立っている。
「シリウス? ライオス? ここは子供が……」
「子供扱いしないでください、おじ様……」
シリウスは、いつもの「王よ」ではなく、親愛を込めた呼び名でヒカルを遮った。
彼は魔力を失った今でも、背筋を伸ばし、堂々としていた。その姿は、かつてのシエルの優雅さと、フレアの熱さを併せ持っていた。
「おじ様が引退されるなら、誰が次の王になるおつもりですか? 血統順で言えば、レヴィア様との長男であるライオスか、年長者である僕になりますが」
シリウスは冷静に問いかける。
ヒカルはライオスを見た。
赤髪の少年は、バツが悪そうに視線を逸らした。
「お、俺はまだ無理だぜ! 漢字も全部読めねーし、母さんみたいに怒ってばっかになっちまう!」
「……ライオス、後で説教よ」
レヴィアがこめかみに青筋を立てる。
シリウスはふっと笑い、ヒカルに向き直った。
「僕たち次世代も、それぞれの才能を持っています。魔力のない世界で、科学や技術、新しい政治を学ぶ覚悟もあります。……ですが」
シリウスの瞳が、強くヒカルを射抜いた。
「まだ、早すぎます。僕たちは、貴方の背中を見て育ちました。圧倒的な力で敵をねじ伏せる背中ではなく、悩み、傷つき、それでも家族を守るために頭を下げる、泥臭い背中を」
「シリウス……」
「魔力がなくなった世界で、どうやって国を富ませるのか。どうやって種族間の争いを防ぐのか。……『力なき王』の戦い方を、一番特等席で見せてください。それが、僕たちへの最後の教育(帝王学)ではありませんか?」
部屋中が静まり返った。
正論だ。完璧な論破だった。
カインが生きていたら、「生意気なガキだ」と笑っただろう。
「……ははっ。参ったな」
ヒカルは天井を仰いだ。
逃げようとしていたのかもしれない。「力がない」ことを言い訳にして、重責から解放されたいと。
「王よ。わらわからもお願いします」
テラが静かに立ち上がり、ヒカルの手を握った。
「力など、最初からどうでもよかったのです。貴方が貴方である限り、わらわたちは貴方の剣であり盾です。……たとえ、フライパンとお玉しか持てなくとも」
「私もよ! ヒカルが引退するなら、私も引退して毎日イチャイチャするわよ! それでもいいの!?」
レヴィアが極論を叫ぶ。それはそれで悪くない気がしたが、国が滅ぶので却下だ。
ヒカルは息を吐き、辞表を破り捨てた。
「わかった。……前言撤回だ」
ヒカルは玉座(パイプ椅子)に座り直した。
「俺は引退しない。これからは『竜の王』じゃなく、ただの『人間王ヒカル』として、この国を立て直す。……シリウス、ライオス、そしてみんな。俺が音を上げるまで、しっかりついてこいよ!」
「「はいっ!!」」
子供たちが声を揃えて返事をする。
ライオスがニカっと笑い、シリウスが恭しく一礼する。
後継者は、確かに育っている。
今はまだ、ヒカルが風よけになろう。
彼らが、この新しい世界を自分たちの足で歩けるようになる、その日まで。
こうして、第一次「王の引退騒動」は、次世代の若者たちの説得によって幕を閉じた。
だが、これは新たな「多忙な日々」の始まりに過ぎなかったのである。
【第193話へつづく】