7/6再開《音楽xSFxファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~最強の力は絆の中に。人類に裏切られた天才軍師の俺は六竜姫の激情を調律し和音を奏でて覇道を往く~5サイト33KPV
アルテミスの目覚めから数日後。
王宮と帝都の機能が完全に回復し、安定期に入ったことを見届けたある日、帝国の執務室で一つの重要な決断が下された。
「――以上だ。来月をもって、私は宰相としての実務権限の大半を移譲する」
書類の山が積まれた執務室で、レオーネは淡々と告げた。
かつて辺境諸国連合の総帥であったリヒター亡き後、その遺志と帝国の屋台骨を支え続けてきた女傑。帝国から嫁いで十数年、激動の時代を駆け抜けてきた彼女は、30代半ばを迎え、女帝としての貫禄と艶やかな美しさを併せ持っていた。
呼び出された二人の若者――シリウスとユリウスは、驚きに目を見開いた。
「母上……本気ですか? まだ早すぎます」
ユリウスが眼鏡の位置を直しつつ、動揺を隠せない声で問う。
彼はレオーネの一人息子であり、オーディーンの下で学び「若き賢者」と称される秀才だ。
「母上はまだ働き盛り。政治家として最も脂が乗っている時期ではありませんか。引退などと……」
「ふっ。誰が引退して隠居生活に入ると言った?」
レオーネは不敵に笑い、窓の外の復興した帝都を見下ろした。
「私は『現場の激務』から退くだけ。魔力なき新時代に必要なのは、私の『剛腕』によるトップダウンではなく、お前たちの『柔軟性』によるボトムアップなのよ。私が元気なうちに、失敗をフォローできるうちにバトンを渡す。それが最強の組織論ですわ」
彼女は振り返り、二人の前に歩み寄った。ヒールがコツンと鳴る。
「ユリウス。お前には帝国の『法と知恵』を任せる。新しい憲法の草案、そして科学技術の倫理規定……お前の理知的な頭脳で、この国のシステムを再構築しろ」
「……はい。その重責、謹んでお受けします」
「そして、シリウス」
レオーネの視線が、もう一人の若者に向けられる。
フレアとシエルの息子であり、次期国王ライオスの右腕と目される男。
「あなたには『統治の実権と軍権』の一部を移譲するわ。ライオスは将来の王としてのカリスマはあるが、実務はからっきし。お前が手綱を握り、彼を支えてあげて」
「……僕に、軍権まで? それは荷が重すぎます」
シリウスが珍しく弱音を吐いた。
彼は優秀すぎるがゆえに、責任の重さを誰よりも理解してしまう。父フレアの熱さと母シエルの冷徹さ、その両方を受け継ぐがゆえの葛藤。
「あら、情けない声」
その時、執務室の扉が勢いよく開かれた。
入ってきたのは、お盆にお茶セットを載せたノア(ヒカルとレヴィアの娘)だ。
「ノア? 盗み聞きかい?」
「聞こえちゃったんですーだ! もう、シリウス様ったら!」
ノアはポットを置くと、シリウスの背中に回り込み、バシッ! と背中を叩いた。
「ぐふっ!?」
「痛いでしょう? でも、その痛みと一緒に、私たちがついています! ライオスお兄ちゃんだけじゃない、私も、みんなも! シリウス様が潰れそうになったら、私がもっと強く背中を叩いて励ましてあげますから!」
ノアの強気な言葉と、真っ直ぐな瞳。
シリウスは痛む背中をさすりながら、苦笑した。
「……手厳しいな、未来の宰相夫人様は」
「ふふん。私の背中を預ける相手なんですから、しっかりしてくださいね!」
その光景を見て、レオーネは満足げに頷いた。
「……心配はいらいわね。お前たちには、最強の『支え』がついているみたいだし。私は一線から退くけど、楽隠居するつもりはないからね? これからは『大御所』として、後ろから目を光らせているからな」
その日の夕暮れ。
王宮の庭園で、ユリウスはベンチに座り、溜息をついていた。
「……法と知恵、か。母上の期待に応えられるだろうか」
常に冷静な彼だが、その内面は繊細だ。リヒターという偉大な先達、レオーネという偉大な母。その背中の重圧。
「大丈夫ですよ、ユリウス様」
隣に、そっと座る影があった。
ソイル(ヒカルとテラの娘)だ。彼女は読みかけの本を閉じ、ユリウスの手を包み込んだ。
「ソイル様……」
「ユリウス様は、誰よりも優しくて、誰よりも深く物事を考えていらっしゃいます。もし迷った時は……わらわが、その足元を固めます。土のように、変わらず、ずっと」
母テラ譲りの、絶対的な包容力と安定感。
ユリウスの張り詰めた糸が、ふっと緩んだ。
「……ありがとう、ソイル。君の言葉にはいつも救われる」
「ふふ。……ところで、ユリウス様」
ソイルの雰囲気が、ふわりと変わった。
彼女は潤んだ瞳で、上目遣いにユリウスを見つめる。その瞳の奥には、キラキラとした、しかし逃げ場のない圧力が宿っていた。
「先日行われた、ライオス兄様とシズクお姉様の婚約発表……とても素敵でしたわねぇ。民衆の前で、堂々と愛を誓い合って……」
「あ、ああ。そうだね。ライオスの奴、意外と度胸があったな」
ユリウスの頬が引きつる。
「わらわも、いつかあんな風に、愛する殿方と結ばれたいですわ。……ねえ、ユリウス様? わらわたちも幼馴染として、もう十分な時間を過ごしてきましたよね?」
ソイルがにっこりと微笑む。その笑顔は慈愛に満ちているが、背後には不動の岩山のようなプレッシャーが見え隠れしていた。逃げられない。論理的にも、感情的にも、退路は断たれている。
「……はは。参ったな」
ユリウスは観念したように苦笑した。
「ソイル。君、いつの間にか一人称が『わらわ』になっているけれど……最近、テラ様に似てきたね」
「あら? そうですか? ……どこがですの?」
ソイルが小首をかしげる。
「その、有無を言わさず外堀を埋めるあたりだよ」
ユリウスは溜息をつき、そして彼女の手を強く握り返した。
「わかったよ、ソイル。……僕の生涯をかけて、この国の法を、そして君を守ると誓う。……僕と、結婚してくれないか?」
覚悟を決めたプロポーズ。
ソイルはパァァッと花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。
「はい! 喜んでお受けしますわ、ユリウス様!」
そして、彼女は驚くべき怪力でユリウスの手を引いて立ち上がった。
「善は急げですわ! さあ、今すぐお母様たちにご報告に行きましょう!」
「えっ、今すぐ!? 心の準備が……!」
「とレオーネ義母様は、あちらでお茶をしていらっしゃいます! 逃がしませんわよ!」
ズルズルと引きずられていく若き賢者。
夕日が、たくましい花嫁と、尻に敷かれる未来が確定した花婿を祝福していた。
◇◆◇◆◇
翌朝。
レオーネは一人、帝都を見下ろす丘の上にいた。
そこには、簡素だが手入れの行き届いた墓石がある。
かつての連合総帥、リヒターの墓だ。
「……リヒター閣下。報告に来ました」
レオーネは墓前に、故人が好きだった強い酒を供えた。
彼は血の繋がった父ではない。だが、帝国から嫁いできた若き日の自分を導き、共に国を支え、政治のいろはを叩き込んでくれた偉大な師であり、同志だった。
「肩の荷を少し、下ろさせてもらいますよ。……貴方の孫のような子供たちが、立派に世界を担ってくれますから」
シリウスの聡明さ、ユリウスの知性。そして彼らを支えるノアやソイルの愛。
「貴方が命を賭して守ろうとしたこの国の未来は、もう大丈夫です。……これからは、少しは自分の時間を使わせてもらいますよ。なにせ、まだ人生の折り返し地点ですからね」
風が吹き抜け、墓石の周りの花が揺れる。
まるで、厳格だった総帥が、初めて同志に「よくやった」と微笑んだかのように。
鉄血宰相の仮面を少しだけ外したレオーネの表情は、憑き物が落ちたように穏やかだった。
◇◆◇◆◇
一方、そんな地上のしんみりした空気とは無縁の場所があった。
遥か上空、雲の上だ。
「ヒャッハー!! 最高だぜぇぇぇ!」
「ちょっとリオ! スピード出しすぎよ!」
風を切って飛ぶ二つの影。
グライダーを操るリオ(セフィラの息子)と、天狗族の巨大な扇に乗ったフウガだ。
二人は、天狗の里との技術交流を通じて意気投合していた。
風の魔力を失ってもなお、風を愛し、空に焦がれる魂。
種族は違えど、二人は「同じ風」を感じていた。
「へっ、これくらいでビビってんのかよ、天狗の姫様!」
「誰がビビってるって!? あんたこそ、気流の読みが甘いわよ! こっちの積乱雲の方が上昇気流が強いんだから!」
フウガが扇を巧みに操り、急上昇する。リオも負けじとグライダーの翼を傾け、彼女の後を追う。
それは競争であり、ダンスであり、求愛の舞のようでもあった。
「ははっ、面白い! 一生退屈しなさそうだ!」
リオが叫ぶ。
「当たり前でしょ! 私についてこようなんて、百年早いわよ……でも!」
フウガが振り返り、悪戯っぽく笑った。
「追いつけたら、またキスくらいしてあげてもいいわよ!」
「上等だ! 逃がすかよ!」
青空に描かれる二つの飛行機雲。
かつて竜と天狗が争った空は今、若者たちの自由なキャンバスになっていた。
地上で見上げた人々が、「あんなに高く飛べるのか」と希望を抱くほどに。
賢者たちの継承と、空を駆ける恋。
それぞれが選んだ「新しい自由」が、世界中に満ち始めていた。
【第198話へつづく】